第3話 脱獄できるか考えてみたら
案の定、食事は褒められたものではなかった。
乾燥して口内の水分を奪い取るパン。筋張って噛みきれない肉。くず野菜が浮かぶぬるくなったスープ。
どれも塩気のない薄味のメニュー。
味も量も物足りないが、ないよりはずっといい。
「ご馳走様でした」
いつもの癖で手を合わせる。
元々、ハマったゲームのイベント中はレトルトや期限切れのパンで過ごすこともザラにあった。
品目だけでいえば贅沢なくらい。
「15分くらい経ったかな。兵士がトレーを回収にくるまでに出来ること……」
座りながら牢屋をぐるりと見渡す。
相変わらず囚人用とは思えない家具が並んでいる。
ベッドまである意味もわかった気がする。
囚人を下見にきた金持ちが「使う」ことも想定しているのだろう。
「やっぱり考えるくらいしかやることないなー。もう少し整理してみますか」
兵士は私が売られるだろうと言っていた。もしくは兵士の慰み物にされる。
ただ、兵士は私がここに来た経緯を知らなかった。
爺さんたち視点だと私が金持ちの手に渡るのはリスクな気もする。
遠方の国の金持ちならアリとか。いや、時間稼ぎさえできたら誰でもいいのか。
爺さんたちは勇者か代役がいればいいわけだし。
異世界から召喚する儀式があるくらいだから、他にも方法はあるんじゃないかな。
ゲームだったら悪魔を呼び出しちゃって大慌て、みたいな。
「悪魔が暴れてる隙に脱獄チャンス、みたいな展開もベタだけどいいよね。後々その悪魔を倒したときに少し複雑な気持ちになるやつ。あ、逆に仲間になる展開もいいかも?」
なんとなくステータス画面を出す。
FPSやMOVAではMAPや成績などの画面は手癖で開いてしまう。
ここでは念じるだけで出てくるから余計に。
固有スキル:《偽りの器》
『種族分類:人型』の個体に変身する。
接触した個体のみ使用可能。
記憶上限1体。
消費MP0
効果時間60分
クールタイム300分
短時間で何度も目にした説明文。
消費MP0のおかげでNPCレベルの私でも使用可能。
兵士になって抜け出すのが第一感。
問題は変身対象が空欄なこと。
そして牢屋の鍵もないこと。
60分あれば敷地の外に逃げ出すくらいならできそうだけど、まず牢屋から出られない。
思わずため息が出る。
「あーあ、かの大泥棒みたいに脱獄できたらなー」
天を仰いだ弾みでスプーンが床に落ちた。
不意に響く金属音は凝り固まった思考をも打つようだった。
「……そっか。何も私が牢屋を開ける必要はないんだ」
この牢屋が開くタイミングは必ずある。兵士の話にヒントはあった。
一つは兵士たちが「使う」とき。
とはいえ、同人誌よろしく複数人で来られたら厳しい。
もう一つは金持ちが値踏みにくるとかいうやつ。卑しくも「味見」と称して牢屋に入る金持ちがいるはず。そのための豪華な牢獄、第四地下牢。
そして、ほぼない可能性として釈放。
狙うのは誰かが単身で牢屋に入ってくるパターンがいい。
《偽りの器》の効果が正しければ接触した相手に変身できる。
「誰かと入れ替わればいい」
全身に電気が走ったような、脱出ゲームの謎解きに成功したときの感覚だった。
早く試してみたい衝動に駆られるが、対象がいない。そうなるとやることは一つ。
「あとはリスクを並べて対処法を考えるのが攻略の醍醐味だよね」
これがゲームなら、最初のイベントはチュートリアル。操作を覚えつつ世界観を伝えるフェイズ。
死にゲー系のメーカー作でなければ気楽に構えていいところ。
問題はここは異世界で一発アウトの可能性が高いこと。
怖いのは拘束されること、魔法やスキルを封じられること。
そのまま奴隷落ちしたり殺されたりするのだけは勘弁してほしい。
元々自堕落な生活してたし、高望みできる人生じゃなかったけど、痛いのも苦しいのも嫌だ。
せっかく異世界にいるんだから、例え夢でも楽しく過ごしたいに決まってる。
「一番狙い目なのは金持ちが値踏みにくるときで間違いないよね。上手く入れ替われたら兵士たちに疑われず脱出できそう」
兵士と入れ替わるリスクもそうだが、兵士になりすましたところで敷地外に出るときに捕まりそうだ。
出入口にさしかかると声かけられて進めないやつ。
「そうなると怖いのは金持ちが超強いパターンと事前に拘束されるパターンかな」
試しにシミュレーションしてみよう。
まずは金持ちが超強いパターン。
1.金持ちが牢屋内に立ち入る。
2.一瞥して服を脱げと命令される。
3.跪いて奉仕させられそうになる。
4.金持ちの股間を蹴り上げる。
5.余裕で効かなくて組み敷かれる。
あえなくゲームオーバー。
事前に拘束されるパターンはお察し。
1.兵士が牢屋に立ち入る。
2.拘束されそうになる。
3.抵抗虚しく拘束される。
はい、ゲームオーバー。
「あれ、もしかして無理ゲー?」
大人しく捕まるんじゃなくて、移送中に暴れてでも逃げるべきだったかもしれない。
流石にあの状況で逃げる発想は浮かばなかったし、成功したとも思えないけど。
「そうは言っても完璧な作戦なんてないよね。めちゃくちゃ弱い絵に描いたような成金がくるかもしれないわけだし!」
それに《偽りの器》を一度も使えてない状況で考えられる作戦はたかが知れてる。
まずはスキル発動で何が起きるか確かめたい。
「トレーを回収しにきた兵士にどうにか触れたら《偽りの器》を試せるんだろうけど……」
一般的な牢屋のイメージと違って第四地下牢は壁が多い。
鉄の扉以外はまるで部屋同然なのだ。
最初はプライベートが守られている気がして安心していたが、兵士に触れるとなると鉄格子の方がずっと良かった。
「トレー用の小窓越しに触れるのは、難しいよね」
食事を運んできた兵士は女を「使う」ことに抵抗があるようだから、かの大泥棒が大好きな女のように色仕掛けが通じる可能性は低そうだ。
色仕掛けなんてしたことないけどね!
「困ったなー。扉は開けてもらえないだろうし……?」
ふと先ほど落としたスプーンが視界に入る。
「あれ、落としちゃってた?」
そういえば金属音がしていた気がするかもしれないと思いながら、スプーンを拾い上げた。
「あ、そうだ」
いいことを思いついた。
トレー用の小窓越しに兵士に触れる方法。
「早く来ないかな。兵士さん」