そして二人は
穴の空いた天井は夕暮れ時を知らせた。倒れ込む魔道士と降った瓦礫が床の赤いシミを紛れさせ、ちぐはぐの壁は亀裂と兵士の血で隠れた。海音は息を切らし、穴を見上げた。
「誠人…」
夕暮れの赤い日差しは、目の前の惨状をより一層際立たせた。
「そうだ!セアンさん!」
「くっ…はぁ…はぁ…」
「セアンさん!大丈夫ですか!」
「ああ…。すまない。軋波殿…。」
「おい!誰か来てくれ!!重症だ!!!」
国王は吹き飛ばされこそしなかったものの、震えたままただ漠然と床を見ているだけだった。
まさか…。本当にラズリーちゃんの宿主になっちゃうなんてねぇ…。やるねぇ誠人君。たーのしみだなー!!
マスターヴァルタスは儀式を完了させた誠人を、映画でも見ているかのように眺めていた。
「マサト…さま…」
「どうした?ラズリー」
「私…眠くなってきちゃいました……」
「え?」
待て待て待てよ。海音の攻撃を見るに、魔法ってのはラズリーがいないと使えないんじゃないのか!?速度も落ちた気がするし!
「頑張って…ください…」
「ちょ、ちょっと待ってラズリー!」
待て待て待てって!ここがどこだと思ってる!?勢いで飛んできちまったが、今海の上だぞ!?やばい!だんだん浮力が…!
「すみま…せん…zzz」
「え?えっ。えー…。(チャポン)」
マサトはラズリーの寝息を聞いて諦めた。
うおっ。なんだこれ…。まるで見えない…あのー。まぁいいか。多分魔力かなんかだろう。水の間に空気の壁がある、というかなんか俺から空気が出まくってるみたいな…。おかげで海中に居ても息ができるし、なにより。夜空が綺麗だ…。揺れる月光と大きく見える星々…。こんなのきっと、ここに来る前は見れなかっただろうな…。
「ん?」
海流に身を任せていたマサトは、岸の浅くなった海底に停められた。
「思ってたより早かったな。」
空を飛んでた時に見えた山…。まさか召喚された国が島国だとは思わなかったけど。しかしまぁ。海音の斬撃を見るだけで止められたし、空は飛べるし海で息も出来たし。魔法ってすげぇな…。海音の技…水っぽかったよな。俺…じゃないか、ラズリーの魔法は一体なんなんだろうか。風なのかな?にしてはそれっぽくないような…うーん。
「そういや寝不足…。だったな…」
マサトが流れ着いた海岸に人の気配は無く、森が陸路を遮っていた。満天の星空を眺めながら砂浜に寝そべったマサトは、そのまま眠ってしまった……。
「…とさま…マサトさま…マサト様!も〜!起きてください!朝ですよ!」
「ん。んん…。」
眩しい。またこれか。
「んんん。まだ朝だよ…」
「もう朝ですよぉ!人間さんの生活が分からなかったとはいえ!もう待ってられません!早く起きてくださいいい!」
「うううう…わかった。分かったから揺らさないで…ラズリー…んん…ラズリー…???」
「はっ!おはようございます!マサト様っ!」
照りつける太陽から自分を庇ってくれるかのように覗き込んだ笑顔の美少女を、彼は数秒。目に焼き付けた。
「ラズリー…」
「はいっ!ラズリーです!」
「ちっ…近い…」
「…?」
「あの…もう起きたから…その…」
「んー?なんですか?ちゃんと言ってください!」
「あの…そんなに近いとまた…」
「ああああれは!儀式に必要だったからで!!そそそそそんなつもりじゃ…!」
顔を赤くしながら日陰を退けたラズリーを追うように、身体を起こすマサト。彼女は恥ずかしそうに両手で顔を隠している。
「おはよう。ラズリー。」
「おはようございます!マサト様!えへへ」
「あれ。ラズリー、尻尾なんてあったのか」
「はい。生まれつきですっ!背中に羽もあるんですよー!飛べませんけど…」
ほんとだ…。尻尾は腰から生えてるけど羽は背中に浮いてるな。磁石っぽいか。サイズも小さいし、デカめのアクセサリーみたいだ。
「可愛いね。」
「へっ?かかか可愛いだなんてそんな…えへへ…」
