見知らぬ女性にご注意を
「はぁ、はぁ…元気だな…ラズリー…」
「はいっ!とっても楽しいです!えへへ」
引きこもっていた青年が息を切らす程度にはじゃれ合った二人であった。
「はぁ…そろそろ飯に…」
「どうかしましたか?マサト様。」
「なんだ?あいつ…」
「?」
空いた口から唾液を流し、取り憑かれたように砂浜の魚に迫る金髪の女。
「でへ…でへへへへ…さかな…ごはん…たべる…でへ…でへへへへへへ…」
女は眼鏡をかけ、顔立ちも良かったが、あまりに下品な表情とボロボロになったワンピースが女性の何もかもを崩していた。
「も、もしかして魔物か!?ゾンビか何かか!?」
「もー!マサト様!あれは人間です。失礼ですよ!」
「え…えぇ?」
女の髪は荒れており所々に小枝が刺さっていたが顔に血痕は見られず、腕や足も土はあれど怪我や腐敗等は見られない。ゾンビというには綺麗であったが、人というにはあまりに汚れていた。森に住んでいるにしては頼りないし、人里を追い出されたにしては元気があるように見える。女はまさに食い入るように魚を見つめ、それこそまさにゾンビのようにジリジリと歩みを続けた。
「さかな…ごはん…でへへへへ…」
言われてみれば人間…。本当に人間か?
「はぁ…。待て待て。取っただけで焼いてすらないぞ。ちょうど今から焼くところだったんだ。もう少し待ってろ。」
波打ち際から魚の方へと歩くマサトは、お腹の空いたペットに「待て」と言うように、仕方がないなとため息を漏らしながら、空腹で今にもかぶりつきそうな金髪眼鏡の薄汚い女をなんとか止めた。
「流石マサト様です!この様な泥まみれの薄汚い女性にも、努力の成果である海の幸を分け与えるなんて…!」
よく俺に失礼なんて言えたな。可愛いからいいけど。
「さかな…さかな…」
「待てって。こら。待て!!!」
「ぐへっ…」
狂ったように魚を求める女の頭を抑えるが、進む力が緩まることがなかったために仕方なく。押し返すしかなかった。
「ラズリー。枝を集めてきてくれる?俺はこいつを見張っとく。」
「はいっ!分かりました!」
「さかな……」
なんなんだこいつ…。いくら腹が減ったからってこうはならないだろ。訳ありなのは間違いなさそうだが…。
「この紋章…」
仰向けに転んだ女の太ももに、紋章が刻まれていた。海音のものとはデザインが異なっていたが、儀式をした際に得たもので間違いないだろう。
「おい。魚ゾンビ。お前一般人か?それとも勇者か?」
「…。」
「おい聞いてんのか。返事しろ。」
「…。」
「…なんだ。死んだか。」
「殺すな!」
「うおお!?なんだいきなり!!ビックリすんだろうが!!!」
死んだと聞いて胸を立てた女は何故か、先程までとは打って変わって、とても知的な顔をしていた。
「私はジェシカ・ベネット。ジェシーって呼んでねっ?」
突然始まった自己紹介。眼鏡をキラッとさせながら、無垢な笑顔を振りまく女性。
なんだこいつ。怖すぎる。
「俺はマサ…ト…」
「すぴー…すぴー…」
なんなんだこいつ!!!怖すぎる!!!!!
「マサトさまー!枝が集まりましたよー!」
森から枝を抱えたラズリーが、安心と共に走って来てくれる。
「ありがとう。ラズリー。」
「はいっ。それで…この人はどうして寝てるんです?」
「知らん。聞かないでくれ。」
「すぴー…すぴー…」
マサトは「何も見ていない。」そう思うことにした。
焚き火はすぐに出来た。当然、魔法の力だ。魔力の属性は複数あるようだが、ラズリーによれば「生活に使う程度の魔法なら誰でも使えますよ。マサト様ならすぐ…えぇ!?もうついた!?流石ですー!」とのことだ。どうやら俺は魔法のセンスがあるらしい。この調子なら、すぐ森に入っていけそうだ。焚き火の周りに石を置き、魚を枝に刺して火に当てる。キャンプなんて産まれて初めてだな…。それもこんなに愛しいラズリーと…。
「…生きてたか。」
「さかな…!さかな……!!あぅ……」
ジェシカと名乗った女性は、砂浜を這いながら焚き火に当てられた魚に手を伸ばしていた。
「マサト様?流石に可哀想ではないですか?」
「大丈夫。わかってるよ。」
マサトはひとつ、枝付きの魚を持ち上げ、女に差し出した。
「熱いぞ。気をつけろよ。」
「あえ…?」
ジェシカはマサトを見上げ、ぽかんとしていた。
「ほら。やるよ。」
「うっ…うう…」
差し出された魚を受け取った女性は、涙を流した。
何があったかは知らんが相当腹減ってたんだろうな。歳もそんなに変わらんように見えるし大変だったんだろうな…。
「ゆっくり食えよ。骨もあるか…ら…」
「がぶがぶがぶがぶがぶ」
「あ…えぇ?」
数秒前まで泣いていたとは思えないほど、焼き魚に食らいつく女。人とは思えぬその食いっぷりに驚きを隠せぬマサトだった。
「相当空腹だったのですね…?」
「みたいだな…。」
やっぱり怖い!!!!この女!!!!!