天使か悪魔か罪人か
部屋ではマントの集団と国王が待っていた。部屋の床には魔法陣が敷かれ、祭壇に女性の像が立っている。女性は両手を胸で繋ぎ、空へ祈りを捧げている。その表情は儚くも美しい。
「お待たせ致しました。国王様。」
「うむ。早速始めよう。」
セアンの謝罪を快く許した国王は儀式の開始を命じた。マントの男たちが魔法陣の周りに待機している。魔法陣を照らす光は天から降り注ぐスポットライトのようだ。それとは対照的な壁際の暗がりには数人の兵士とあのボスがいた。
「彼を先に。きっと疲れておる。早めに済ませよう。待たせてすまなかった。」
海音を待たせてることも自覚してたのか。俺を召喚したときのことも考えると何やらこの国は色々面倒事が多そうだな…。
マントの男が国王に耳打ちする。
「勇者よ。現れた者の質問にははいと答えよ。」
「はいっ!わかりました!」
王の命令に力強く返事をした海音はセアンの方を振り返り、気さくに笑った。
「始めよ。」
国王の一言で光っていた魔法陣は輝きを増し、マントの集団は唱え始める。
「我ら現世の魔道士達。この世の管理者たるマスターヴァルタスに敬意と懇願を示す。異界への扉を開き、彼の者に世界を渡る術を授けたまえ。」
魔法陣の輝きは増していき、祈る女性の目線の先に小さな光の球体が集まっていく。
「これは…!」
ジジイ…。何を驚いてる?やっぱり…俺達以外にも勇者は居たんだな?セアンの話も信じるなら…。
「うっ…んだよ。眩しいな…。」
集まった球体はひとつの大きな塊となり、ひび割れた。
「ひゃっほーぅ!やっと呼ばれたぜー!」
「なっ、何だぁ!?このガキ!?」
「ガキとはなんだ!似たようなもんだろ!?」
光の中から現れた子供は、じぶんをガキと呼ぶ少年に頬を膨らませた。
「青い髪に黄金の槍…鱗の手足…!まさか…ポセイドン様…!」
「ポセイドン?あのガキが?」
「しっ失礼だぞ!誠人殿!」
ポセイドンと言えば神の名だろうが…降臨ってそうゆうことか…。ジジイも気絶しそうなほど喜んでるし、すげーんだろうな…。
「お、よく知ってるな!モジャモジャ!」
「もっ…もじゃもじゃ…」
よく言ったぞガキンチョ。
「我が名はコリウス・アトランタ!アトランタ国が第二王子。ここでいうポセイドンだ!よろしくな!」
降臨したポセイドン。コリウスが名乗ると、兵士を含めたその場の全員がザワついた。
周囲のざわめきを切り裂くように、兵士の長が声を上げる。
「お言葉ですが、ポセイドン様!」
「ん?なんだ?」
「我が国アルラトールでは…その…」
「ん〜?なんだ。申してみよ!」
「我が国アルラトールの伝承では、ポセイドン様はもう少し…その…男らしいと言いますか…その…」
「あー!うむ。それはきっと兄上だな!?数百年経った今でも伝承が残っているとは!さすが兄上だ…!」
「兄…?つまり貴方様は…」
「うむ!話は聞いておるぞ!かつてこの地で勇者と共に戦ったポセイドン。ランドジア・アトランタは我が兄である!」
ポセイドンの…弟……?どうやら、地球とここじゃ神とやらのシステムも違うらしい。名前は同じみたいだが…。まぁソシャゲのガチャみたいなもんか。知らんけど。
「安心するが良い!アルラトールの民よ!このコリウス・アトランタがポセイドンの名に恥じぬ活躍を約束しよう!」
ザワついていた部屋の空気は一変し、幼げな子供に期待を寄せた。
「すると…コリウス様も神でありますか?」
「ハッハッハ!悪いなモジャモジャ!俺はまだ天使だ!だが、すぐに神になってみせるぞ!いつまでも兄上に負けてはいられないからな!ハーハッハッハッ!」
期待の眼差しに疑いが混じりつつある中、セアンの一言でまた、希望が息を吹き返した。
「と、とにかく!あのポセイドン様が来てくれたんだ!喜ばしいことではないか!なあ!皆の者。」
