表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【 ローファン連作短編集 】

元高ランクハンターですが再び転職することになりまして

作者: 塩谷 文庫歌

 存在し得ない遺物(オーパーツ)と奇妙な共生関係にある魔物。

 得体のしれぬ遺物の恩恵を享受して暮らす人類。


 そのために必要とされてきた、遺物の回収業者。

 私は以前、トレジャーハンターのひとりだった。

 家政婦へ転職してからは、呑気に暮らしていた。

 そう。

 奇妙奇天烈な遺物を押し付けられるまでは――


 普段は簡単に済む転移装置の設定だが、今回は転移先が特殊なため記憶を頼りに手続きを指定していく。複雑な手順もスムーズに進められるのは、昔取った杵柄、というものだろう。実行すると、すぐに周囲の景色は一変した。



 まだ陽の射す時間なのに、やけに薄暗い森のなか。

 巨大な城の、前庭に出た。

 いびつな石像が、計4体。

 眼前に立ち塞がっている。



 即座に反応、動きだした!



「さすがに素通り、とは……いかないようね」



 遺物探索者(トレジャーハンター)時代に愛用していた太古の兵器(アーティファクト)を装備する。


 魔物の解体中、これが臓腑のなかから出てきたときは、哀れな犠牲者の防具だと思った。一見すると、金属製の籠手、しかも右側だけだったから。



 装着した瞬間、虚空に()()()()()()()が現出してくる。

 握り込んで殴り付ける動作を、トレースする巨大な腕。

 目前に迫る1体目を、木ッ端微塵に 粉 砕 するッ!!



 ガ ッ ギ ィ ィ イ ン !! ド ゴッ……ドサッ



 通常、武器の人工遺物(アーティファクト)は、武器の形状をしている。

 剣を抜けば、巨大な剣が。

 弓を構えたら巨大な弓が。

 ある程度、似たようなものが現出するのが、普通。


 巨大な腕が現れる、ちょっと珍しいタイプだろう。


 これを手に入れたのは、幸運だった。

 女だてらに格上相手でも常勝できたし、その特殊性から割の良い難案件が舞い込むことも多かった。

 しかし、今日の使い道は、ちと違う。

 他国の偉いさんに御目通り願うなら、この方法が手っ取り早い。面倒な手順をはぶくために持参した。



「さて……っと」



 警報装置ではないらしい。

 侵入者の排除を目的に設置したのだろう。

 森の奥へ反響する大きな音、迂闊だった。


 まぁ、やっちゃったから、しょうがない。



「ぃよ~い、しょっとぉ!」



 2体目の足を掴んで、飛びかかってきた3体目にぶつける。



 バ ゴォオン! バギバギバギッ ドシャ



 硬さは似たようなものだろう、2体同時に、粉々になった。

 その隙を突いてきた最後の襲撃、巨大な右手を広げて防ぐ。



 ドスッ…… ゴ ン ッ !!!



 弾き飛ばされ地面に転がった、動く石像。


 握った拳を叩き付ける動作、人工遺物(アーティファクト)がそのままトレース。

 ゆっくり持ち上げてみると、砕けて地面にめり込んでいた。



「これで、終了……かな?」



 右肩を回して軽くほぐしながら、目の前の建物を見据えた。


 これが通称、「魔王城」。

 魔物の統率者、魔王の住む城だ――――



 ん、がッ!!!



 巨大なグーパンチがグルッと空中旋回して正面玄関に激突。

 重々しい鋼鉄製の扉の片側が、ゆーっくりと、倒れていく。



 ど ー ぉ ぉ お ん !


