第53話 モータロンド家の狩人
「ご、ばァ……!?」
魔族が数歩下がる。その間にシロンは斧槍を回収して側面に回り込もうとしていた。
横。それは〈触腕〉にとって追撃しやすい方向だ。
魔族は腕を振り抜いてシロンの胴をぶった斬ろうとする。
「させるか!」
照準を合わせた魔銃から攻撃魔法を放つ。いつも使っているような対人用の魔法弾じゃない。門や金属壁を破砕するための対装甲魔法、〈炎熱破鎚〉。
魔銃の魔素容量をすべて使う、連射不能な一撃は……
「ぐ、るグぅ……!」
花のように開いた触手に掴み取られ、その内側で爆発した。
シロンを狙った攻撃は阻止したけど、致命傷には遠い。
狙い通りだ。
「失礼するっス」
魔法が炸裂した直後。
ほんの一瞬だけ動きを止めた魔族の頭上から、小柄な影が落下する。キラリと光を反射したナイフが、人間でいう首筋……魔族の外殻の隙間に吸い込まれる。
「ぐッ……ぅあアァァッ!」
「っと、危ねっスね」
魔族が振り回した触手を片手の側転で避け、エテルもまた距離を取る。
差し込んだナイフは小型だ。柄まで通っているけれど、先ほどのシロンの一撃のように有効打にはならない……ように見える。
「ご主人、いけるっスよ!」
「ああ、よくやった!」
エテルの声に応じて、俺はもう一丁の魔銃を向ける。
対装甲魔法は、1撃で魔銃の容量を使い切る。
だから俺には2発目がある。
〈雷電弩砲〉。
「内側から沸騰しろ……!」
雷の大矢が直撃し、一瞬の閃きが視界を埋める。ズバァンという破裂音が響き、次の瞬間には魔族の口や胸の傷跡から、泡だった青紫の液体が大量にこぼれ落ちた。
エテルが指したナイフは殺傷が目的じゃない。雷魔法の効果を体内に及ぼすための電極だ。
「ガ……ゲ、う……だガ……だ、ガ……!」
身体から煙すら挙げながら、魔族が両腕を持ち上げる。
ひと薙ぎ必殺の〈触腕〉は健在だ。攻撃の手番を渡したら、俺たちの命が危ない。
ダァンッ!
「ガッ、あ……!」
銃声が鳴り響き、魔族の上半身がのけぞる。先ほどシロンの一撃でひび割れていた胸の外殻が、わずかにはじけ飛んでいた。
狙撃だ。
超高速で飛来した弾丸が、すでに脆くなっていた外殻を弾き飛ばした。
「ぐ、くク……ククク……」
のけぞっていた魔族の身体が、元の姿勢に戻っていく。
青紫に汚れた口元には笑みが戻っている。
弾丸は外殻をわずかに弾き飛ばした。
衝撃も相当な強さだったはずだけど、その身体を貫いてはいない。
攻撃の手番が回る。
俺たちは〈触腕〉になぎ倒されて死ぬ。
「……とか思ってるんだろ?」
ダァンッ!
もう一度、銃声が響く。
今度はもっと近く……俺の斜め後ろの建物から。
「ぎャ、ば……!?」
魔族は自分の胸に視線を落とし、一歩、そして二歩と後ろに下がる。
胸の外殻部に空いた、弾丸一発分の割れ目。
そこから体内に飛び込んだ弾丸は、強固な殻の肉体に、その威力を余すところなく伝えたはずだ。
「さすが姉妹、息の合った連携だな」
『当然だよ~。私とお姉ちゃんなんだから♪』
二階の屋上で、ハトリの眼がキラリと光った。
最初の銃声は遠距離から狙っていたキジノメ中尉。その一射で空いたわずかな穴を、ハトリなら撃ち抜くことができる。
雷撃、射撃、ついでに言うならシロンの打撃も内側に威力を伝える浸透撃。強固な外殻に守られた魔族の肉体は、俺たちの技術で完全に破壊された。
どさりと音を立てて魔族が地面に倒れる。
「主、様ァ……申し訳、ござイませン……」
空気が漏れるような微かな声でそう言い残し、魔族は死んだ。その肉体はどろりと溶けて青紫の粘液へと変わっていく。
「……あれもまた、誰かに仕えていたのでしょうか」
「封印されていた魔神に……かもな」
「同情する気はありません……」
でも、とシロンは続ける。
「ご主人さまともう一度会うためなら、私たちも手段は問わないでしょうね」
「……ああ。そうだな。戦いってのは、こういう似たようなもんのぶつかり合いなのかもな」
周りを見れば、腐獣と戦っている連中もとどめを刺すような段階だった。
「なにがともあれ、ウチらの勝ち……っスよね?」
「ああ……」
昇級テストに起きる魔神復活の儀式は、敵対ユニットの全滅で勝利となる。
大本が倒れたことで増援の心配もない。
この場にいる敵は……
(本当にこれで最後か? あっけなさすぎる……)
ゲームにおいて、このイベントは前半屈指の難易度だ。
なぜなら、この戦いにはヴィオランス・モータロンドと3人のメイドも敵として出てくるから。それが俺たちなんだから、当然敵の数は減る。
(だけど、俺たちが動いたことで変わったことが少なからずあるはずだ……あの魔族はなんて言った?)
『獣を狩った程度でいい気になってイるお前らが憐レでナ』
腐獣だけじゃなく自分がいる。
……という意味じゃないとしたら……
「アルカ!?」
アオイの悲鳴が響き渡る。
視線を向けると、そこには胸を深く切り裂かれたアルカと、それを守るように抱くアオイの姿があった。
そして、悠然と足を進める……
「やぁ、ヴィオランスくん。会いに来たよ」
学院2年生の成績上位者……通称〈五聖〉の1人。
ライリア・ウェンバーの姿があった。
その手の剣は、今しがたついた血で赤く染まっている。
読んでいただいてありがとうございます!
裏ボス登場だ、頑張れヴィオランス!
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