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第4話 看守の兵士に触れたくて

 半時もすると地下牢に足音が響いてきた。

 トレー回収の時間だろう。

 つまり、《偽りの器》の前提条件を満たすチャンス。


 兵士に接触さえすれば変身対象に登録されるはずなのだ。

 考えがまとまってから何度も脳内シミュレーションもした。


 作戦はシンプル。

 トレーを回収する際にスプーンだけ床に落とす。

 そして、スプーン単体で手渡しする際に兵士の手に触れちゃおう作戦。

 我ながら精度の高いシミュレーションができたと思う。


 出来ることはしたとはいえ、思わず声が漏れる。


「きっと大丈夫」


 近付く足音に悟られまいと小声ではあったが、身体がこわばるのを感じた。


 準備は万端。目標は兵士に触れること。

 ああ怖い。いつでもかかってきなさい。


 数秒の後、兵士のものと思しき足音が扉の前で止まると、強めのノックが牢屋内にこだました。


「時間だ。トレーを小窓から差し出せ」


 きた。ミッションスタート。


 わざわざテーブルに置き直したトレーを持ちながら立ち上がる。

 気持ち高めの声で返事も忘れない。


「今行きます。もう1時間経ったんですか?」


「もうすぐ1時間といったところだ。ここには他の囚人がいない分、早く着いてしまった」


 扉越しに聞こえる声は先程の兵士と同じもので間違いない。


「大丈夫ですよ。って捕まってる私が言える立場じゃないんですけど」


 愛想笑いは届いてるだろうか。

 僅かに強張る体は自分の意思に関係なく扉の前に到達する。


 牢屋の扉には2つ窓がある。

 私の目線より高い位置にある格子状の窓と、腰の高さほどにあるトレー用の小窓だ。


 小窓にはトレーを置くための小さな台が溶接されている。


 シミュレーション通りトレーを置く。

 トレーには皿だけ乗っている。


 スプーンは手に持ったまま。

 これがイベントアイテムになる。


「よ、よろしくお願いします」


 微かに震える右手を抑え込むようにスプーンを強く握りしめる。


 ゆっくりとトレーを押し込み、小窓の半ばほどまで進めると引き込む力を感じた。


「ここだ」


 右手の力を一気に緩めてスプーンを空中に解放する。


 トレーが完全に引き戻されるのと同時に、軽めの金属音が響いた。


「なんだ?」


「すみません! スプーンを落としてしまいました!」


 私が棒読みの台詞を力の限り発生すると、兵士は納得したような声をあげた。


「構わない。それも出してくれ」


 思わず屈みかけるが、トレーが完全に引かれるのを確認するまで待った。


 今度こそスプーンを拾い上げてから、柄が手前にくるようにして手のひらに乗せる。


「お、おねがいしまーす」


 そろそろと小窓に手を差し込む。


 扉越しに兵士の困惑を感じる。

 おかしいのは自覚しているがそれどころではない。

 何故なら小窓の向こうを覗けるように腰を曲げているので、側から見たら郵便受けを覗く変態のような姿勢なのだ。


 幸か不幸か扉の向こうからこちらは見えない。

 勝負の一瞬を逃さないよう小窓の向こうを凝視し続ける。


 ほんの数秒が何分にも感じる。


 兵士の手がスプーンに近付く。

 リズムゲーで鍛えられた感覚を活かす瞬間がきた。


 兵士がスプーンをつまもうとする寸前に指を折り込んで先にスプーンをつまむ。そのまま手を返して、スプーンを台に置くと同時に手を開いて兵士の手の甲に重ねる。


 心臓が早鐘のように打つ。

 数分に感じた時間がさらに引き延ばされる。


 重く感じる腕ごと引くと、自分の手が兵士の手の甲を撫でるように触れているのがわかる。

 続いて金属の温度を感じると、集中し過ぎていた意識が引き戻される。


 同時に兵士の声が聞こえる。


「不思議な渡し方をするものだな。お前の国ではこうするのか?」


 流石に訝しむよね。いきなり手を触りにいく囚人なんて怪しさしかないもん。なんて返したらいいんだろう。目的は果たしたからなんでもいいんだけど……。


 言葉に詰まっていると兵士が続けて言う。


「なるほど、食器を引き摺らない文化があるんだな。それなら手のひらに乗せたままでも、いやいいか」


 勝手に納得してくれたー!

