第5話 固有スキルを試してみる
客室さながらの牢屋に男の声が落ちた。
「すごい……」
自らの声帯から発せられた音の低さに驚く。
……成功だ。
結局、昼食後まもなく《偽りの器》を試すことにした。
黙っていてもイベントは進まないもの。となれば未知のスキルを試すのがゲーマー魂よ。
念には念を入れて、ローブを脱ぎ下着姿で《偽りの器》を発動した。
姿が変わる過程でローブがみちみちと裂けるなんて嫌だからね。
謎の光に包まれた後、一瞬視界が真っ白になったと思えば変身が完了していた。
案ずるよりなんとやらで服は弾け飛ばなかった。
まず最初に気付いたのは視線の高さ。変身直前に見えていた家具がやけに遠く感じた。
次に装備。未塗装の安っぽい鎧が体を覆っていた。いかにもな下っ端兵士装備だ。
そして強い違和感がひとつ。
普段は盛り上がった服しか見えないが、しっかりと靴まで見える。
随分と肩も軽くて快適そのものだった。
一通り手足を動かしたり首を捻ってみたりして確認が済むと、ようやく実感が湧いた。すごい。
「ちゃんと兵士になってる!」
装備まで再現されていて、帯剣の重みが兵士らしさを実感させる。
試しに剣を抜いてみるとこれまた安っぽい刀身が鈍く光を反射した。
「家の包丁とはまるで違うなー」
片手で振るにはやや重い。
「それにしても装備までコピーしちゃうとはね」
徐に剣を納めようとしたが、少々苦戦した。
「んしょっと。それじゃあまずはステータス確認してみますか」
名前:桐島楓
レベル:1
種族:人間(女)
HP:50/50
MP:20/20
職業:なし
魔法:なし
スキル:なし
固有スキル:《偽りの器》
「あれ、出ないのか。スキルの方かな?」
画面から固有スキルを選択するように念じる。
固有スキル:《偽りの器》
『種族分類:人型』の個体に変身する。
接触した個体のみ使用可能。
記憶上限1体。
消費MP0
効果時間60分
クールタイム300分
変身対象:ケイン・バッカス(人間)
「さっきのままだ。ステータスは見れないのかな。ケインさんのステータス知りたいんだけどなー」
不満げに呟くと次の画面が表示された。
名前:ケイン・バッカス
レベル:32
種族:人間(男)
HP:50/20
MP:20/20
職業:戦士
魔法:なし
スキル:《強撃》《身体強化》《薙ぎ払い》
「出た!」
戦士らしいスキルが並んでいるのを見て不思議と気分が高揚する。
「ケインさんやるじゃん。戦士はこうじゃなきゃね。それにしてもHPとMPが低いのはどういうことだろう」
レベル32の戦士にしては低い気がする。
レベル1の無職が同じ数値なんだから……。
「もしかして私の数値が反映されてる……?」
攻撃力とか素早さとかも確認できれば比較できそうなんだけど。
「あ、出た」
名前:ケイン・バッカス
レベル:32
種族:人間(男)
HP:50/20
MP:20/20
STR:135
VIT:124
INT:32
RES:64
LUK:52
DEX:87
「これこれ! よく見るステ画面!」
基準がわからないので評価できないが、STRと VITが高いのは戦士らしいと感じる。
「というかこれ私のステも見れるんじゃない?」
ケインのステータスを開くのと同じように自分のステータスを開くよう念じる。
名前:桐島楓
レベル:1
種族:人間(女)
HP:50/20
MP:20/20
STR:5
VIT:5
INT:10
RES:30
LUK:7
DEX:25
「人間界のスライムか!」
弱い。あまりに弱すぎる。
ケインと比べてSTRが27倍も下。
レベル1は本当に弱い模様。
「やっぱりHPとMPはそのままなんだ」
見覚えのある数字だと思った通り、HPとMPは自分の数値と同値だった。
《偽りの器》でコピーできるのは本体、スキル等、装備とステータスの一部ということになる。
ケインのHPとMPが本当に低い可能性もなくはないが、ほぼほぼないだろう。
MPも使用者依存ということは、魔法やスキルをコピーしても残量が足りなければ使えない。
安易に強者に変身しても扱えるかは別問題というわけだ。
「初見のスキルは見るに限るね」
順にケインのスキルを表示する。
スキル:《強撃》
対象1体に武器を用いて強い攻撃を繰り出す。
消費MP10
クールタイム45秒
スキル:《身体強化》
一定時間、自身のSTRとVITを増加させる。
消費MP10
効果時間5分
クールタイム20分
スキル:《薙ぎ払い》
剣で前方を横薙ぎに斬り払う。
消費MP20
クールタイム3分
「いいねいいね!」
それらしい説明文につい小躍りしたくなる。
「でも試すには消費MPが重いなー。どうやって発動するかは知っておきたいんだけど……」
そもそもMP回復はどうすればいいんだろう。
宿屋に泊まるとかベッドで休むとか教えてくれるNPCがほしい。
「騒がしくしても怪しまれたら困るし、無難そうな《身体強化》で試してみようかな?」
スキルを非戦闘状態で発動するにはスキル一覧を開いたり、コマンドを入力するのが王道。
ここではどういう原理で発動するのか。
思いついた順に慎重に試していく。
《身体強化》と念じる。
身体が強化される様を思い描く。
「《身体強化》」
スキル名を呟くと同時に身体の内から力が漲るのを感じる。
一瞬、赤い光がが全身を包んでは消えた。
「今のはエフェクト?」
先程よりも身体が軽い。
ステータスを確認してみるとSTRとVITが増加していた。
名前:ケイン・バッカス
レベル:32
種族:人間(男)
HP:50/20
MP:10/20
STR:162
VIT:148
INT:32
RES:64
LUK:52
DEX:87
数値にしておよそ1.2倍ほど強化されている。
強いのかは不明。
MPを半分も消費して5分だけ強化されても、今の自分にはコスパが悪い気がする。
「スキルは口に出すと発動かな」
ファンタジー系でよくみる魔法などの詠唱と同じなのかもしれない。
「《偽りの器》を発動するときは躍起になってたから発動条件とか意識してなかったもんね」
片っ端から試すスタイルのせいか、勢いで試しているときはどれが正解かわからずに再現性がとれないことがよくある。
「《偽りの器》についてはこんなものかな。あとは脱獄の機会を待つだけ」
操作チュートリアルを終えて実践に移るときの緊張感を思い出す。
気軽にプレイしてもいいのに、しっかりこなしたいという思いが先行する感覚。
「晩御飯がきたらケインさんに聞いてみよう。来客のタイミング」
牢に人間が入ってくるだけでいい。
あとは入れ替わって開けてもらう。
地味に広い牢屋だから、適当なこと言えば時間くらい稼げるはず。
やっぱり権力はあるけどすこぶる弱い人がいいな。
最悪の場合は殴り勝てるレベルだとなおよし。
いつ来るかわからない日没を待ちながら考えているうちに眠気が襲ってきたが、疲れすぎた身体は抵抗する間もなかった。