第8話 vsロリ●ン大貴族
聖堂に入ってきた男たち。人数は4名、年齢はいずれも20代の後半くらい。派手で豪華な衣服を見るに、こいつらも大貴族。アオイの血縁かもしれない。
「そこにいたのか、アオイ。縁談がイヤで逃げてきたのかな? 悪い子だなぁ。ん?」
リーダーと思しき男がアオイにねっとりとした視線を向ける。
それだけで2人の関係がなんとなく理解できてしまって、イヤな気持ちになる。
「お、叔父様……私はこれから婚約の儀がありますので……」
震えながら言葉を返すアオイに、叔父様とやらは嫌らしい笑みを浮かべた。
「どうせ兄上が向こうの親と話をしているだけだろう? しばらく姿をくらましていても問題はないさ。いつもみたいに、一緒にご飯を食べよう。なぁ?」
「……お待ちください」
――つい我慢ができず口を挟んでしまった。
あんなヤツらと関わり合いになりたくないが、ここでアオイを行かせるのは、逃げ出すことと同じだ。
そんなの、アオイとの婚約がどうなったとして、一生後悔するに決まっている。
男は俺をじろりと睨みつける。
「なんだ、オマエ?」
「モータロンド辺境伯の息子、ヴィオランスです。アオイ様はこれから、私の亡き母のため女神様に祈りを捧げくださります。どうか死者の安息を守るためにも、ここはお引き取り願えますでしょうか」
できるだけ丁寧に言葉を選んだ。
格下といっても貴族同士。いい大人なら空気を読んで引き下がってくれるだろう。
そう思っていたのだが――
「オマエの母親なんぞ知らねぇよ! いまごろ魔界で魔物相手に腰でも振ってんだろ!」
言葉の意味が理解できなくて、ほんの一瞬だけ頭が真っ白になる。
こいつ、いま、なんて言った。
怒りがこみ上げる。俺は母上をバカにされて笑っていられるほど、社交的な人間じゃない。
「ぁ? なんだオマエ。俺を睨んでやがるのか? 田舎貴族ごときが!」
「ええ、空気がきれいな田舎の貴族ですから。大貴族様の腐った吐瀉物のようなお言葉がよく理解できませんでした。もう一度仰ってもらえますか?」
相手を睨み付け、一歩前に出る。
こんなに誰かをぶちのめしたいと思ったのは、生まれて初めてだ。
怒りに呼び起こされた【魔素】が全身を巡った。
こいつら、態度はでかいが、戦いも【魔法】もたいした腕前じゃない。いまの俺の【魔法】でも、一方的にやれるだろう。
だが、そんな俺の手をアオイが掴んだ。
「お待ちください、ヴィオランス様! この方は私の叔父様です。カエルレルム家当主の弟です! 騒ぎを起こしたらモータロンド伯にご迷惑がかかります!」
「だからって――」
「私は大丈夫です。叔父様と行きます。後でまたお会いしましょう。ね、ヴィオランス様」
アオイの手は震えていた。そして目には涙が浮かんでいる。
……どこが大丈夫なんだよ。
顔を見るだけで縮こまるくらい、いつも嫌なことをされているんだろ? 歪んだ所有欲を満たすために、次はなに》をされるか、わかったもんじゃないぞ。
「できないよ。ここでお前を行かせたら、俺は一生後悔する」
「ヴィオランス様……」
アオイが俺を見つめる。少しは俺を信じてくれたようだ。
彼女が自分から毒牙にかかりにいくのは止めることができた。
とはいっても状況はまったく解決していないわけだが――
「ちっ、ガキが格好をつけやがって……」
「おい。アオイはやめて、代わりにあっちを連れて行こうぜ」
「ん? おぉ、なんだ3人もいるじゃねぇか」
男たちの目がシロンたちに向く。ずかずかと無遠慮に近寄ると、彼女たちに手を伸ばした。
当然、それを黙って受け入れるシロンたちではない。
「汚らしい手で触るな!」
「気持ち悪ィな! あっち行けっス!」
「やだやだぁ! 死んじゃえぇ!」
伸ばされた手を払い、殺気のこもった目で男たちを睨み付けた。
もちろん俺も黙って見てはいない。
両手を掲げ、すでに【魔法】の発動に入っている。先に手を出したのはあっちだ。
「おいオマエ。わかってんだろうな? カエルレルム家は帝室の血縁だぞ。俺になにかしたら帝室への反逆罪だ。長男はともかく、このメイドちゃんたちはどうなるかねぇ?」
「……こいつらも俺の家族だ。絶対に守る」
「試してみるか? 伯爵が息子の玩具を守ってくれるか」
「やってやろうじゃねぇか――」
「でぇもさぁ! こいつらが大人しく俺についてくるなら、今のやりとりは無かったことにしてやろうかなぁ~?」
……は? こいつは一体、何を言っているんだ?