黒く細い鞭のような尻尾は、飼い主に撫でられた子犬が喜んでいるようにうねり、背中の羽はパタパタと、飛べないアヒルのように羽ばたいた。
「さて。とりあえず森にでも入ってみるか…」
「それは危険です!マサト様!」
「え?そうなの?」
「そうです!お母様も言ってました。現世の森にも魔物や鬼が出るって。」
「魔物と鬼?」
そうか。やっぱりいるのか。そうゆうの。
「そうです!魔物と鬼です!マサト様はご存知無いのですか?」
「ああ…。昨日来たばっかりだしな。別の世界から転移してきたんだ。」
「へぇ!?マサト様は勇者様だったのですね!流石です!!!」
「は、はぁ。」
何が流石なのだろうか。
「では!私ラズリーがこの世界についてお話しましょう!」
ラズリーは胸に手を当て、自慢げに話し始めた。
「この世界は、天界、地獄界、そして現世の三つで構成されています。
天界では神、天使、精霊の順で階級が存在し、善行を積む事で神と呼ばれるようになります。親子関係も存在し、神の子は天使、天使の子は精霊など階級が落ちた状態で産まれることがほとんどです。
地獄界では悪魔と鬼が住んでいますが、そのほとんどは餓鬼と呼ばれる小鬼です。天界とは逆に悪行を重ねることで成長しますが、鬼が小鬼を産むのに対し、悪魔は生殖能力がないため、悪魔同士で魔力を合わせることで生み出されます。悪魔が二人以上居なければ産まれないため、増えることはほとんどありませんが、ごく稀に鬼の子供が悪魔の尻尾を持って産まれることがあり、それも悪魔と呼ばれます。
天界、地獄界の住人を現世では総称として異界人と呼ぶことがあり、現世に顕現した異界人は人間に手を貸さなければならないと世界の管理者によって義務付けられています。そして…」
「何となくわかった。それより、魔物とか鬼とか魔法とか。すぐに必要なことを教えてくれ。」
「も〜!大事なことなんですよ?仕方ないですね…」
ラズリーは腕を組んで、主の要望に応えた。
「魔物や鬼は地獄界から現われます。」
「地獄から?神やら天使だのは来てくれないのか?」
「はい…世界の管理者様は天界からの道をお作りにならなかったようで…地獄界には魔界と呼ばれる、言わば飼育所がありまして。成長した鬼や悪魔は入れませんが、魔界の中に現世への道があるとされています。」
なるほど…。つまり管理者ってやつはゲーム感覚なわけか?地獄から魔物やら鬼やらを現世に行かせて、人間と戦わせて遊んでるわけだ。ただ戦わせるだけじゃ面白くないから、天界からの助っ人を許していると。クソ野郎だな。
「それで?人間はどうやって戦うんだ?」
「はい。人間は特技や魔法で戦います。異界人の宿主となることで技術や魔力を共有し、力とするのです。」
「なるほど…。つまり異界人の能力依存だと。」
「いえ!そんなことはありません。確かに人間との相性やリンク率によって、私たち異界人が発揮出来る能力は高まりますが、能力を行使するのが人である以上。人の鍛錬や努力も必要です!」
「ふーん。ん?じゃあ海音やセアンよりも…」
「はい!私とカイト様の方が…その…相性抜群です…///」
「…良かった。」
「えっ?」
「あ、そうだ。今の話からするとラズリーが寝てる間飛べなかったのは俺の鍛錬が無かったからだよね?」
「は、はい…すみません…」
「いや、いいんだ。気にしないで。」
何故か濡れなかったし。何故か息できてたけどそれは後だ。
「ラズリーが寝てる間でも魔法を使えるのかな。」
「はい!もちろんです!私の魔力を共有している以上、マサト様がお使いになるのは当たり前です!」
「そう…なのかな?」
「はい!」
納得がいかない気もしたマサトだったが、あまりに目を輝かせるラズリーに負け、その場を収めた。
「じゃあ森に入る前に。魔法の使い方、教えてくれる?」
「はい!!もちろんです!!!」
こうして。マサトの異世界生活が始まった。