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誕生日を祝う

 二〇一八年七月二十日の金曜日。 勤務時間が終わって帰ろうとしたら、塾長から「今日は誕生日会でもするんです?」と聞かれた。いつもより、心なしか急いでいるのがバレてしまったかもしれない。


「楽しみに待っている人がいるんで」


 七月に入ってからは毎日カウントダウンされている。宇宙人にも誕生日の概念があるのかと思いきや、地球に上陸してから学んだらしい。モアに「お母さんとかお父さんはいないの?」と聞いたら「いないぞ!」と元気に答えられてしまったので、そういう生き物なのだろう。


 それでいて、最近のモアは『おばあさま』のことを『ママ』と呼んでいる。おばあさまが嬉しそうにしているので、俺からは特に言うことはない。おばあさまの中に、実の娘である真尋さんがいる上で、モアからも母親として認定されているのなら、まあ、……真尋さんは戻ってこないのだし。


 モアに両親がいないのなら、そこまで深い意味はなく『ママ』と呼んでいる可能性だってある。


 モアとおばあさまとの二人で出かけて帰ってきた日、夕食時に「おばあさまのことを、人間たちは『おかあさまでいらっしゃいますか?』と聞いてきたぞ! しかも何度も!」とモアがプンスカ怒りながら話していた。常識的に考えて祖母と孫の彼女っていう組み合わせ――まあ、彼女か。彼女だな――で、ど平日にショッピングモールを歩き回っているのも、あんまりない話だろう。母親と娘とで買い物していると勘違いされたってことね。


 おばあさまは最初の一週間ほどはモア〝さん〟と呼んでいたが、最近はモア〝ちゃん〟呼びになっていた。宇宙人と仲良くなりたかったおばあさまと、親の存在のない宇宙の果てからの侵略者。二人が何ら問題なく仲良くしてくれているほうが、俺としても気楽だし。ギスギスしているところで暮らしたくないよ。


 俺は、さすがに『おばあさま』のことを母親扱いはできないので『おばあさま』で通している。


 ここは、この先何があろうと変わらない。変わらないでいてほしい。せめて、俺が大学を卒業するまでは四方谷(よもや)家にいたい。モアもそう思っているはずだ。思いつきで突飛な発言をするモアだけど「明日にはタクミと二人でこの家を出るぞ!」とは言い出さない――でほしい。言わないよな。


「同居の彼女ちゃんでしょ。いやあ、いいなあ! ボクも嫁と結婚する前は」


 話が長くなりそうなので、俺は他のスタッフにも聞こえるように「おつかれさまでした!」と言って、外へ出た。まあ、わかってくれるだろう。


 七月も二十日になれば、この時間でもまだ明るい。


 俺が個別指導塾のバイトを始めたのは、これまでバイトした経験がなかったからってのがひとつ。社会経験のなさを補いたい。高校時代、周りにバイトしている奴がいないわけではなかったが、父親にバイトの話をすると「そんな……お小遣い足りない?」と逆に心配されていた。父親としては、毎日血を吐くぐらいに勉強しまくらないと大学には行けないものだと思い込んでいたらしくて。神佑大学に合格した時には俺より喜んでいたぐらい。血は吐いていない。


「バイトを探してる……? いいんじゃなーい? 家やご近所付き合い、大学以外の場所で人間関係を作っておくのは賢い。信用できるオトナに相談できるところは、ひとつでも多いほうがいいからねん」


 弐瓶准教授の紹介があって、ここで働いている。というのも、昔、弐瓶准教授自身がバイトしていたことがあるらしい。向こうが話をつけてくれていて、見よう見まねで書いた履歴書を片手に面接を受けるつもりで来たのに「早速だけど」と塾講師の心得を学ぶところから始まった。その初日の終わりにはシフトの相談をされていたのだけど、普通こういうもんなんだろうか。


 アメ横での一件以降、弐瓶准教授は俺を気にかけてくれているっぽい。学内で俺の姿を見かけると、向こうから近づいてきて「最近どうよ?」と話しかけてきてくれる。……いや、弐瓶准教授からしたら、髪型が違うとはいえほぼ同じ顔をしているモアの動向を探るためなんだろうけどさ。弐瓶准教授に話しかけたくても話しかけられない学生もいるから、たまに羨望の眼差しを向けられる。二言三言(ふたことみこと)世間話をする間柄(あいだがら)。いいだろ。


 まあ、そんなだからバイト先の相談もしやすかった。モアが繋いだ縁でスムーズにバイト先が見つかった、とも言えるし、弐瓶准教授にだけでなくモアにも感謝しないとな。ちなみに髪型を変えてからは弐瓶准教授とモアとが見間違えられることはなくなった。これまでは街中で、一週間に一度は振り返ってこそこそお話ししているような人がいたんだけどな。たまに学内を俺とモアとで歩いていても特に何も起こらない。弐瓶准教授曰く「弐瓶柚二といえばショートボブ、ってのが通説だからねん」とのこと。


 英伍さんにもバイトの相談はしたけど、返事が来なかった。というか、四月以降、英伍さんからのメッセージの返事が一ヶ月に一度ぐらいになっている。しかも返事の内容がひどくて、こちらの送った内容と関係のないことが書かれていた。


 モアの正体が、三月九日に俺の家族を襲ったタコの怪物だっていうんだよ。そんなわけないじゃん。クッキーに入ってた地球外物質が証拠らしいけどさ。だから何だよって話。 もうヤギの手紙交換みたいな状態だよ。読まずに食べちゃうような。新年度で忙しくておかしなことを言っているんだな。そういうことにしておこう。


 バイトを始めたもうひとつの理由は、やっぱり金の問題だ。いつまでも英伍さんやおばあさまに頼りっぱなしではいけない。月にいくらかは四方谷家に生活費を入れないといけないと思う。貯金もしておきたいし。意味のわからない事故で家族を失ったり、宇宙人を名乗る侵略者の女の子から「結婚しよう!」と迫られたりするのだから、人生これからも何が起こるかわからない。備えあれば憂いなしともいうしさ。


 それと、あとは、改めてモアに伝えたいことがある。今日じゃあないな。渡したいものもある。今日言っても、モアは俺の誕生日のことで頭がいっぱいになっているし。来週の土曜日に、隅田川の花火大会がある。その時に話したい。


「ただいまー」


 家に帰れば、モアが「おかえりー!」と出迎えてくれた。俺のバイトについては、モアは「いいぞ!」と二つ返事で承諾している。モアのことだからてっきり「一緒にいる時間が減ってしまうぞ!」とでも言って引き止められるんじゃあないか、と恐れていたから、すんなりいってしまって拍子抜けした反面、どことなく寂しさもあった。大学で授業を受けているときは一人だけどさ。また違うじゃん。……なんだろう。俺は俺が思っているよりも、モアのことが好きなのかもしれない。


「人間の誕生日は、その人間の好きな食べ物と、誕生を祝うケーキを用意し、ケーキにはローソクを刺して火を付けるのだったな! 全部用意してあるぞ!」「ああ、ありがとう」「オススメはママと二人で焼いたケーキだぞ!」


 俺が見ていない間に料理の腕も上がっている。そのうち、言われなければおばあさまが作ったものと遜色ないぐらいになってしまうんだろうか。おばあさまの手料理を初めて食べたとき、真尋さんの作ったものと近い味がした。順序が逆か。おばあさまから教わった真尋さんが同じ味を出せるのなら、モアもそうなっていくのかな。俺も頑張っていかないと。


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