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第6話 母上の死

 俺が11歳の誕生日を迎えた翌日、母上が亡くなった。金日草を使った薬がうまく効いて、あまり苦しむことがなかったのが、せめてもの救いだった。そう思いたい。


 葬儀は縁者と屋敷の人間だけで行う……はずだったが、屋敷の周りには大勢の領民が詰めかけて涙を流していた。


「母上、すごい人だったんだな……」

「はい。奥様は多くの貧しい方を救っていました。私のような遠縁の者……いえ、血のつながりのない方にも手を差し伸べて……っ」


 シロンの言葉が途切れる。その隣で、エテルとハトリも目に涙をにじませていた。


「奥様……ウチに優しくしてくれて。ウチの孤児院の連中も、真っ当に生きれるように学校に通わせてくれて……まだ何も恩返しできてないのに……」

「ぅぅ、あたしも、あんなに優しくしてもらったのにぃ……」

「お前ら、泣きたかったら泣いていいんだよ。母上もきっとそう言うさ」

「……ご主人が泣いてないのに、ウチらだけわんわん泣くわけにはいかないっスよ」


 そう、俺はまだ涙が出ない。もしかしたら、けっこうドライなのかもしれないな。


 ふと室内に視線を戻すと、父上と親戚や貴族が集まって話をしていた。厳しい表情を浮かべた父上と、それをなだめる親戚たち。そのなかに、ちょっと困った様子の女性がいる。


「どうかされたのでしょうか……?」

「あぁ、後妻の話だろ」

「はぁ!? 奥様が亡くなってまだ1日っスよ!?」

「まだお葬式も終わってないのにぃ……!」


 みんなの怒りはもっともだが、父上が悪いわけじゃない。というか、あの顔つきからするにけっこう頭にキてる感じがする。父上は母上を本当に愛していたからな。俺よりもあの人の方がよほど辛いだろうに……


「仕方ねぇよ。辺境伯に後妻を送り込めば、いろいろ政治的に有利になるんだろ。せめて葬儀が終わるまで待てってのは、俺も思うけどさ」

「ご主人様は、それでよろしいのですか? すぐに次のお母様が決まるなど……」

「俺がどうこう言えることじゃないよ。後で面倒なことになるとしてもな」


 ゲームでは、数年後に父上と後妻の間に男の子が生まれるらしい。再婚に反発したヴィオランス・モータロンドは父親との関係が悪化し、さらに跡取りをめぐる争いも始まって急速に荒んでいく……というのがゲームの俺の背景設定だ。

 そうなるつもりはないけど、気持ちはよくわかる。これは辛い。


「……葬儀が始まるってさ。行こうぜ」


 考えを打ち切って、祭儀場に向かう。3人は何も言うことなく、俺の後ろを歩いていた。



 ◇  ◇  ◇


 帝国には〈聖天教(せいてんきょう)〉という国教があって、ほとんどの貴族がそれを信奉している。

 〈聖天教〉は帝国を樹立した初代女帝を〈女神〉として崇める一神教だ。その教義によれば、善き行いをした者の魂は、死後〈女神〉の座す天界に昇り、永遠の安息を得るのだという。

 不要となった肉体は焼いて灰にして、国土へと還す。やがてそれは次の命を育む……という建前で灰を収めた壺を地面に埋める。


 一連の葬儀が終わると、親族や貴族たちはウチの屋敷に戻っていった。

 その場に残っていると領民たちが遠慮するだろうから、俺は少し離れた丘に移動して、母上の墓を眺めることにした。シロン、エテル、ハトリもついてくる。


「……お前らは帰ってもいいよ。お客さん多いから、仕事たくさんあるだろ」

「私たちの仕事は、ご主人さまの側にいることです。お邪魔でしたら離れるので、どうぞご命令ください」

「そっか。ありがとな」


 なんとなく、空を見上げる。

 こういう日に限って雲ひとつない快晴で、なんだか妙におかしかった。


「ご主人、どうしたんスか?」

「いや……母上が天界にいるならさ。お客様が濡れると気の毒だからって、こんな晴れにしたのかもな。とか思ってさ」

「あはは、奥様だったらそうしちゃうかもぉ?」

「本当にお優しい方でしたからね」

「だったら洗濯する日は奥様にお祈りするっスよ。助けてくださいっス~! って」

「そりゃいいな。俺も遠出の時は母上にお祈りするか」

「ご主人様には〈甘えてはいけませんよ〉って仰るかもしれませんね」

「げ、たしかに……母上、厳しいときは厳しかったからな」


 冗談を交わしながら、過ぎ去った時間を思い出す。


 転生したことに気付いて自我を得た日、俺を優しく抱いてくれた母上。

 俺は普通の子供じゃないから、いろいろ無茶をやって心配をかけた。こいつらを従者にするっていうワガママをきいて、助け船まで出してくれた。


 本当に本当に、あの人の子どもとして過ごせてよかったと思う。


「……なぁ、みんな。俺さ、母上が自慢できる子どもだったかな」


 ふと呟いた言葉が、張り詰めていた俺のなにかを突き崩した。


「俺は……おれはっ……すこしでも、ははうえにっ……おん、がえし……できたかなぁっ……」


 胸の奥の、さらに奥からこみ上げてくるものが、涙になって出て行く。

 悲しい。寂しい。辛い。

 そのすべてが混じった言いようのない心のまま、俺はただ泣いた。


「奥様は……ご主人さまのことを……本当に、本当にっ、誇りに思って……っ、いらっしゃいました……!」

「うぅっ、ウチらにっ、ご主人のことよろしくって……言ってくれて……ぅぅっ、ぐすっ、信じてるからって、言ってくれて……!」

「ぅぁぁぁっ、あたしたち、ごしゅじんちゃんのことぉ、ぜったいぜったい、まもるからねぇっ! ぐすっ、うぅぅぅっ……」


 俺を抱きしめ、抱きつきながら3人も涙を流す。

 もう会えない大好きな家族のことを想い、俺たちはただ泣き続けた。



 ◇  ◇  ◇



 それからの数年は、瞬く間に過ぎた。

 父上が再婚し、弟が生まれた。新しい母上は優しい人で、俺たちにも気を遣ってくれている。家族としては受け入れられないし、「母上」とは呼べない。だけど、俺たちはそれなりに上手くやっている。

 だが、そんな小さな努力とは裏腹に、運命ってやつは動き始めていた。


 母上の死から2年後。

 13歳の誕生日、父上は俺を伴って帝都に向かった。

 その目的は辺境伯モータロンド家と、帝室に連なる大貴族カエルレルム家の縁談。

 ――つまり、俺の婚約である。


読んでいただいてありがとうございます!

愛するメイドがいるのに婚約しちゃうの!?


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