夢で殺したら……
「俺、人を殺しちゃったんだ……」
高野は缶ビールを力なく床に置いた。うなだれたまま、缶の飲み口をじっと見つめている。
ちらっとおれを見た。何か言うのを待っているらしい。おれは仕方なく、口を開いた。
「……ふーん、そうなんだ」
「いや、軽いな」
「だって夢の話なんだろ? さっきそう前置きしてたじゃないか」
「そうなんだけどさ……」
電話で沈んだ声で宅飲みに誘われたときは覚悟を決めたが、聞いてみればただの夢の話で拍子抜けした。ただ、その夢がやけにリアルで続き物らしく、高野は本気で悩んでいるようだった。
「でさ、その殺しちゃった翌日、俺、実家に帰ったんだよ」
「それも夢の話だろ?」
「テレビ見ながら母親と飯食ってたら、ふと『ねえ、何かあったの?』って聞かれたんだ。察してきたんだよ……」
「まあ、急に実家に帰ったら、そりゃ何かあると思うよな。いや、夢の話だけどな」
「それで、俺は『なんにもないよ』って答えたんだけど、泣きそうになっちゃってさ……。俺が人を殺したと知ったら、母さん、悲しむだろうな。きっとマスコミが家に押しかけて、母さん、カメラの前で頭を下げるんだろうな。う、う、うちの息子が、大変、申し訳、け」
「ここで泣くなよ……」
「親父の遺産とパートの給料で大学に行かせてもらって、就職も決まって、彼女もいるのに、それなのに……こんな息子で申し訳なくてさ……」
「だから、それ夢の話だろ」
「普通にサークルやバイトに行ってるけど、家に帰ると死体があるんだ……。浴槽に隠してるからシャワーしか使えなくて、でも、死体の匂いが気になってきてさ……。冬なのに腐ってる感じがして……」
「気持ち悪い夢だな……」
「それで、臭いのせいか態度に出てたのか、警官が家に来たんだ。いや、通報じゃなくて地域巡回だったかも。夢の中だし動揺しててよく覚えてないけど、とにかくバレて……」
「夢だってわかってるんだから気にするなよ」
「それで今、俺は拘置所にいるんだよ、おえっ、げほっ! おええぇぇ!」
「今いるのは自宅だろ……。はあ、しっかりしろよ。そんなんだから彼女から頼りないって言われるんだぞ」
「ああ、ごめん……それでさ」
「ん?」
「この夢って、どんな意味があるのかな?」
「いや、知らねえよ」
「ええ? お前、心理学とか詳しくなかったっけ?」
「いや、かじった程度だよ。まあ、単にストレスだろうな」
「ストレスか……適当なこと言うなよ!」
「怖えよ。ストレス溜まってそうじゃねえか」
「あ、ああ、ごめん……つい、カッとなって……それから? 他に何かわかることないか?」
「んー、殺した相手に強い恨みがあるんじゃないか? だから、その後の不安までリアルに想像してるんだろ」
「いやー、今そんなに恨んでる相手はいないけどな……」
「いや、いるだろ」
「え?」
「夢の中で誰を殺したんだよ」
「それが、顔がわからないんだよ。ほら、夢の中だし、全部はっきりしてるわけじゃないんだ。ただ、無我夢中で殺しちゃったことだけは覚えてるんだけど……」
「夢だけに、か」
「ん?」
「ん? じゃねえよ。笑え、笑え」
おれは立ち上がった。
「それじゃあな。あまり気にするなよ」
「え? どっか行くの? コンビニ? ビールならまだあるぞ」
「いや、帰るんだよ」
「えっ、早くない?」
「いや、今夜予定あったのに、お前がどうしてもって言うから来たんだよ」
「もう少し一緒にいてくれよ……ほら、飲んで飲んで。俺も飲むからさ」
「気持ち悪いな。だいたい、お前、酒強くないだろ」
「そうだけど、もう不安で不安で、だって人を殺しちゃったんだぞ……」
「だから、夢の話だろうが! はあ、そんなに不安なら、夢の中で死体を処分しとけばよかったのにな」
「ああ、確かに……うっ」
「どうした?」
「気持ち悪い……トイレ」
「はあ……まったく……おっ」
スマホが震え、おれは通話ボタンを押した。彼女からだった。
「ああ、大丈夫。やっぱりそっちに行けそう。ああ、あいつん家。いや、大丈夫、バレたわけじゃなかったよ。ん? なんか夢の話。ははは、そうだよな。ガキみたいだな。じゃあ、あとで。うん、はーい……あっ」
「今の電話の相手……」
背後から高野の声が聞こえ、おれはふと思った。
あいつが見た夢って、もしかして予知夢――