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第4話 王都の罠とクズ

 魔王との壮絶な戦い(という名の課金バトル)を終え、ボロボロになりながらも王都へ帰還した俺は、当然ながら英雄として歓迎される──そんな都合の良い展開を夢見ていたのだが、現実はそう甘くなかった。

 街の人々は俺を見るなり、露骨に眉をひそめ、まるで疫病神でも現れたかのように道の端へと避けていくではないか。


「ちょっと待って!? 俺、英雄だよな!? 世界救ったよな!? ガチャでSSR引いて、最強スキル使って、魔王倒したってば!!」


 王宮の門前で叫んでも、衛兵は一切表情を変えることなく、静かに槍を構えて俺をけん制してきた。

 どうやら“世界を救ったクズ”という肩書きは、世間的には「信用できない前科持ちが偶然良いことをしただけ」という残念な解釈で定着してしまったらしい。


「……俺、もうちょっとマシな扱い受けてもバチ当たらないと思うんだけどなあ」


 そして、それ以上に重大な問題があった。


「……ただいま。戻ったぞ」


「ええ、聞こえてるわよ。“家賃未納ヒモ勇者”さん」


 ──ミアの機嫌が、信じられないほど、冷えきっていたのだ。


◆◇◆


 王宮から支給された褒章金は、戦費の清算や王都の復興費用などで綺麗さっぱり吸い取られ、俺の手元に残ったのは“王家謹製のやたらとゴージャスな羽織もの”一枚だけだった。


「これは……何かの冗談だよな? いや、悪趣味すぎない?」

「王家ってば、本気で“ヒモに布を着せる”つもりなのね……あはは、笑える……」

「なんかもう、俺の人生そのものがジョーク扱いされてる気がするんだけど!?」


 王都に戻った初日から、我が家の空気は氷点下を下回る勢いだった。 久しぶりに帰ってきたというのに、ミアの冷たい視線と刺さるような言葉に耐えながら、俺は湯船すら満足に使わせてもらえず、文字通り肩をすくめながら寒さに震えていた。


「あなたさ……“働く”って選択肢、ちょっとでも考えたことある?」

「えっ? いや、ほら、俺なりに頑張ったしさ……魔王倒したし、しばらくはこう、のんびり……」

「その“のんびり”って、ずーっと布団の中で寝たきりの生活を送るって意味じゃなかった?」

「……はい」


 彼女の怒りは、残念ながら完全に正当だった。

 言い訳するだけ虚しくて、俺は今日も三食ミア様のお残りをありがたく頂戴しながら、床掃除を頑張る日々を送っていた。

 だが、そんなヒモ生活にも──突如として“異変”が訪れる。


◆◇◆


 ある日、ミアのもとに届いた一通の封書。それを開いた彼女は、黙ったまま読み進め、そして、ぽつりとつぶやいた。


「……リリアーナ公爵家からの、招待状?」

「リリアーナ? それって……おまえの実家か?」

「ええ。でも、おかしいわ。だって私、もう“勘当”されてるのよ? なのにいきなり、“旦那様同伴で帰省を”って……どういう風の吹き回しなのかしら」


 その瞬間、俺の脳裏にいやな記憶がよみがえった。 ──以前出会った謎の美人。

 あのとき、ミアはなぜか彼女のことを“知っている”ような素振りを見せていたのだ。 だが、それ以上は何も語らなかった。


「なあ、ミア……あの女と、何か因縁でもあるのか?」

「…………」


 ミアは一瞬、目を伏せた。けれど、すぐにふっと笑って、いつもの調子で言った。


「気にしなくていいわ。あの人はもう、私にとって“過去”の存在だから」


 ──その微笑みが、なぜだかとても遠くて、ひどく悲しげに見えた。


◆◇◆


 そして、帰省の日がやってきた。

 俺たちは馬車に揺られながらリリアーナ公爵家へと向かっていたが、車内の空気はどこか張り詰めていて、俺は落ち着かない気持ちのまま窓の外を眺め続けていた。

  隣で静かに目を閉じるミアの指先が、わずかに震えているのに、俺は気づいていた。


「……なあ、ミア」

「なに?」

「もし、なにかあって辛くなったら……俺、逃げるのだけは得意だからさ。おまえの手、引っ張って、どこまででも一緒に逃げるよ」


 その言葉に、ミアはほんの一瞬だけ、息を呑んだようだった。 でも次の瞬間、そっと手を差し出してきて、俺の指をしっかりと握った。


「……バカ。でも、ありがと」


◆◇◆


 だが──俺たちがたどり着いたリリアーナ公爵家の大広間で出迎えたのは、歓迎の言葉でも、久しぶりの再会を喜ぶ家族の笑顔でもなかった。


「ようこそ、お帰りなさいませ、ミア。そして……ユウマ様」


 そう微笑んで現れたのは、リナ・フォン・リリアーナ。


「さあ、始めましょう。“再選別”の儀式を。……ミアには、もっとふさわしい夫が必要ですもの」

「ちょっと待って!? 今、俺が“捨てられる側”前提で話進めてない!?」

「ふふ、そうよ。“これは試練”じゃなくて、“あなたへの審判”なの」


 ……なぜだ……世界を救ったはずの俺が、なぜ今また修羅場の中心に放り込まれてるんだ──!?

