第57話 決着
「がっ……!」
ライリアがゆっくりと地面に膝をつく。
俺も〈付与魔法〉をすべて解除して、同じ時間の流れに戻った。
(体が……千切れそうなくらい、痛ぇ……っ!)
全身の筋肉と骨から、神経を通じてすさまじい悲鳴が送られてくる。それを根性で無視して、なんとか立ち上がった。
「ヴィオ……ランス……」
アオイに抱えられたアルカは、〈神聖魔法〉の治療でなんとか命を保てている状態だ。重傷には違いない。
(あんな状態で俺の動きと考えを予期して、剣を投げ渡してくるとか……やっぱスゲぇよ。さすが主人公だ)
そんな剣も俺が力任せに振ったおかげで、妙な角度に曲がってしまっている。修理しなければ武器としては使えないだろう。
そっと地面に置いて、ライリアを見る。
「あっ……ぐ、ぅ……どうして……?」
血に染まった自分の手を見て、驚いていた。〈回生〉の〈契約〉が発動していない。
「……これだよ」
俺は右手の甲を見せる。
幼い日、3人を助ける大義名分を得るために立てた誓い。
そのとき刻み込まれた剣の印章が、うっすらと光を放っていた。
「……〈女神の刃〉……!」
「ああ。みんな知らないだろうけど、これには1つだけ小さな力がある。帝国の敵にかかっている〈契約〉の効果を無視するっていうね」
「そんな、もの……!」
みんな知らないだろう。
それはそうだ。制度としては形骸化していて、〈女神の刃〉が戦った記録なんて歴史の奥底まで沈んでいる。
だけど、俺の頭にはゲームのデータとしてしっかり記憶されていた。
「アンタの〈回生〉はもう通じない。ケリをつけるぞ、ライリア・ウェンバー!」
「は、ははははっ! ああ、望むところだよ!」
まるでバネ仕掛けの玩具みたいにライリアが跳ね起きる。
傷を負うからこそ〈狂化剣士〉は強い。
その剣が一撃でも入ったら、俺は死ぬ。
「ご主人……!」
足元に滑ってきたナイフを拾って、そのまま低い姿勢でライリアの足元に滑り込む。何百回と見た、無駄のないエテルの動きを思い出して、その脚を深く切り裂いた。
「ぎっ……ああああぁっ!!」
ライリア・ウェンバーは止まらない。
斬られた脚を踏ん張って、強引に方向を変えた。
突きが、俺に迫ってくる。
「ご主人さま!」
空気を裂いて飛来した斧槍が俺たちの間に突き立った。
その柄に触れてわずかに軌道の狂った剣は、俺の右肩を切り裂く。
「まだ……軽傷……ッ!」
拳を握る。
腰、肩、腕の順に力を伝えて、ライリアの胴に叩き込んだ。
シロンに何回も教わった、自分の体を最大限に生かす打突。骨を砕く感触が拳から伝わってくる。
「ヴィオランス……!」
ライリア・ウェンバーは止まらない。
密着した俺に組み付くように、体を押しつけてくる。
「ご主人ちゃん!」
俺は体の力を抜いて地面に倒れた。
伸ばした手に、ハトリが投げ渡した長銃が触れる。
「食らえ……!」
ライリアの腕が空を切って、地面から彼女までの距離が開いている。
長銃の先端が、ちょうどその胸に触れるくらいの距離が。
発射、装填。
発射、装填。
発射、装填。
何度もハトリに教わった動作を繰り返す。
あいつみたいな狙撃は無理だけど、この距離なら外さない。
「あ、が……ぁ……」
胸を撃ち抜かれたライリアの体が傾き、俺の上に倒れ込んでくる。
彼女は空気の漏れるような声で言った。
「ヴィオランス……くん……やっぱり、きみは……さいこう……だ……」
血で真っ赤に塗れた唇が、笑みを作った。
それは俺の頬に触れ、
がばりと開く。
「きみを、つれていく……わたしと、おなじ、せかいまでっ! もっと、もっと、ころしあうんだ! わたしとわたしとわたしと! ずっとずっとあいしあってくれ!」
〈契約〉の副作用か、それとも彼女の意思が肉体すら歪めたのか。サメのように鋭い牙がずらりと並んでいる。
ライリア・ウェンバーは止まらない。
俺の首筋に食らいつき、咬み千切ろうと迫る。
俺はそれを、自分でも驚くくらい冷静な思考で把握していた。
「ごめんなさい、先輩」
彼女の胸に右手を当てる。
「俺……好きな子たちがいるから。先輩と一緒には行けません」
火の杯、三度満つる、灰の鏃にて射るは南天の明星――
心のなかで呪文を唱える。
これは俺が一番最初に覚えた【魔法】。
あいつらを守るために、一番最初に身につけた力だ。
「〈炎熱槍〉」
至近距離で放った炎の槍は、俺をも巻き込みながら、ライリア・ウェンバーを消し飛ばしていく。
「ああ……フラれちゃった……か……」
最後に浮かべた表情がどんなものだったか。
燃えさかる炎で見ることはできなかった。
(……勝った……)
意識が遠のいていく。
空を覆っていた暗雲はいつの間にか晴れていて、
「ご主人さま!」
「ご主人、ご主人、しっかりするっス!」
「ご主人ちゃん、ダメ! 死んじゃやだぁ!」
地面から見上げる空は、綺麗な青色だった。
(ああ、よかった……こいつらが、生きていて……)
胸の奥に暖かいものが広がっていく。
生きる目的を遂げた。
その満足感に浸りながら、俺
読んでいただいてありがとうございます!
ラスボス戦、これにて終わりです。
次回、最終回です。
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