最終話 悪役貴族とメイドの日々
「でよォ、〈シルバー〉の連中ったら工学の基礎もできてねェんだよ。一から俺が説明する羽目になっちまった」
「いやロックは工学と実技以外はフツーに下の方でしょ。何偉そーに言ってんの」
「カーラちゃんは……〈シルバー〉クラス、楽しいですか……?」
「楽しいけどさー、やっぱミジがいないと寂しいし!」
「……えへへ……」
「イチャつくンなら公園にでも行けって……」
わいわい、がやがやと、友人たちの声が部屋に響く。
視線を窓に向けると、穏やかな風がカーテンを揺らしていた。
「……あのさぁ。俺の病室で騒ぐの、やめてくんない?」
我ながら、うんざりした声が出たと思う。それにも関わらず、元〈カッパー〉クラスの連中は不服そうな顔を向けてきた。
「あァん? せっかく見舞いに来てやってるってのに文句かァ?」
「なにが見舞いだ。駄弁って菓子食って帰ってくだけじゃねーか! たまり場っつーんだよ、それは!」
「まーまー、貴族サマなんだからさー、庶民のすることに目くじら立てんなし!」
「……シロン、こいつらつまみ出してくんない?」
「あら、来なければ来ないで退屈そうにしているじゃないですか」
「へェ~、それは本当かよ? ヴィオランスくん」
「うるせーっ!」
ガラリとドアが開いて、看護師さんが顔を出す。
「モータロンドさん、静かにしてくださいねー」
「あ、はい。すみません……」
「ヴィ、怒られてるし」
「……誰のせいだと思ってるんだよ……!」
帝都にある国立病院。その貴族用個室といっても、さすがに防音性はたかがしれている。大声で騒いでいたら注意されて当然だろう。
……いや俺が怒られるの、おかしくない?
釈然としない気持ちで首をかしげていると、またドアが開いた。
「ヴィオランス~……って、みんなも来てたんだ?」
「おう、アルカにアオイじゃねェか。入れ入れ」
「だからなんでロックが仕切ってんだよ……」
アルカとアオイは病室に入ってくると、ベッド横のテーブルに紙袋を置く。
「これ、今日のぶんのノート。あとお菓子もあるよ。アオイの行きつけのお店だってさ」
「マジか、皇族行きつけとか超高級店じゃねーの?」
「いえ、お忍びで行っている店ですから、そんなに高いところではありませんよ。どうぞ気にせず食べてください」
「ありがとな。アルカは〈アダマス〉クラスにはもう慣れたか?」
「なんとかね。分かってたけど授業のレベルはすっごく高いよ。ヴィオランス、早く来ないと置いてかれちゃうよ?」
「そうだよなぁ……」
「傷の具合はどう? 退院までもう少しかかりそう?」
「ああ、経過が良好なら来週には退院できるってさ」
右手をぐっと持ち上げる、と激痛がはしった。
「あいてて……」
「ご主人さま、無理をしてはいけません。せっかく骨が綺麗に戻ったんですから」
「そうだな……また全身バキバキになったらたまらねー……」
骨折が6カ所、ヒビは数えきれず。
筋肉の断裂、毛細血管の破裂。
おまけに重度の火傷。
それが、ライリア・ウェンバーへの勝利の代償だった。
……確定死亡イベントをクリアできたのだから、安いものではあるのだけど。せっかく編入が決まった〈アダマス〉クラスの授業に出られないのは本当に困る。
「私としては、ご主人さまが復帰すると別のクラスになってしまうので……このままの方が正直嬉しくはあります」
「シロたちのクラスはどこだっけ?」
「私とエテルとハトリは〈ゴールド〉です。せめて1人くらいは……いや、抜け駆けの可能性がないから、これで良かったのでしょうか。ううむ……」
「家に帰れば会えるんでしょ? いいなー、アタシも同棲してみたーい」
あははと笑うカーラの隣で、ミジィルは顔を赤くして何やら言いたげにしている。こっちはこっちで、なかなか進展が遅い。はやくくっつけ。応援してるぞ。
俺たちはみんな昇級テストに合格して、別々のクラスになった。それでもこうして集まってくれるのが……まぁ、正直ちょっと嬉しくはある。
「ご主人、なんか良いことあったんスか?」
声は窓の方から聞こえた。
「エテル、ドアから入れって言ってるだろ」
「えー、こっちの方が早くご主人に会えるじゃないスか~」
「お前なぁ……ハトリはどうした」
「そろそろ着くんじゃないスかね~」
ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
勢いよくドアを開いてエテルが病室に飛び込んできた。
「はぁっ、ふぅ……エテルちゃん、置いてくなんてひどいよぉ~!」
「まぁまぁ、そんなに時間変わらなかったじゃないっスか」
「一生懸命走ってきたんだから~!」
むぅ~と頬を膨らませつつ、ハトリは俺のベッドに寄ってくる。
「ご主人ちゃん、わたし補習頑張ったよ。褒めて褒めて~!」
「おー、頑張ったな。でも補習受けなくもいいように勉強頑張ろうな?」
「えへへ~♪」
「あーっ! ウチも頑張ったんスよ! 褒めてほしーっス!」
「待ってください。だったらそもそも補習を受けなかった私が一番褒められるべきでは?」
まだ全身包帯の俺を囲んで、やいのやいのとメイドたちが騒ぎだした。
それを見た友人たちは、苦笑しつつ病室をあとにしていく。
「ヴィオランス、僕らはそろそろ帰るよ」
「おう……またそのうちな」
「うん。次は学院で」
ドアが閉まる。
いつしか窓の外の景色は夕暮れで、差し込む光は茜色に変わっていた。
「……ご主人、無理はしてほしくないけど……はやく家に戻ってきてくださいっス」
「ん、わかってるよ」
「退院したら、ご主人ちゃんの好きなものい~~~っぱい作るねぇ♪」
「そうですね。たくさん食材を買っておかないと。お部屋は毎日掃除していますから、いつ戻ってきていただいても大丈夫ですからね」
「……ありがとう。助かる」
なんとなくメイドたちの顔を見る。
3人とも、どこか寂しそうな……泣きそうな表情を浮かべているように思えた。
「……どうしたんだよ、お前ら」
「ご主人ちゃん……帰ってきてくれるよね?」
「当たり前だろ。他にどこに行けっていうんだよ」
「なんか、ウチらの知らないところで無茶したりしないっスか?」
「しないって」
「……待っています。ご主人さまのお帰りを、私たちの家で」
「……ああ、そうだな」
暮れていく空で、大きな星が瞬いた。
なんでもない1日が終わろうとしている。
「心配するなって。俺はお前らの主人。それはこれからもずっと、変わらねぇよ」
「……うんっ!」「もちろんっス!」「はい……!」
明日も、明後日も、その次も……
騒がしくて楽しくて幸せなメイドたちとの毎日を過ごしたい。
そのためなら、俺はなんだって頑張れる。
〈原作〉にない未来で、きっと幸せになれる。
それが俺の生きる理由なんだから。
『悪役貴族とメイドの日々』〈完〉
最後までのお付き合い、ありがとうございます!
ヴィオランスたちの話はこれにて一旦終わりです。
また別の物語でお会いしましょう!!




