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第6話 怪しい男が訪ねてきた

「おい嬢ちゃん、生きてるか?」


 男の声が聞こえる。

 生きてるよ。生きる理由もないけれど。


「駄目だこりゃ。おねんねしてやがる」


 うん。もう少し寝させてほしい。

 昨日はレアドロップ粘ってだいぶ遅くなっちゃったから。


「転移者ってのは警戒心がないもんなのか?」


 転移者? 警戒心?

 そう言えばあの後ゲームみたいな世界に行った夢を見てたんだっけ。

 警戒心はあるほう、ゲームならだけど。

 …………男の声? 空き巣? 不審者?


 頭のモヤが一気に晴れ、体から冷や汗が吹き出した。

 同時に上体を起こして周りを確認する。


「ちょ、誰ですか! 私お金ないです! 体も良くないと思います! 新作のソフトしかありません!」


「おいおい落ち着けよ。金はいらん。体も興味ない。……ソフトってのはわからないな」


 ベッドの横に無精髭の男が立っていた。

 うねった金髪は好き放題に伸び、服はボロ切れを纏っただけに見える。


「襲わないですか?」


 我ながら意味のない質問をしている。

 襲う気ならとっくにそうしているだろう。

 何せ目の前にいるんだから。


「襲わねーよ」


「なら何しにきたんですか? 私の部屋なんて特に何も……」


「ここが嬢ちゃんの部屋だってか。馴染んだもんだな、牢屋だぜ?」


 牢屋? 言われてみれば家具が違う。

 ベッドに箪笥にテーブルに、脚の折れた椅子。


 今更かもしれないが、布団の中に隠してある椅子の脚をそっと握りしめる。


「もしかして、夢じゃなかった?」


「まだ寝ぼけてんのかい、大物だなこりゃ」


 呆れた様子の男はなかなかに高身長だ。190cmくらいありそう。


「え、あれ? じゃあどうして牢屋の中に? もしかして金持ちの……そうは見えないし」


「一から説明してもいいんだが、まず最初に確認だ。嬢ちゃんが転移者ってのは本当か?」


 男は頭を掻きながら面倒くさそうにしている。


 転移者ってなんだろう。儀式がどうとかでここに来たのが現実なら、転移ってことになるのかな。


「なんとかの儀式で呼び出されたらしいです。ライノスさん、偉そうなおじいさんがそう言ってました」


「ライノスの名前が出てくるのか。本物と見てよさそうだな」


「本物? でもライノスさんは勇者じゃないって言ってましたよ」


 突然男が笑い出す。


「そいつは愉快だ! 勇者じゃなければ投獄するのかこの国は! こんなお宝を? 馬鹿げてる!」


「お宝……?」


 害意がないとはいえ、大きな男が目の前にいるのは落ち着かない。

 よくよく考えたらローブに下着の際どい姿も恥ずかしい。


 男はそんな思いなど歯牙にも掛けない様子で話し出した。


「いいか嬢ちゃん。転移者ってのは滅多に現れない異世界からの来訪者だ。さらに、その殆どが特殊な能力を有している。過去の英雄や大司祭、歴史的な犯罪者が転移者だったなんて話は珍しくない。この力を宝と呼ばずになんと呼ぶ」


 いつの間にか男の目が輝いている、ような気がする。


「一説では異なる世界に適応するための変化の副産物が特殊能力らしい。だが、そんなことはどうでもいい」


 男が屈むと私の顔を覗き込んで口角を上げる。


「嬢ちゃんもあるんだろう? 特殊能力」


 ない、と言えば殺されるんだろうか。

 右も左もわからないステータス弱々の私が唯一持つ力を明かしてもいいものか。

 しかし、この男なら大丈夫な気がする。

 無防備な女を襲わなかったのは事実だ。


 私に魅力がないからかもしれないけど。というかその線の方が濃厚かも。とはいえ害意はないしスキルの有無くらいはいいだろう。


「あるといえば、あります」


 男の目が一層開かれる。


「そうかそうか! 素晴らしい、転移して間もないはずの人間が現状把握まで済ませているとは」


「全然、わからないことだらけですよ。殆ど牢屋にいますし。というか貴方は誰なんですか!?」


「謙遜するな嬢ちゃん、家具の位置がズレている。さらに自分の能力の有無まで即答できるとなれば、投獄されてすぐに現状把握に努めたことくらいわかる。ついでに言えば椅子の脚を布団の中に隠している。眠りこけてなければ完璧だったぜ」


 男の推測は正しい。

 どれくらい前から牢屋にいたかわからないが、初対面の相手にこれほど正確な推測ができるものだろうか。


 ついでにダメ出しまでされたけど。


「あの、それで貴方は誰なんですか?」


「おっと、自己紹介が遅れちまった。俺はジルベール・ゲラン。ジルでいいぜ」


 濁点が多いな。不思議と違和感はないけど。

 不思議なのはこの男そのものだよ。

 牢屋に侵入してきたっぽいし。


「えっと、ジルさんは何しに来たんですか?」


「簡単に言えば盗みだな。脱獄ついでにちょちょいと」


「脱獄してきたんですか!?」


「落ち着け嬢ちゃん、話し方も砕けていいぜ。ついでに名前も教えてくれよ」


 微妙に会話になっていない気がする。

 変わった人なのは間違いない。

 コミニュケーションが苦手な私でもこの距離感の詰めかたはおかしいと思う。

 この世界ではこれが普通だとしたら困る。


 敬語は私も苦手だから、そこはお言葉に甘えよう。


「桐島楓」


「カエデ・キリシマか、珍しい響きだ。転移者らしくていい」


 珍しい名前だとすると、日本人の転生者は少なかったのかもしれない。

 そもそも私がいた世界以外の異世界からこの世界にきた人だっているかもしれない。

 当然といえば当然か。


「話を戻すが俺は絶賛脱獄中だ。ここの兵士は眠らせたが、すぐに起きる。さらに見回りの兵士が俺の牢屋の前を通るまで時間がない」


「すぐ逃げた方がいいんじゃない?」


「あのな、ただ脱獄するならとっくにしてるんだよ。儀式の話を耳にして機会を見計ってた」


「そしたら、わざわざ私を探してたってことになる」


「どうせここにいても碌な扱いはされないんだ。俺と来ないか」


「ジルが私を酷い扱いしない保証は?」


「ない。この先の扱いが酷いかどうかはお前さんが決めることだ」


「最もらしく聞こえるね」


 実際にジルベールは牢屋に侵入しているのだから、出られるのだろう。

 先程の推測から洞察力が高いことも窺える。

 無計画な男にも見えない。


 このまま金持ちの『味見』を待つより、目の前にあるチャンスの方が助かる可能性は高い気がする。


「そんなに心配しなくても奴隷商人に売り飛ばしたり、娼婦として使ったりしようってわけじゃない。脱獄した後も大変だろう? 兵士は血眼になってお前さんを探すかもしれないが、俺なら匿える」


「でも盗みを働きにきて脱獄する悪い人でしょ」


 ジルベールが鼻で笑う。


「悪人上等。なんとでも言えばいい。それで、来るのか? 来ないのか?」


 強引だし、粗野な見た目だし、怪しさしかない。

 しかし、害意は感じない。むしろ逆。


 それに、ゲームならついて行った方がいい場面。

 待ちは私の性分じゃない。


「わかった。一緒に行く。言っておくけど私、弱いよ?」


「転移者ってのは面白いな。戦闘はなるべく避けるとするか」


「よろしくお願いします」


 ジルベールが不敵な笑みを浮かべる。


「よし、王宮魔術師どもに一泡吹かせてやろうぜ」

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