鎧とマントが産んだ2度目のザワつきは、歓喜と相槌で出来ていた。国王も群衆の反応に、安堵の表情を浮かべている。
このクソビッチ…イケメンだけに飽き足らず、兵士も陰キャも手懐けてんのか?ジジイ…よくこんな優秀な女連れてんな。
「お、おい…なんだかよくわかんねぇけど…このガキがなんなんだ???儀式ってこいつを呼ぶためだったのか?俺は何すりゃ良いんだよー!」
「そうであったな!お前!名前は?」
「名前?軋波海音だ。」
「カイトか!よしっ。えーっと…なんだっけ?」
コリウスは腕を組んだりこめかみを押したり地団駄を踏んだり…考え込んだ末に閃いた。
「あ!思い出した!カイト。」
「んん?」
「天界より舞い降りし我、コリウス・アトランタが問う。我が力を欲し、愛し…えーっと。あっ、この名に恥じぬ生き様を誓うか。」
「????」
首を傾げる海音は国王に助けを求める。国王は白髪と髭の長さからは想像も出来ないほど首を激しく縦に振った。
「は、はい…。」
「よかろう!では右手を前に。」
海音は右手を差し出した。
握手を交わした2人の手からは光が溢れる。
「よろしくな!カイト!」
「お、おう…」
光は辺りを包み込んだ。
カイトが目を開けるとコリウスの姿は無く、代わりに右の手の甲にタトゥーのような紋章が描かれていた。
「あ、あれ?どこいったんだ?あのガキ。」
「ガキじゃない!コリウスだ!」
「んんー?声はするけど…どこにいるんだ?」
「握手しただろー!?ここだよ!ここー!」
カイトの紋章は淡く、優しく、煌めいていた。
「勇者よ。ポセイドン様はその紋章と共にある。我らに声は聞こえぬが…確かに。お主に宿っておるようだ。」
「そのモジャモジャの言う通りだ。カイト。今日からお前は俺の宿主ってわけだ。」
「へぇ〜。まだよくわかんねぇけど…これで儀式は終わりなのか?」
「そうだ。ポセイドンが宿りし勇者カイトよ。どうか今日までの非礼を詫びさせて欲しい。今夜は皆で宴を」
「おーい。」
俺の一言にその場にいた全員がこちらを向いた。これ程視線を集めるのは幼い頃、たまたま絵画で金賞を貰った時以来か。
「はぁ…まさかとは思うが、忘れてるわけじゃないだろうな?俺もお前らに召喚されたんだ。次は俺だよな?」
「も、もちろんだとも。忘れてなどおらん。さっさあ。交代だ。」
「相田殿…!」
「あぁ…?なんだよ。文句でもあんのか?」
「いや…なんでもない…。」
はぁ…。ジジイの苦笑いなんて見たくねぇし、止めんならもっと来いよ…。薄々気が付いてはいたがこの部屋…。牢屋には無かった赤いシミと強めのスポットライト。上手くカモフラージュしているつもりだろうが、兵士の近くに所々色の違う壁が見える。多分上から塗ったんだろうな…。詳しくは分からんが、神やら天使やらと言っているあたり、階級が存在するんだろう。やっぱソシャゲじゃねえか。当たりを引いたら歓迎し、ハズレならここで死刑。あのクソビッチは首切り役人って訳か。はぁ…伝承があるぐらいだしポセイドンは大当たりなんだろうなぁ…。まぁ…。いいか…。どうせ引きこもってるだけの人生なんだし…。
「……を授けたまえ。」
魔道士の詠唱が終わると同時に、魔法陣からはモヤが吹き始め、天井からホコリや小石が落ちる。
「な、なんだ!?地震か!?」
モヤは次第に勢いを増し、濃く、深く、降り注ぐライトの光を遮っていく。振動は強まり、両手を結んだ銅像に涙の様な亀裂が入る。
「何が起きている!説明しろ!」
「わ、分かりません!私達は手順通りに…」
魔道士は国王の問いかけに答えることが出来ず、経験したことの無かった揺れる地面に足を取られた。
振動は暫く続き、モヤは煙と呼べるほど吹き出した。
「国王様!早くこちら…へ…」