 初期配備の兵士は短慮で使いっ走りが多い印象だけどこの兵士はよく考えるタイプみたいで良かったー!


 愛想笑いしつつ胸を撫で下ろす。

 まだ鼓動は早い。


「あはは、すみません。ところで晩御飯はいつですか?」


 誤魔化そうと口を開いたものの、食いしん坊みたいになってしまった。

 異世界にきてなお、暗くて閉ざされた空間で過ごした時間が九割の私には話題がない。


 案の定、兵士も呆れた口調になる。


「今食べたばかりだろう。……夕食は日没後と決まっている。ちなみに朝食は不規則だ。兵士が優先されるために昼近くなることもあるな」


 呆れつつも教えてくれるこの兵士は真面目なんだろう。

 真面目だからこそ、脱獄させてはくれない。

 賄賂に靡くタイプでもなさそうだ。


「ということは、お昼以外はまばらなんですね」


 何か他に聞くべきことはないか考えつつ、適当に話を繋いでおく。


「そうなるな。ちなみに、普通の囚人に夕食は出ない。特別な事情がある囚人のみの待遇だ。女と要職の男に多い。例外もあるがな」


 くだらんな、と呟く声が聞こえる。

 特別な事情とやらで捻じ曲がる何かは異世界でも同じらしい。


「あー、なんとなくお察しします。ところで例外はどんな人なんですか? レアスキル持ちとか?」


 ふと思ったことが口をつく。

 ライノスが所持魔法を確認してきたことから、この世界ではレアスキルなどは重要度が高いと推測できる。

 例えるなら難関国家資格が近いだろうか。


「まあ、そんなところだな。この間入った男も……いや……」


 兵士がぼやく。

 もしかしたらレアスキルについて聞けるチャンスかもしれない。


「例外的な人が捕まったんですか?」


「例外、例外だな。スキル云々ではないが、頭の中に用事があるタイプ、そういう奴もいる」


 レアスキルの話は聞けないようだ。

 知識とか秘密とかその人でないと聞けない事情がある時は手厚く扱うということだろうか。

 拷問が相場と思っていたが、まだこの世界について認識のズレがあるのかもしれない。


 折角だから聞いてみよう。

 私も拷問される可能性があるか知りたいしね。


「そういう人には拷問しないんですか?」


 返事より先に兵士のため息が聞こえる。


「お前の国では犯罪者以外にも拷問するのが当たり前なのか?」


 私の国と言われて日本を思い浮かべたが、返事に詰まる。

 沈黙を肯定と捉えたのか兵士が続ける。


「ここカタンハラーシュ王国では国民への拷問は禁止されている。有罪判決を受けていない市民が拷問にかけられることはない。市民権のない犯罪者や奴隷は別だが」


 少なくとも国民は安全に暮らせるようだ。

 奴隷制度がある国でどこまで守られているか定かではないが。


 大抵こういう国は裏で腐敗してるんだよね。

 RPGの定番。

 たくさんの奴隷を抱えてる悪い貴族がいるし、重税に喘ぐ国民が街でぼやいてる。


「私のいた国でも拷問は違法ですよ。加害者に甘い腐敗した国です」


「そうか。だがお前の場合、拷問の心配はしなくていいだろうな」


 拷問は、ね。

 やっぱり悠長にはしていられない。


 ふいに兵士の足音と金属がぶつかり合う音がする。


「繰り返しになるが夕食は日没だ。それまで大人しくしているんだな」


「わかりました」


 遠のく足音に耳を傾けて兵士が遠のいたことを確認する。

 そっと胸を撫で下ろし、スキル画面を開く。


 固有スキル:《偽りの器》

『種族分類:人型』の個体に変身する。

 接触した個体のみ使用可能。

 記憶上限1体。

 消費MP0

 効果時間60分

 クールタイム300分

 変身対象:ケイン・バッカス(人間)


 ミッション・コンプリートの文字が見えるようだった。

 変身対象が追加されている。

 稚拙な作戦でも成功は成功。思わず頬が緩む。


 こうなれば日没までに《偽りの器》を試して、夕食の際に更なる情報を引き出すのが理想だ。

 装備までコピーできるのか、声はどうか、巡回時間も知りたいし脱出経路も把握したい。


 そこまで考えてあることに気付く。

 兵士は当たり前のように話していたが、私にわかるわけがない。


「日没っていつよ!」

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