ランチタイムは賑やかに
「ぷはーっ…」
「えっ…」
魚…。どこいった?…え?
「じーっ…」
マサトが差し出した魚は一瞬にして骨と木となり、ジェシカはまだ焚き火に当てられている魚に視線を送った。正座に直り、親指を咥えた懇願の目はマサトにため息をつかせた。
「はぁ…まだあるから。食べていいぞ。」
ジェシカの表情が一瞬明るくなったようにも見えた。彼女は俯いて、飼い主に遠慮するゴールデンレトリバーのように申し訳なさそうな背格好で少しの間黙っていた。
「ありがとう…」
「ん?」
「いただきまーす!!!」
焚き火に飛びつくジェシカの姿は、愛する父が我が家へ帰ってきた娘のようだった。
「おぉい!」
「がぶがぶがぶアチッはむはむはむアチッ!ぱくぱくぱくアチーー!!」
「さっきのは熱くなかったのかな…」
「やっぱりお優しいのですね。マサト様は。」
「えっ?ああ…あはは…」
声に出てたか…。なんでだろうな。ここに来てから、いや、ラズリーに会って。ほんの1日も経ってないのに、気が緩むな…。
「あ!お前!それは俺のだ!」
「がぶぅぅぅ…」
最後の一匹を取り合う様子にラズリーは微笑んだ。
食事を終え、焚き火を消すとジェシカは今までの情緒が嘘のように回復し、流暢に話し始めた。
「いやぁ!助かったよー。何日も食べてなくてさぁ。」
俺の…俺の魚まで食いやがって…。
「…んで?お前はなんなんだよ。」
「あたしはジェシカ。ジェシーって呼んでね。」
最初とはまるで別人のように落ち着いた声色の自己紹介。相変わらず頭は鳥の巣のままであったが、ヨダレの無い口元と整えた眼鏡が彼女をお姉さんに見せていた。
「よろしくお願いします。ジェシカさん。」
「あら?ご丁寧にありがとうね。悪魔ちゃん?」
ん。そういえば…。
「悪魔が怖くないのか?」
「怖いも何も、あたしもよく知らないからね…襲って来るなら別だけど、貴方のパートナーなんでしょ?だったら大丈夫そうじゃない?こんなに可愛いんだしぃ…」
白髪童顔の美少女を舐めるように見る女の目は、ラズリーにとって初めてのものであり、それが些か気持ちの悪いものだとは感じなかった。
「や、やめて下さいジェシカさん…可愛くなんか…えへへ…」
アルラトールの連中はラズリーに敵意しか無かったが国によっては違うのか?それともこいつ…まさか勇者か!?
「太ももに紋章があるよな。勇者か?」
「…バレちゃ仕方ないわね。」
ジェシカは膝に手を置き、重い腰を上げた。
「そう!あたしがアルラトールに召喚されし勇者!ジェシカ・ベネット!ラクシュミーはルチル・ナンキュラスの宿主よ!」
「……。」
無反応の青年の横でラズリーは小さく拍手し、彼女の発表を賞賛した。
「それで?その勇者様がここで何してたんだ。」
「えーっとそれは…ちょっと色々あって…その…」
必死に当たりを見渡してみるも、目に入るのは砂と木のみだったジェシカは、真顔で見てくる青年とキョトンとした少女に対し、誤魔化しは出来ないと諦めた。
「お魚さんの恩もあるしね…。その前に。名前を聞かせてくれない?」
「そういえば言ってなかったか。俺はマサト。」
「ラズリーです。」
「マサト君にラズリーちゃんね。ここに居るってことはあなた達もアルラトールから来たのよね。勇者ってことでいいのかな?」
「ああ。そうだ。」
「良かったぁ…。まぁそうよね。追っ手ならこんなに良くしてくれないものね。」
「勿体ぶらずに早くしてくれよ。夜になっちまう。」
「マサト様、急かすのは良くないですよ?ジェシカさんにも事情があるんですから。」
昼食として取ったはずの魚だったが、波打ち際でのじゃれ合いと呼んでもいない錯乱したお客様が現れたことにより、随分遅い食事となっていた。照りつけていた太陽は傾き、段々影が伸びていきそうな砂浜。マサトは昨晩、ラズリーがとても早寝であることを知ったために後の事を心配していたのだ。
「ラズリーちゃんは優しいのねぇ。でも、そうね。早い方がいいわね。」
「?」
含みのある言い方に少し違和感を覚えながらも、マサトはジェシカの話の続きに耳を傾けた。