「 あ" ……やっべ 」



 うっかり装着したままだった。

 魔王城のセキュリティは、いちじるしく低下してしまった。



「これ、怒られるかな? そりゃ、まぁ、怒るよね」



 底冷えする、大きな部屋。

 数年前と変わっていない。


 そのまま奥へ進むと、簡素なベッドがひとつだけ。

 静かに体を横たえる人物は、数年で随分変わった。


 と。


 片目を開いて闖入者(ちんにゅうしゃ)を確認すると、起き上がった。



「貴様は……あの時の?」

「覚えておいででしたか」



 鼻から不満を「フン」と漏らして、苦々しい表情。



「忘れもしない戦慄、脳裏に焼きついておる光景。魔王と呼ばれる吾輩の根城へと忍び込み、その喉元に切っ先を突き付けておきながら、プイッと立ち去った連中。そのうちのひとりであろう? 此度は随分、騒々しい登城だがな!」



 噂は耳にしていた。

 魔王本人のようだ。

 にしても、これは。



「魔王陛下、なんだか見た目が」

「良い、なんなりと申してみよ」

「また一段と、かわいらしくなられっ……ぷぷぷー!」



 元々たいして強くもなかった魔王さん。

 討伐隊数名に追い詰められて大ピンチ。

 保存していた屍体へ、霊魂を移しかえたのだが……

 その器が若い女だったらしいと仲間から聞いていた。


 前回は、ちょっと勝ち気な女の子、それでも魔王ぽい服装だった。



「仕方なかろう、この見た目だ」

「それにしたって……にひひっ」

「寝込みを襲う連中もいるからな? これでも、変装しているのだ」

「別の意味で、寝込みを襲われる危険性が、より高まって見えます」



 魔王は「嫌味が全部、倍返しだな!」と、ほっぺたを膨らませた。

 今日は、ふくれっ面でもかわいい、ネグリジェ姿が似合っている。



「くだんの、勇者様御一行は?」

「ああ、ゲヘヘに始末されたよ」

「あ~ぁあ」



 魔界参謀の大魔法、その威力は本物だ。

 ただの人間に、勝ち目などないだろう。


 魔王は「正当防衛だぞ」と念押ししてから「貴様等のような連中は少ないよ」と独り言のように呟き、窓辺から夜暗に包まれた庭先を見た。


 まさに、今しがた私の通ってきた場所。

 ふーと長く息を吐きながら、項垂れた。



「次からは、ノックするならドアにせよ」

「あ、はい?」

「毎回、門も門番も壊されてはかなわぬ」

「ああ、はい」



 椅子を勧められ、ワインまで出てきた。

 まさか、厚遇されるとは考えなかった。



「魔界の葡萄は酸味が強い、食えたものではないがな」

「栽培してる?」

「熟した果実を集めるのを得意とする魔物がいるのだ」

「なるほど……」

「滑らかで濃厚、渋みが少ない。晩酌には丁度良いぞ」



 少女の恰好で、ワインの講釈。

 間違いない、あの魔王なのだ。


 グラス傾け、さて、と置いた。



「吾輩の寝首を掻くのはたやすくとも、魔界参謀(ゲヘヘ)は手に余る。猪口才な判断だが、慧敏(けいびん)でもある。挨拶がてら立ち寄るには遠すぎるな? なにが望みだ」

「手土産がございます」

「いやに殊勝なことよ」



 ゴトリ、とテーブルに置いた油紙の包み。

 それを魔王は首を傾げつつ、開いていく。


 転がり出てきたのは、変質した希少遺物。

 ひと目見て、「これはッ!」と驚嘆した。



 太古の遺物(オーパーツ)は金属製。

 これも同じく金属だ。


 しかし、動いている。

 一目瞭然だ、機械仕掛けの動作ではない。





 ()()、しているのだ。

 さながら生物の如く。





「昔なじみから転職先へ、突然異例の支援要請が来ました。そこにいたのは遺物に侵食され、暴走する魔物。摘出した正体不明の遺物は奇妙奇天烈な状態、これは。経験上、危険すぎる。私の手には余る――」



