第9話 アオイの決意
「ヴィオランス様っ!?」
いきなりひざまずかれて驚いたのだろう。アオイの戸惑った声が聞こえる。
だが、俺は構わず視線を下げたまま言葉を紡いだ。
「聖天教会司教位、アオイ・カエルレルム様にお願い申し上げます。私、ヴィオランス・モータロンドは私心を捨て、地位を捨て、財産を捨て、ただ名誉をもって〈女神の刃〉となることを誓います。この請願をどうか女神へお届けください」
〈女神の刃〉。
それは帝国の始祖たる女神に身を捧げた者を指す、古の制度だ。
貴族の嫡子のように将来の栄光を約束された者だけが選べる特権。
家督を捨て、財産を捨て、一生の独身を誓い、帝国に生きる人々のために悪を討つという誓い。
それは大聖堂で司教位の聖職者に誓いを立てることで成立する。
「めっ、〈女神の剣〉!? そ、そんなものの認可、私の一存では……!」
「いいえ! 教会の定めでは司教様のお許しがあれば拝命できるはずです」
「だとしても! わ、私が……お父様の許しを得ずに、何かを決めることなど……」
あらゆることが決められてきた人生が、アオイを躊躇させるのだろう。その声が消え入りそうなほど小さくなる。
それに対して、甘やかされてきたバカの声はいつだって大きい。
「ぷっ……あはははは! おい聞いたか? 〈女神の剣〉だってよ! あいつ、おとぎ話の勇者サマにでもなるつもりか? バッカじゃねぇの!? 」
勝手に笑ってろ。
たしかに〈女神の刃〉はもう形骸化した制度だ。いまの帝国で誓いを立てた者なんて、誰もいないかもしれない。
だけど、俺は本気だ。
あいつらのために人生かけるって、諦めず逃げずに戦うって、生まれた時から決めてるんだ。
だが、それは俺の決意。アオイには関係のない覚悟だ。
付き合う義理なんてない。
アオイは弱々しく
「ご、ごめんなさい……わ、私は……」
俺は顔を上げて、後ずさるアオイを見すえた。
仕方がない。反則技を使わせてもらう。
「それでいいのか?」
「……あっ、の……」
「アオイは父親の言うことをきく〈良い子〉で、そうするのが当たり前だって思ってきたんだよな?」
「そ、それは……」
「それを続けていたら、お前は自分に起こるすべてのことを……楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、腹が立つことも、全部誰かのせいにして生きていくことになるぞ?」
アオイの瞳がわずかに揺れる。
ああ、予想通りだ。
やっぱりこのセリフはこの子の心に届く。
「お前はそれで生きているって言えるのか? 死ぬときに〈これが私の人生だ〉って思えるのか!? 周りに期待するな! 自分を変えなきゃ、誰も変えられないぞ!」
「……ッ!」
これは俺の言葉じゃない。
本当ならもっと後……数年後に、ゲームの主人公からかけられる言葉だ。
ごめん、アオイ。
きっとお前の人生は、これで大きく狂う。
でも、今じゃなきゃダメなんだ。お前に勇気を出してもらわなきゃ困るんだ。だから、頼む――
「……わかり、ました」
その声は震えていた。
だけど、小さな決意と勇気が込められた、強い声だった。
「アオイ・カエルレルムの名において、ヴィオランス・モータロンドが女神に捧げし忠誠を認めます。あなたは、いまこの時より〈女神の刃〉です。私心を捨て、地位を捨て、財産を捨て、ただ名誉と正しき怒りだけを胸に、悪を打ち倒す刃となりなさい」
アオイが俺の手を取ると、手の甲に鋭い痛みがはしる。
いつの間にか、そこには剣を象った印章が刻み込まれていた。
「はっ。ヴィオランス・モータロンド、たしかに拝命いたしました」
俺はゆっくりと立ち上がる。
ごめん。待たせたな、お前ら。
俺の視線を受けて、男たちがたじろぐ。
クズの本能が危機を察知しているのか、その笑みから余裕は消え去っていた。
「お、おいおい……だから何だよ。大昔の名誉職についたから、なんだってんだ? 俺は帝室の縁者だぞ? そんなモンが……」
「大貴族なのに知らないのか? 帝国法第34条の第15項。〈女神の剣〉は帝国貴族および臣民の不義を糾弾し、火急の事態においては実力をもってそれを制止することを認められる」
「……は?」
「その通りです。私アオイ・カエルレルムは、この者たちが私の意思と関係なく、略取して不適切な行為を強要しようとしたことを、ここに証言します」
決意を決めたアオイの声が、聖堂に凜と響く。
「シロン・ダイヌン、エテル・サルバドラ、ハトリ・キジノメ。この方たちは自らの地位と血筋を濫用し、脅迫をもってお前たちを略取しようとした。間違いありませんか?」
「はい!」
「その通りっス!」
「間違いないよぉ!」
3人が男たちの手を振り払い、距離をとった。
「〈女神の刃〉ヴィオランス・モータロンド。カエルレルム家の一員として、そして大司教として、不義を正すことを許可します」
「承った」
不思議なことに、あれほど怒りと一緒に荒れ狂っていた【魔力】が、無駄なく俺の体を循環していくのを感じた。
迷いも焦りもない。
「警告だ。自分の罪を悔い改めることを女神に誓うなら、アンタらの身柄を教会の騎士団に引き渡すだけで済ませてやる」
「このガキどもが! 大人をナメるのも大概にしろ!」
男たちが腰に差した剣を引き抜く。
これでもう、俺たちの〈勝ち〉は確定した。
覚悟しろよ、クソ大貴族。
読んでいただいてありがとうございます!
次回、【第1章 幼少編】の最終回です。
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