善いも悪いも
マサトが魔法を教わっている頃。相田誠人と軋波海音を召喚した国。アルラトールの勇者として王宮で一夜過ごしたカイトは、誠人と同じようにポセイドンこと、コリウス・アトランタからこの世界について話を聞いていた。
「と。言うわけでだ。お前はこれから鍛錬を積み!リンクを高め!我の力を引き出すが良い!ハッハッハッハ!」
勇者は王宮らしいダブルサイズのフカフカのベットに座り、両手で祈るようにカーペットを見つめ、ポセイドンの話を聞いていた。
「…なぁ。コリウス。」
「どうした!カイト!元気がないぞ!」
「誠人は…俺達よりも相性とリンク率が高いんだよな。」
「…ああ。恐らくな。」
カイトはベットに座り込んだまま、姿の見えないコリウスと会話を続けた。
「誠人に降りてきた女の子は…あの子は何者なんだ。」
「やっぱり…話しておくべきだな。」
コリウスは誠人に降り立った白髪の美少女について知っていることを語った。
「あの女はラズリー。この世界における大罪人。大罪だ。」
「儀式の時も言ってたな。なんなんだそれ。」
「大罪は、この世界の管理者によって定められた罪を犯した異界人を指す言葉だ。何を持って罪とするのかは明確にされていない。だが罪人は罰として、天界、現世、地獄界に至るまでその人相が管理者よって晒され、無限の牢獄…無の領域へと送られる。」
「無の領域?現世はともかく天界や地獄界とは違う場所なのか?」
「そうだ。無の領域は…本当に何も存在しない。地表も、音も、光も…。ただ暗闇に放り出され、彷徨うだけの空間。アイツはそこから召喚されたんだ。理由は分からない。だが、大罪は罰を受ける存在であり、世界…ましてや現世になんか居てはいけないんだ!」
「そうか…じゃあ誠人も…」
「ああ。異界人は宿主が死ねば元いた世界に帰される。大罪も例外じゃない。それにあの尻尾は悪魔のものだ!ただでさえ悪魔は現世にどんな影響を及ぼすのか分からないのに野放しにするのは危険だ!」
「どうしても…やらなきゃいけないのか…」
「…大罪は悪魔をも超える世界の悪である存在だ。カイトの友達には申し訳ないが…仕方がないのだ。」
「…そうか。」
二人の会話の終わり、部屋の扉がノックされる。
「軋波殿。私だ。入るぞ。」
「セアンさん!大丈夫なんですか!?まだ1日も経ってないですよ…!?」
「大丈夫だ。アイビス様のおかげだがな。」
セアンは頭に包帯を巻いていた。鎧の隙間や肌の見えるはずの部分も白い布で巻かれている。昨日の儀式の後、カイトが呼んだ医師によって一命を取り留めたはずの騎士は立って歩き、アルラトールがポセイドンの宿りし勇者様に挨拶をしに来たのだ。
「ほう!お主がアイビスの宿主か!」
「なんだ?知ってるのか、コリウス」
「ん。なんと。そうだったのですね。」
紋章に宿った異界人は宿主以外に直接声を聞かせることは出来ない。そのため、いくら話そうとも異界人同士の会話は宿主に通訳を頼まなければならないのだ。
「軋波殿。アイビス様は、天界でコリウス様にお仕えしていたそうです。」
「うむ!アイビスは優秀な剣士での〜!我も度々稽古をつけてもらっていたぞ!」
「へぇ〜。偉いんだな。お前。」
「当然だ!我はあのアトランタ一族の第二王子なのだぞ!」
「ふーん。」
「ふーんとはなんだ!失礼な!」
「ふふふっ」
「どうしました?セアンさん。」
「声は聞こえないが、ポセイドン様と上手くやっているようで安心した。」
コリウスはセアンに向け、聞こえない声を発していたが、カイトは伝えることなくセアンの言葉に耳を傾け続けた。
「もうすぐ昼食の時間だ。準備が出来たら食堂へ来ると良い。明日からは私と共に訓練だ。よろしく頼むぞ。軋波殿。」
カイトは頼りにされる多幸感と訓練に対する緊張、そして何より、気さくに笑う赤毛の女騎士の魅力にやられ。背筋が伸びた。
「はいっ!」
「けっ。なんだその腑抜けた返事は…」
「う、うるせぇクソガキ!」
「なんだとー!?このエロ勇者が!」
二人の喧嘩は昼食前、再びセアンが呼びに来るまで続いた。
海岸にいるマサトはというと。
「な、なぁラズリー。」
「はい!マサト様!」
「魚…取りすぎちゃったね…」
「はい!お見事です!」
マサトは魔法の練習として、海岸から海へ入り、食料調達を行っていた。
ラズリーが言うには…「私の魔力は重属性です!重力を操って魚を取りましょー!」って事だったが…。見るだけでなんとなく標準は合うし、思った通りに発動するしで想像より遥かに簡単だった。調子に乗って山ほど取っちまったが…。こんなに食えねぇよ。
「何匹か海へ帰そう。食べないのに取ったままは可哀想だ。」
「はっ!そうですね。うんうん。」
ギョッと驚いた彼女は、確かにそうだ。と思い立ち、首を激しく縦に振りまくった。
「そういえばラズリー。さっきの天界と地獄界の話だけど…」
「はい。なんでしょう。」
「天使が善行、悪魔が悪行を積むならラズリーはどっちなの?尻尾は悪魔が生えてるんでしょ?でもその羽、天使みたいだし。」
「それは…」
ラズリーは笑顔を作りながら、遠くを見るような目で満ち干きする波を見た。
「私にも…分かりません…。」
誠人は彼女の横顔に儚さを覚えながら、同じように海を見つめた。
「そっか…。まぁどっちでもいいけど。」
「えっ?」
「ラズリーが天使でも悪魔でも、別に、なんでも構わないよ。俺はただ、君が来てくれて嬉しい。変な事聞いてごめんね?」
「マサト様…。いえ!大丈夫です!えへへ」
ラズリーの正体はいずれ確かめなきゃいけないだろう。恐らく、異界人は現世に来ても善行と悪行によって能力の上げ下げがあるはず。じゃなきゃこんなシステム要らないもんな。ラズリーが天界と地獄界、どちらの出身なのか気になるところだけど…この様子だと本人から聞くのは今は止めるべきだろうな…。まぁ。そのうち分かるだろ…
「って。おい。」
魚を逃がしながら考え込んでいたのが、彼女には少し悲しく写ったのだろう。海に触れることなく砂浜まで辿り着いた黒いジャージは、白髪の小悪魔よってに濡らされていた。
「やーいやーい。マサト様びしょ濡れ〜!」
「やったなー!?!?」
「きゃー!逃げろー!」
「待てコラー!」
「はははっ。それー!」
海岸ではしゃぐ、ジャージの青年と白髪の美少女。横には採れたての魚。まるで付き合いたてのカップルが海でキャンプでもしているのかと言いたくなるような仲睦ましい光景。そんな景色を木陰から覗き見る怪しい女性はヨダレを垂らしてニンマリしていた。