 魔王は「ふむ」と、沈思黙考した。



「魔王と呼ばれる吾輩から、正体や扱い方の知見が得られると考えたのだな」

「あ、それ。違ってて」

「なんだ、違うのか?」



 相手が相手、柄にもなく緊張しているらしい。

 からからに喉が渇いて粘つく、声が途切れる。

 警戒して口にしなかったワインに手を伸ばす。


 一口飲んで、驚いた。



「美味しい」

「だろう?」



 魔王のドヤ顔。


 内心、『お前が作ったんじゃねーだろ!』と。

 心の内では思ったものの。

 腐りにくく、保存が効く。

 味は二の次、それがワインの共通認識だろう。

 良いトコのお坊ちゃんは違うと、感心もする。


 そうか、私は。



「魔王だから、じゃなくて」

「吾輩の寝所に来たのにか」

「王族で、勇者の系譜。王家を離れた魔王陛下ならば、あるいは、と」

「何故だ、簡潔に説明せよ」

「辺境ギルドに掲示された特別依頼、高額な支払いは王国金貨でした」



 金貨を数枚、取り出した。

 鋳造したて、傷一つ無い。

 明らかに、王国の陥穽(かんせい)だ。


 だからこそ仲間は請けた。



「王族といっても、昔の話だがな」

「この正体や使用法については?」

「受容者ならば、心当たりがある」



 () () () ―― ?!



 雲の切れ間から月明りが射し込む。

 陰々滅々としている魔王を照らす。


 元来、顔色が冴えない男なのだが。

 一層、青褪めて見えた。


 もう一度、魔王は変質した遺物を手に取った。



「王国は変質した遺物を密かに収集、人体へ移植している。これほど強力な遺物は極々稀だろうな? 過去に同等の遺物が回収され、適合者がいたとするのならば。()()()()()()……そう考えて、乗り込んで来たのではないのか?」



 チリン♪


「参謀のゲヘヘだ。会うのは初めてか?」



 魔王は小さな真鍮の呼び鈴を鳴らした。

 直後、その傍らに、少女が立っていた。

 帽子ばかり目立つ格好、美しい藤色の髪、異様なほど赤い瞳。

 大人びて見えるのは当然だろう、百年以上前から記録がある。



「このゲヘヘの魔力の源は、胎内へ移植された人工遺物(アーティファクト)だ」


「私たち魔王軍は、変質した遺物が王国へ渡らないように魔物を管理しています。御面倒をおかけしたようですね……多大な御協力に感謝申し上げます」


「ゆっくりしていくがよかろう。貴様等は王国に反旗を翻してまで世界を救った、いわば英雄なのだからな!」



 えっ?



「ちょっ……魔王、今、なんて?」

「人間どもを敵に回してまで、世界を災禍から救ったのだ」

「なかなか出来ることではありませんよ、立派なことです」



 どうりで最近、やたらと刺客がっ……!


 どこか遠くに、避難しなくては。

 王国の手が届かない安全な所へ!


 ん?


 王国の刺客が来ても安全な場所?



「あの、ここ。今、求人とかは?」

「丁度、正面玄関が壊れたのでな」

「門番も壊れてしまったようです」

「もし、よろしければ……私が?」



 2人は揃って、ニタリと(わら)った。



「「 ようこそ魔王軍の本拠地、魔王城へ! 」」


「あの……はい。しばらく、お世話になります」



 提出しろと言われて履歴書を書かされている。

 寝込みを襲った先へ転職することになるとは。

 夢想だにしなかった――――



「あのぉ、人工遺物(アーティファクト)、って……なんなんです?」

「太古に滅んだ文明の痕跡を加工したものだが」


「遺物を加工して至極当然のように扱える。でも、何故です? この知識をどこで得たのか、構造、燃料、なにひとつ我々は知らないのに。しかし、魔王陛下ならば御存知のはずです」


NPC(一般市民)が持ち得ぬ疑問だな?」



 魔王は「フッ」と鼻で笑った。



「変質した遺物の発生で暴走した魔物。歴史をなぞるように開始した王国の独走。この場へエンカウントして、遺物の設定を魔王へ問うた、貴様自身もまた同様だ。本来あるべきシナリオを逸脱し、無軌道に迷走をはじめた。これらすべての事象、たったひとつの解答へと帰結する」


「その、解答とは?」


「 世 界 の 終 焉 ……サービス終了だよ」

() () ッ ?!  ……って、なんぞや?」



 それでも人の営みは、細々と続いていく。

 その程度の、ちっぽけな世界――――――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