 リリアーナ公爵家の大広間──

 俺の目の前に立ちはだかったのは、整った顔立ちに完璧な立ち居振る舞い、そして王太子補佐という肩書きを持つ、ミアの元婚約者・カイル・ヴォルフガング。

 彼は優雅に微笑んだまま、堂々とこう言い放った。


「ミア、君を取り戻すために、正式に再婚の申し込みをすることにした。僕の妻として、再びこの家に戻ってきてほしい」


 ……は? ちょ、おま、ふざけんなよコラ。


「って、え? いやいや待て待て、話が急すぎるだろ!? その申し込み、受理する前にさ、ちょっと“夫の意見”聞いてみようか!?」


 だが周囲の貴族たちはザワつきながらも、完全に“俺=場違いな庶民”という認識。

 ミアの父親も、「娘にはもっと高貴な相手がふさわしい」とか言い出す始末。


「おまえらマジで、俺のこと何だと思ってんだよ!? ヒモ!? クズ!? その通りだけども!!」


◆◇◆


 数日後、王都では“貴族による花嫁争奪剣術大会”なる奇祭が開催されることに。

 カイルがミアとの再婚を宣言したせいで、俺まで無理やりエントリーされる羽目に。


「いやちょっと待って!? なんで俺がガチで貴族剣士と斬り合わないとミア守れないの!? これって法律的におかしくね!?」

「だってルールだから。ミアを愛してるなら、戦ってみせろってことよ。愛に命を懸けろってことよ。つまりは、バトル=ロマンスってことよ!」

「誰だよそのポエム考えた奴!?」


◆◇◆


 そして迎えた決戦当日。

 俺は会場で、金ピカの鎧に身を包んだカイルと対峙していた。


「剣の腕も、家柄も、知性も、君には何1つ勝ち目はない。だが、まあ……せいぜい“夫の誇り”とやらを見せてみるといい」


 カイルが微笑む。

 こいつ……完璧系イケメンなのに、全力で俺を潰す気だ!!


「俺にだってな……1つだけ、お前に勝ってるもんがあるんだよ!」

「……ほう?」

「“ミアの本気の笑顔”を、知ってるってことだよバーカ!!」


 剣を振るう俺の背に、観客席から声が飛ぶ。


「ユウマ!! がんばって!!」


 ──ミアの声だ。

 俺はその声に背中を押されるように走り出す。


「課金剣技・ガチャ斬りィィィィィ!!」

「そんな名前の技あるかァァァァ!!!」


 だが──奇跡が起きた。

 ちょうどそのとき、ミアが観客席から投げたフライパンが空を飛び、カイルの頭にズドンッ!!!


「いたぁっ!? な、なにを……!?」

「これを使って! ユウマ!!」

「……ふ、ふざけ──」

「それと、その婚約申し込み書。今、目の前で破棄してもらうわ。じゃなきゃ、あんたの家にフライパン毎週届けるから」

「わかった、やめる、やめます……!」


◆◇◆


 勝負は終了。カイルは赤っ恥をかいて去っていき、俺とミアは王都の中心で熱い視線を交わす。


「なあ……ミア」

「なによ」

「……俺、やっぱお前じゃなきゃダメだわ。ずっとそばにいてほしい。これからはちゃんと働くから。たぶん。いや、できれば。……なるべく……?」

「ギリギリ及第点。というか、その“働くかもしれない”って条件、めっちゃ怪しいからね?」


 ミアはふっと笑ったあと、俺の腕をギュッと掴んで言った。


「でも……あんたの“本気”だけは、ちゃんと伝わった。だから……今回は許す。けど、次やらかしたら、本気で離婚届たたきつけるから」

「ヒィッ! 了解しました奥様ァ!!」


 ──こうして、いろいろあったけど、俺たちはまた夫婦としてやり直すことにした。

 ギャグまみれのヒモ生活。恋とバトルとフライパンが飛び交う毎日。

 それでも、隣にこの最高にヤバくて最高に素敵な妻がいれば──

 人生、案外、悪くないかもしれない。

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