「あれは…!」
王国騎士団長たるセアンは、隣に居る国王陛下の避難を中断するほどに、目を釘付けにされた。
揺れは止まり、煙の止まった魔法陣の上で、国王共々唖然とさせたのは、誠人と共に居る少女であった。
「誠人に…美少女…だと…!?」
海音もまた、釘付けであった。
「カイト!気をつけろ!」
「あ?何をだよ」
「あの姿…間違いない!悪魔だ!」
「あくま〜?確かに…悪魔的な可愛さだなぁ…!」
勇者が言ったその言葉に、騎士は剣に手を掛けた。
「軋波殿…。ポセイドン様が…そう。言っているのか…?」
「ええ…?なんですか?セアンさんまで…。」
「あああ…アレは…純白のぉ…!セアン・ロンジュ!奴を斬れ!!今すぐだ!!」
「お、おい!ジジイ!何言って…!セアン…さん?」
セアンは、剣を抜いた。
「アイビス様。お力をお貸しください。」
鎧の右肩から光が漏れ出し、構えられた刀身は鋭く尖った魔力を纏う。
「ちょっと待ってくれセアンさん!まだ誠人が!」
「すまない。相田殿…!はぁあああ…!!!」
………相田誠人。25歳。無職。大学進学後、初恋の相手に振られたことで、元々何一つ目標の無かった彼の希望は失われ、自室に引きこもるようになった。在学中はアルバイトをしていたが、中退後は就職することなくゲームに明け暮れた…か。ふーん。確かに…怠惰かもねぇ…?さぁ、そんな誠人君はラズリーちゃんを見て、何を言うのかなぁ……?
無限とも言える無数のモニターが壁を埋めつくした照明の無い部屋で、世界の管理者、マスターヴァルタスはラズリーとその宿主候補である相田誠人の行く末を監視していた。
魔道士の詠唱直後、立ち上がる煙と揺れる地面の中心で、相田誠人は幾度となく経験してきた暗闇に、心を奪われていた。
異世界転移…か。結局。俺は主人公じゃなかったって事だよな…。いかにも勇者って感じのイケメンに先越されてさ。激レア引かれるんだもんな…。ほんと。何したって俺は…。でもまぁ………やっと。やっと終わりに出来るんだ。ここで死ねば、家族に迷惑かけないしな…。友達とか…いないし…。彼女も………。はぁ…。いいなぁ…。
「俺も…俺も……」
涙で滲んだ魔法陣の消えかけの光が、最後の希望にも見えた。
「んっ…んん…。んー?」
「…へぇっ?」
周囲に充満した煙は誠人の心を表しているようだった。揺れ動く魔法陣は、今にも崩れ落ちそうな崖。照らすライトは宛ら死の宣告といったところか。その暗闇の中で。彼女は現れた。
「なんて…美しいんだ…」
誠人の第一声は彼女が目を覚ますのに十分な威力を持っていた。
「んん…ええ!?美しいっ!?わわわわわたしがですか!?!?そそそそんなこと急に言われてもぉ…えへ。えへへへへ。」
誠人は目の前に現れた女神の両手を、自らの手で。優しく包み込んだ。
「俺は…俺は…」
「??」
「おっ…俺は相田誠人。君の名前は?」
「ラズリー…です。」
「ラズリー…素敵な名前だ」
「えっ!?えへへ…そんなぁ〜…」
「ラズリー。君が何者なのか、俺は知らない。でもこれだけは分かる。君はきっと良い奴だ。」
「…どうして分かるんですか?」
「目を見たら分かる。」
「…!」
「確か…こんな…だったかな。」
誠人は、今までにない、希望に満ちた力強い瞳で、彼女へ問い掛けた。
「俺の名前は相田誠人。引きこもりでゴミまみれの部屋からきたが…そんなことはいいか。ラズリー。力を貸してくれないか?俺は必ず。君の名に恥じぬ生き様をしてみせる。その美しい瞳に誓って。」
煙が徐々に晴れていき、揺れは無くなり、光はただ、二人を照らしていた。
「わっ…私は…」
「はぁあああ!!!」
セアンが斬り掛かろうとした刹那。ラズリーの瞳には、ジャージ姿でボサボサ頭の無理して微笑む青年が、とても優しく映っていた。