待合室ではお静かに
ジジイのいた部屋から引きずり出された俺は牢獄に連れ込まれた。マントの奴らは控え室と言っていたが…。建前にも限界があるだろ。石の床に藁の布団、窓は無く、鉄格子で閉ざされている。あまり使われていないのか、それとも、入れてもすぐに出しているのかそれほど汚れてはいない。何かのシミがあったり藁やら髪の毛やら落ちていたりするが、ゴミの散らかった真っ暗な部屋で過ごしていた俺にとってはさほど気にはならない。
「よう。お前も召喚されたのか?これが客室なんてふざけてるよな。」
部屋の隅に座り込んだ男が話しかけてきた。灰色のスラックスに白いセーターと紺のブレザー…随分洒落た制服だな。
「準備が整い次第呼びに来る。」
マントの男はそう言い残して去っていった。
鉄格子の前には衛兵と思われる鎧の男が2人。右手に槍を携えている。制服の少年は壁にもたれ掛かり、哀れみと喜びの混じった、まるで誘拐された被害者が「お前も同じようになるんだな。一人じゃなくてよかった。」とでも言いたげだ。
彼は入院中の病室に客人が来た時のように身体を起こし、挨拶を続けた。
「俺は海音。よろしくな。」
「…相田誠人だ。」
「なんだよ笑 初日なのに死にそうじゃねえか笑」
余計なお世話だ。俺が家で何してようがいいだろうが。寝不足なんだ。話しかけるな。
「余計なお世話って顔だな?笑」
何故わかる。
「その様子だと、お前不登校だろ。安心しろ。俺は陽キャだけどイジメだなんだは興味無いんだ。」
「俺は学生じゃない。酒も飲める。」
「えっ…歳上だったのか。ごめん。あっいや、すいません。」
失礼なガキだな…でも俺以外にも転移してきてる奴がいるのは分かった。それに見た感じこの世界に来て何日か経ってるようだし色々聞いてみるか。
「お前。儀式が何か知ってるか。」
「お、おい。いくら歳下でもお前は無しだろ?せっかく日本人に会えたんだ。仲良くしようぜ?さっきのは謝るからさぁ…」
失礼な上にめんどくせぇ。呼び方なんて何だっていいだろうが。こいつとは仲良く出来なさそうだ。そんなつもりも無かったけど。
「…海音だったか。儀式について聞いてないのか。」
制服の少年は鼻から深く息を吸い込み、右の口角を少し上げた。起こしただけの上半身を整え、許しを乞う若者らしく、胸をジャージ姿の青年に向けた。
「そこの兵士に話しかけても返事すら無かったんだけど、奥で怪しい魔法使いっぽいのが話してるのを聞いた。こっちまで丸聞こえだったけど、兵士の人達も特に何もしてこなかったしバレてもいいんだろうな。」
海音の話を聞いても衛兵達は微動だにしない。どうやら儀式の内容自体は秘密って訳でもないらしい。
「それで?何を聞いたんだ。」
「どうやら俺達は国を救う為に召喚されたらしい。俺の事を勇者って呼んでたからな。そうゆうことだろ?儀式ってのは召喚された勇者の能力を目覚めさせるのに必要みたいだ。よくわかんねぇけど、降臨の儀?とか言ってたな。」
「降臨の儀…?」
「気になるよな。降臨って言うぐらいだし何らかしらを呼び出すんだろうけど、普通はそうゆうので俺達みたいな異世界人が来るんだけどな…。異世界も色々あるんだな。」
海音は力なく天井を見上げる。綺麗だったはずの制服の汚れが牢での生活を物語っていた。相田誠人がそうだったように、ここに入る前に儀式の存在を知ったのだろう。寝起きでボサボサ頭の黒いジャージを着た歳上の青年が同じ部屋に連れ込まれても明るい挨拶を心掛けるその姿勢、きっと楽しい高校生活を送っていた。それが突然終わりを告げ、いつか来る謎の儀式を牢獄でただ待つだけ。帰りを待つ家族がいるであろう海音にとってそれは、天を仰ぐに十分な動機であった。
俺は降臨と聞くと神やらなんやらに降りてきてもらって、助けてもらったりなんだったりするやつを想像するが…。勇者を召喚するだけじゃダメなのか?たしかにここに来てから魔力だのスキルだのの特別な異変は感じないし、よくあるステータスやらなんやらの画面表示も無い。それに海音と時間差で召喚されたってことは前にも儀式があったはずだよな。牢屋は綺麗だが…。
「お待たせして待たせて申し訳ない。勇者殿。」
