幕間 儀式の塔にて(side ライノス)
『罪深き神秘』の儀式を終えて数時間。
王宮魔術師たちは数十時間連続詠唱による疲労を癒すため休息している。
しかし、ライノスとデュノウだけは儀式の塔に残り議論を続けていた。
「ライノス、いい加減にしないか。今は失敗した儀式よりも次の手立てを考えるべきだ」
あれだけ荒れていたデュノウも今は冷静さを取り戻している。
「しかしだなデュノウ、我々が何故失敗したのか解き明かさねば次の時代を担う者がまた同じ過ちを繰り返してしまう」
「それはわかっている。だがそれは後でも出来る事ではないか? 今を立て直さなければこの王国に次の時代はこないぞ」
このやりとりは既に何度も交わしている。
問題点の洗い出しはすぐに行わなければならない。
記憶は風化するからだ。
特に歳をとった我々では感覚的な部分などすぐに忘れてしまう。
「ひとつでもいいのだデュノウよ。何か気になるところはなかったのか」
「ない。そもそも儀式はお前が仕切っていただろう。お前の責任追及は免れないだろうが、だからこそ次の手を打つ責任があるはずだ」
デュノウ・サウルカントは他国出身ながら王宮魔術師まで登り詰めた男だ。
彼ならば何かしら掴んでいるかと期待したが、そうもいかなかったようだ。
「先代国王が亡き今、この地位に居座る気はない。いずれ最高幹部の責務はデュノウが引き継ぐことになるだろう。なればこそ、未来へ繋ぐことを考えるのが当然ではないか」
デュノウは不満気に鼻を鳴らすが、その表情は幾分和らいだ。
「堂々巡りが過ぎるな。一旦この話は置いて、目下の対応についてはどうする。召喚された女ことだ」
やや強引な話題転換だが、延々と繰り返される議論には嫌気が差し始めていたので素直に乗ることにする。
「彼女には酷だがやはり永久追放にするしかあるまい。非常時ゆえに投獄したが、明日にでも実行するつもりだ」
まだ随分と若いようだったが、王国の威信が揺らぐような事態は避けるべきだ。
デュノウが頷く。
「追放とは実質的な死刑である、か。だがまぁ同意見だ。さっさと代役を用意するのが妥当だろう」
「代役を務められる者などおるか? それならば初めからその物を勇者とすればよかっただけの話。王宮魔術師全員の魔力を枯渇させてまで儀式をする必要もなかったことになる」
「ライノス、また話が戻ってしまったようだな。だがその通りとも言える。要は魔王軍の襲来、正確にはいつ来るかわからぬ魔獣の大量発生を処理する力を得られればいいわけだからな」
デュノウの言葉が全てだ。
魔王への秘策と謳って『罪深き神秘』を執り行ったものの、実態としては国防のための戦力を得るのが目的である。
カタンハラーシュ王国は約600年続く国家だ。
記録では約500年前、北の大山脈から魔獣が大量に押し寄せてきたが、勇者がそれを退けたとある。
その時も古代遺物《ギ=レイア》を使用して『罪深き神秘』を執り行ったと記されている。
さらに後の記録では約100年おきに勇者の記述があることから、代々勇者の威光を国力の一部としていることは間違いない。
「王国全土の戦力を持ってしても魔獣を退けるには至らない。……何か画期的な魔法でもあれば良いのだが」
デュノウが大きな声で笑い出す。
「ぐわっはっはっ! 珍しく弱気じゃないかライノス! 天才魔法使いと持て囃された男が情けないぞ」
「過去の話だ。儂とて衰えもすれば無力を痛感することだってある。デュノウ、お前にはないか?」
「あるとも! だが今じゃない。どうだライノス、俺に任せてみないか」
「何か思いついたか」
デュノウは実力で登り詰めた男だ。
任せろと胸を張る様は、自信に満ち溢れている。
「魔獣の大群に王国が潰されないためというのは表向きの方便だ」
「とはいえ、事実でもある」
これは続きを促すための相槌だ。
デュノウが機嫌を損ねないための。
「要は勇者とは戦力だ。他国への牽制であり、切り札だ」
「確かに、カタンハラーシュ王国が未だ帝国に対して独立を貫いていられるのは、勇者の存在が大きいと先代国王はいつも言っておられた」
「そうだろうとも。つまり今必要なのは力だ。勇者に匹敵する力さえあれば王国の安寧は保たれる」
理屈の上ではそうだ。
実際は召喚に頼るしか他ないのだからこうして議論しているのだが。
「それで、その力はどこで手に入れるのだ」
「確かなことはまだお前にも話せんが、心当たりがある。時間と金があればなんとかなるかもしれん」
デュノウが勿体ぶる。
それなりの付き合いでわかったのは、ここで下手に刺激しないのが得策なことだ。
「金はともかく時間がないと言ったのはデュノウの方ではなかったか。そちらも策が?」
「時間稼ぎなら簡単だ。勇者をでっち上げてしまえばいい。そしてこれはお前に頼みたい」
ライノスはデュノウがとんでもないことをさらっと言ってのけたことに驚く。
「儂に国王や国民を騙せと言うのか?」
「そうだ。いや、本当に勇者として扱えばいいだろう」
「どういうことだ」
「強力なスキルや魔法を使える人間であれば誤魔化しようはいくらでもある。勇者を担ぎ上げている間に俺が本当の力を手に入れてくる。いざという時はその力で敵を退けて勇者の手柄にすればいい」
力とやらが本当に手に入るのなら、実現可能かつ合理的なプランのように思えてくる。
「いつ頃までに手に入るか目処はついているのか」
「数年かかるかもしれん。だが今はそれしか方法はない。そうだろう、ライノス」
数年、この儀式を機に退役を考えていた身としてはあまりにも長い。
しかし、国の命運を、何より先代国王のことを思えば首を横に振ることなどできない。
「わかった、デュノウに任せよう。儂は勇者と呼ぶに相応しい人間を探す。……頼んだぞ」
「任せろ」
デュノウがにやりと笑う。
大役を任されての笑みなのか、それとも別の何かなのかはわからない。
ただ、今は彼の案に乗って事を進めるしかない。
ライノスは心の中で呟く。
それが先代国王のためになるのなら、なんだってしよう。