元高ランクハンターですが再び転職することになりまして
存在し得ない遺物と奇妙な共生関係にある魔物。
得体のしれぬ遺物の恩恵を享受して暮らす人類。
そのために必要とされてきた、遺物の回収業者。
私は以前、トレジャーハンターのひとりだった。
家政婦へ転職してからは、呑気に暮らしていた。
そう。
奇妙奇天烈な遺物を押し付けられるまでは――
普段は簡単に済む転移装置の設定だが、今回は転移先が特殊なため記憶を頼りに手続きを指定していく。複雑な手順もスムーズに進められるのは、昔取った杵柄、というものだろう。実行すると、すぐに周囲の景色は一変した。
まだ陽の射す時間なのに、やけに薄暗い森のなか。
巨大な城の、前庭に出た。
いびつな石像が、計4体。
眼前に立ち塞がっている。
即座に反応、動きだした!
「さすがに素通り、とは……いかないようね」
遺物探索者時代に愛用していた太古の兵器を装備する。
魔物の解体中、これが臓腑のなかから出てきたときは、哀れな犠牲者の防具だと思った。一見すると、金属製の籠手、しかも右側だけだったから。
装着した瞬間、虚空に巨大な金属の腕が現出してくる。
握り込んで殴り付ける動作を、トレースする巨大な腕。
目前に迫る1体目を、木ッ端微塵に 粉 砕 するッ!!
ガ ッ ギ ィ ィ イ ン !! ド ゴッ……ドサッ
通常、武器の人工遺物は、武器の形状をしている。
剣を抜けば、巨大な剣が。
弓を構えたら巨大な弓が。
ある程度、似たようなものが現出するのが、普通。
巨大な腕が現れる、ちょっと珍しいタイプだろう。
これを手に入れたのは、幸運だった。
女だてらに格上相手でも常勝できたし、その特殊性から割の良い難案件が舞い込むことも多かった。
しかし、今日の使い道は、ちと違う。
他国の偉いさんに御目通り願うなら、この方法が手っ取り早い。面倒な手順をはぶくために持参した。
「さて……っと」
警報装置ではないらしい。
侵入者の排除を目的に設置したのだろう。
森の奥へ反響する大きな音、迂闊だった。
まぁ、やっちゃったから、しょうがない。
「ぃよ~い、しょっとぉ!」
2体目の足を掴んで、飛びかかってきた3体目にぶつける。
バ ゴォオン! バギバギバギッ ドシャ
硬さは似たようなものだろう、2体同時に、粉々になった。
その隙を突いてきた最後の襲撃、巨大な右手を広げて防ぐ。
ドスッ…… ゴ ン ッ !!!
弾き飛ばされ地面に転がった、動く石像。
握った拳を叩き付ける動作、人工遺物がそのままトレース。
ゆっくり持ち上げてみると、砕けて地面にめり込んでいた。
「これで、終了……かな?」
右肩を回して軽くほぐしながら、目の前の建物を見据えた。
これが通称、「魔王城」。
魔物の統率者、魔王の住む城だ――――
ん、がッ!!!
巨大なグーパンチがグルッと空中旋回して正面玄関に激突。
重々しい鋼鉄製の扉の片側が、ゆーっくりと、倒れていく。
ど ー ぉ ぉ お ん !
「 あ" ……やっべ 」
うっかり装着したままだった。
魔王城のセキュリティは、いちじるしく低下してしまった。
「これ、怒られるかな? そりゃ、まぁ、怒るよね」
底冷えする、大きな部屋。
数年前と変わっていない。
そのまま奥へ進むと、簡素なベッドがひとつだけ。
静かに体を横たえる人物は、数年で随分変わった。
と。
片目を開いて闖入者を確認すると、起き上がった。
「貴様は……あの時の?」
「覚えておいででしたか」
鼻から不満を「フン」と漏らして、苦々しい表情。
「忘れもしない戦慄、脳裏に焼きついておる光景。魔王と呼ばれる吾輩の根城へと忍び込み、その喉元に切っ先を突き付けておきながら、プイッと立ち去った連中。そのうちのひとりであろう? 此度は随分、騒々しい登城だがな!」
噂は耳にしていた。
魔王本人のようだ。
にしても、これは。
「魔王陛下、なんだか見た目が」
「良い、なんなりと申してみよ」
「また一段と、かわいらしくなられっ……ぷぷぷー!」
元々たいして強くもなかった魔王さん。
討伐隊数名に追い詰められて大ピンチ。
保存していた屍体へ、霊魂を移しかえたのだが……
その器が若い女だったらしいと仲間から聞いていた。
前回は、ちょっと勝ち気な女の子、それでも魔王ぽい服装だった。
「仕方なかろう、この見た目だ」
「それにしたって……にひひっ」
「寝込みを襲う連中もいるからな? これでも、変装しているのだ」
「別の意味で、寝込みを襲われる危険性が、より高まって見えます」
魔王は「嫌味が全部、倍返しだな!」と、ほっぺたを膨らませた。
今日は、ふくれっ面でもかわいい、ネグリジェ姿が似合っている。
「くだんの、勇者様御一行は?」
「ああ、ゲヘヘに始末されたよ」
「あ~ぁあ」
魔界参謀の大魔法、その威力は本物だ。
ただの人間に、勝ち目などないだろう。
魔王は「正当防衛だぞ」と念押ししてから「貴様等のような連中は少ないよ」と独り言のように呟き、窓辺から夜暗に包まれた庭先を見た。
まさに、今しがた私の通ってきた場所。
ふーと長く息を吐きながら、項垂れた。
「次からは、ノックするならドアにせよ」
「あ、はい?」
「毎回、門も門番も壊されてはかなわぬ」
「ああ、はい」
椅子を勧められ、ワインまで出てきた。