2人が鉄格子を向くと鎧を着た女が立っていた。両端で動かない衛兵や誠人が召喚された部屋に居た兵士とは違う、華やか、いや、お洒落というべきか。どこか女性らしさを感じさせる。そんな鎧だ。鉄色の鎧に控えめながら存在感のある濁った白の装飾が顔を出す。首には金で編まれたネックレスが掛けられ、丸みを帯びた四角いプレートが鎖を胸に引いている。伸びた金色の髪は後ろで結ばれ、腰には剣を据えている。他の兵士とは違い、動きやすさを得るためか下半身は鉄のスカートを履いている。。靴は鉄の物ではなく、革で出来ているようでスニーカーにも見える。兵士の長とみられる男の武器が槍の形状だったことを考えると、彼とは違う役割を持った人物なのだろう。待たせたことを謝罪し召喚された青少年を勇者と呼ぶのも大きな違いといえる。
「誰だお前。」
「おい誠人!お前よくこんな美人なお姉さんにそんなこと言えるな!?」
「あ?なんだお前。元気じゃん。」
「んなっ。美人だなんて…そんな…!」
何照れてんだコイツ。まだ高校生だぞ。イケメンなら何でもいいのかこのクソビッチめ。
誠人の冷たい視線が気づかれることは無かったが、赤らめた頬を両手で冷やした彼女は目を見開き、思い出したかのように二人を見た。
「勇者が…2人…!?そうか…。くっ…。」
「どっ、どうしましたかお姉さん!?誠人がいるとまずかったですか!?」
「なんで俺なんだよ。状況的にはお前だろ普通。」
「状況的にってなんだよ!俺はお前より1週間も前にここに来たんだぞ!?今来たばっかりの誠人のほうが想定外の可能性高いだろうが!」
「あーあー分かった分かった。それでいいから静かにしてくれ。頭が痛い。」
「なんだその適当な感じは!高校生だからって舐めるなよ!?ん。お姉さん?」
海音が気にかけた彼女は両の手を固く握りしめ、今にも血が垂れそうなほどに歯を噛んでいた。俯く姿はまるで愛する本国の為に戦い、励み、尽くして来た人間がとても大きな敗北を味わっている様だった。
「お二人共。本当にすまない。これも国のためなのだ。」
「おい。なんの事だか知らないが俺は今日来たばかりだ。この汚ねえガキと一緒にするな。」
「汚ねえとはなんだ!1週間前は綺麗だったよ!そのボサボサ頭と違ってな!」
「うるせぇ。寝起きなんだ。仕方ないだろ。」
「こっちだって風呂も入れずここに居たんだ!着替えも無いし…綺麗なほうだろうが!」
「セアン様。儀式の間にて国王がお待ちです。」
俺達は気にも留められないみたいだ。マントの男が鎧の女に駆け寄って来たが見向きもしない。セアン様と呼んでいるしそれなりに地位か名声のある女なんだろう。鎧もこいつだけちょっと派手だし。
「ああ…。分かった。」
セアンはマントの男に返した言葉と裏腹に、諦めに似た否定的な脱力で固めた身体を解した。
「2人とも、名前を聞いていなかったな。私はセアン・ロンジュ。アルラトールの騎士団長をしている者だ。」
「軋波海音っていいます!美人なうえに騎士団長だなんて…!俺、頑張ります!」
何を頑張るつもりなんだこいつは。
「相田誠人だ。」
「軋波殿。相田殿。よろしく頼む。」
一国を背負う女騎士は汚れた制服の少年とジャージでボサボサ頭の青年にするとは思えぬほど、深く頭を下げた。海音も違和感を感じたようで首を傾げ、誠人の顔を伺った。
「セアン様。国王がお待ちかねです。」
「ああ、すまない。今行く。2人とも私に着いてきてくれ。」
マントの男が再び声を掛ける。二人は言われたとおり、セアンの後ろを歩いた。
「2人は儀式についてどこまで聞いているんだ?」
「特に何も。」
「じ、自分も何も言われてません!」
どんだけ女好きなんだこのガキ。
「そうか…。これから行う儀式は天恵の義といって、勇者にのみ許された特別な儀式だ。」
「天恵の義?降臨の義じゃないのか」
「む。降臨の義は知っているのか。それは18歳になると行われる、この世界で生きていくための…選別のような儀式だ。勇者が受けるのは選別ではなく、天命。数ヶ月前に来た勇者は…スーパーホット?とか言ってたな!」
スーパーホット???激アツ…みたいなことか?ろくな奴じゃじゃ無さそうだが…。
「誠人〜。セアンさんがそういうんだから天恵の義なんだよ。きっと俺が聞き間違えたんだ。」
「だと言いがな。」
「着いたぞ。ここだ。」
扉の前で立ち止まったセアンは振り返った。
「準備はいいな?」
「はいっ!もちろんです!!!」
「ああ。」
俺は不安と僅かばかりの期待を抱えて儀式の間へと踏み入った。