理解できなくて動きを止めた俺を、男たちはニヤニヤと嘲笑う。
「オマエらも大事な大事なご主人さまを守りたいなら、俺たちのモンになれよ。あのガキより上手にシてやるぜ」
げらげらげら。
下品な笑いが聖なる空間に響いた。
アオイは嫌悪感を隠しきれず、口元を押さえている。
なんだ。
なんなんだ、こいつらは。
こんなヤツらが、国を動かす大貴族なのか?
「……わかりました」
自分の耳を疑った。
いつの間にかシロンたちは抵抗をやめていた。
「おい、お前ら勝手に何やってんだよ! 俺がなんとかする! こいつらぶっ飛ばして、お前らも守る! だから勝手なことするな!」
俺の声にメイドたちが振り向く。
「私たちは大丈夫です。心配しないでください、ご主人さま」
「戻ってきたら、いっぱい褒めてくださいっス」
「ちょこ~っとお別れだよ。ご主人ちゃん」
「待てよ、こいつらすぐにぶっ飛ばして――」
笑っているつもりなんだろうか。
怯えで歪んだ3人の表情に、俺の胸がズキリと痛んだ。
(あのクズどもを【魔法】で吹っ飛ばすのは簡単だ。でも――!)
怒りのまま暴れるのは簡単だ。
でも、その後はどうする? 本当にあいつらが責任をなすりつけられて殺される危険がある。あいつらを連れて逃げても、遠からず野垂れ死ぬだけだろう。俺はちょっと〈知識〉があって早熟なだけの、13歳の〈子ども〉だ。悔しいが、すべてを力尽くで変えられる主人公力もない。
だからって、あいつらを差し出すことは、絶対にできない。
大人たちの手が、大事な家族の肩に触れる。
びくりと体を震わせるシロンたち。
怒りと【魔素】が出口を求めて暴れ回る。
(諦めるな、考えろ! なにかあるはずだ。あいつらを守る方法が、なにか……!)
ふと、聖堂の入り口が視界に入る。
開け放たれた扉の上。そこではステンドグラスに描かれた女神が、陽の光を受けて優しく微笑んでいた。
(あ――女神の……刃……)
不意に記憶の底から、幼い頃に母上と交わした、なんてことのない言葉が浮かび上がってきた。
『ヴィオランス。女神様はね、私たちをずっと見守ってくださるの』
『悪いやつは女神さまがやっつけてくれるの?』
『ふふ、女神さまの代わりに、悪人を懲らしめる人がいるのよ。自分のためじゃなくて、大事な人たちのために正しく怒れる、そういう人たちが――』
(賭けるなら――これしかない!)
俺は男たちに背を向け、その場に片膝をつく。
「お願いがございます!」
すべての鍵を握る人物――アオイへとひざまずいた。
読んでいただいてありがとうございます!
クズ大人、書いてる方も早くボコしたい。
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