まさか、厚遇されるとは考えなかった。
「魔界の葡萄は酸味が強い、食えたものではないがな」
「栽培してる?」
「熟した果実を集めるのを得意とする魔物がいるのだ」
「なるほど……」
「滑らかで濃厚、渋みが少ない。晩酌には丁度良いぞ」
少女の恰好で、ワインの講釈。
間違いない、あの魔王なのだ。
グラス傾け、さて、と置いた。
「吾輩の寝首を掻くのはたやすくとも、魔界参謀は手に余る。猪口才な判断だが、慧敏でもある。挨拶がてら立ち寄るには遠すぎるな? なにが望みだ」
「手土産がございます」
「いやに殊勝なことよ」
ゴトリ、とテーブルに置いた油紙の包み。
それを魔王は首を傾げつつ、開いていく。
転がり出てきたのは、変質した希少遺物。
ひと目見て、「これはッ!」と驚嘆した。
太古の遺物は金属製。
これも同じく金属だ。
しかし、動いている。
一目瞭然だ、機械仕掛けの動作ではない。
脈動、しているのだ。
さながら生物の如く。
「昔なじみから転職先へ、突然異例の支援要請が来ました。そこにいたのは遺物に侵食され、暴走する魔物。摘出した正体不明の遺物は奇妙奇天烈な状態、これは。経験上、危険すぎる。私の手には余る――」
魔王は「ふむ」と、沈思黙考した。
「魔王と呼ばれる吾輩から、正体や扱い方の知見が得られると考えたのだな」
「あ、それ。違ってて」
「なんだ、違うのか?」
相手が相手、柄にもなく緊張しているらしい。
からからに喉が渇いて粘つく、声が途切れる。
警戒して口にしなかったワインに手を伸ばす。
一口飲んで、驚いた。
「美味しい」
「だろう?」
魔王のドヤ顔。
内心、『お前が作ったんじゃねーだろ!』と。
心の内では思ったものの。
腐りにくく、保存が効く。
味は二の次、それがワインの共通認識だろう。
良いトコのお坊ちゃんは違うと、感心もする。
そうか、私は。
「魔王だから、じゃなくて」
「吾輩の寝所に来たのにか」
「王族で、勇者の系譜。王家を離れた魔王陛下ならば、あるいは、と」
「何故だ、簡潔に説明せよ」
「辺境ギルドに掲示された特別依頼、高額な支払いは王国金貨でした」
金貨を数枚、取り出した。
鋳造したて、傷一つ無い。
明らかに、王国の陥穽だ。
だからこそ仲間は請けた。
「王族といっても、昔の話だがな」
「この正体や使用法については?」
「受容者ならば、心当たりがある」
受 容 者 ―― ?!
雲の切れ間から月明りが射し込む。
陰々滅々としている魔王を照らす。
元来、顔色が冴えない男なのだが。
一層、青褪めて見えた。
もう一度、魔王は変質した遺物を手に取った。
「王国は変質した遺物を密かに収集、人体へ移植している。これほど強力な遺物は極々稀だろうな? 過去に同等の遺物が回収され、適合者がいたとするのならば。魔王城にいる……そう考えて、乗り込んで来たのではないのか?」
チリン♪
「参謀のゲヘヘだ。会うのは初めてか?」
魔王は小さな真鍮の呼び鈴を鳴らした。
直後、その傍らに、少女が立っていた。
帽子ばかり目立つ格好、美しい藤色の髪、異様なほど赤い瞳。
大人びて見えるのは当然だろう、百年以上前から記録がある。
「このゲヘヘの魔力の源は、胎内へ移植された人工遺物だ」
「私たち魔王軍は、変質した遺物が王国へ渡らないように魔物を管理しています。御面倒をおかけしたようですね……多大な御協力に感謝申し上げます」
「ゆっくりしていくがよかろう。貴様等は王国に反旗を翻してまで世界を救った、いわば英雄なのだからな!」
えっ?
「ちょっ……魔王、今、なんて?」
「人間どもを敵に回してまで、世界を災禍から救ったのだ」
「なかなか出来ることではありませんよ、立派なことです」
どうりで最近、やたらと刺客がっ……!
どこか遠くに、避難しなくては。
王国の手が届かない安全な所へ!
ん?
王国の刺客が来ても安全な場所?
「あの、ここ。今、求人とかは?」
「丁度、正面玄関が壊れたのでな」
「門番も壊れてしまったようです」
「もし、よろしければ……私が?」
2人は揃って、ニタリと嗤った。
「「 ようこそ魔王軍の本拠地、魔王城へ! 」」
「あの……はい。しばらく、お世話になります」
提出しろと言われて履歴書を書かされている。
寝込みを襲った先へ転職することになるとは。
夢想だにしなかった――――
「あのぉ、人工遺物、って……なんなんです?」
「太古に滅んだ文明の痕跡を加工したものだが」
「遺物を加工して至極当然のように扱える。でも、何故です? この知識をどこで得たのか、構造、燃料、なにひとつ我々は知らないのに。しかし、魔王陛下ならば御存知のはずです」
「NPCが持ち得ぬ疑問だな?」
魔王は「フッ」と鼻で笑った。
「変質した遺物の発生で暴走した魔物。歴史をなぞるように開始した王国の独走。この場へエンカウントして、遺物の設定を魔王へ問うた、貴様自身もまた同様だ。本来あるべきシナリオを逸脱し、無軌道に迷走をはじめた。これらすべての事象、たったひとつの解答へと帰結する」
「その、解答とは?」
「 世 界 の 終 焉 ……サービス終了だよ」
「 サ 終 ッ ?! ……って、なんぞや?」
それでも人の営みは、細々と続いていく。
その程度の、ちっぽけな世界――――――