第47話 昇級テスト開始
長い長い廊下を歩いている。
みんな口を開かず、足音だけが響いている。
魔法灯の光は弱々しくて薄暗い。ただ、俺たちの前方……廊下の出口からは強い光が差し込んでいた。
「……準備はいいか?」
軽く振り向いて最後の確認をする。
クラスメイトたちは、緊張した表情ではあるけれど、皆しっかりと頷いた。
「よし、行こう」
俺たちは光のなかに足を踏み出した。
視界が開ける。
広大な円形の空間の端に、俺たちは立っていた。
「なんか……すっげェな……」
ロックが声を漏らす。
入学直後の学級試験をはじめ、何度も使ったことがある野外演習場。でも、今日は演習用の空間をぐるりと取り囲む観覧席に、満員の観客が詰めかけている。
これだけ大勢の人間に見られながら戦うのは、ほとんどの学生にとって初めての体験だろう。
もちろん、俺もだ。
「……なんかさ、雰囲気悪くない?」
カーラの声は戸惑いを帯びている。
それも無理はない。観客たちから向けられる視線は、どこか冷めている。落胆、期待外れ、不満……声にこそ出していないけど、その心は簡単に読み取れる。「なんでコイツらを見なきゃいけないんだ」ってところだろう。
「おおかた〈アダマス〉と〈ゴールド〉あたりの戦いを期待してたんだろ。最上位と最底辺じゃ戦いにもならないから、シラけてるんだよ」
「なにそれ。見世物じゃないんだけど」
「似たようなもんだろ。貴族ってのは娯楽に飢えてるからな」
「ふぅん、趣味わる」
悪態をつきつつも、カーラの表情からは強ばりが消えている。アウェーな環境で逆にやる気が出たのか、他のクラスメイトたちも不安がっている様子はなかった。
「ご主人さまは大丈夫ですか?」
「ん? 俺?」
「ええ。こういった大勢の人から注目される環境は苦手だと思っていたのですが……」
「ああ……うん、そうだったけど。なんか平気だよ」
強がりじゃない。あれだけ苦手だった大勢の視線も、気がつけば平気になっていた。
見ず知らずの連中にどう思われていようと関係ない。今は、そんなことよりずっと大事にしたいものがある。
「アイツら全員、驚かせてやろう。俺たちならやれるよな?」
皆が視線を合わせる。
それはどんな肯定の言葉よりも力強く、俺たちの意思が一つだということを伝えていた。
「両クラス、中央へ!」
教師の声がかかる。
俺たちは演習場の真ん中で、これから戦う相手と向き合った。
学年最上位、〈アダマス〉クラス、20人。
そして、その頂点に立つのが……
「ヴィオランス、そして〈カッパー〉クラスの皆さん。貴方たちと正々堂々競えることを嬉しく思います」
アオイは挑戦的な笑みを浮かべて片手を差し出してきた。
俺はその手を握り、真っ直ぐに見返す。
「ああ。でも勝つのは俺たちだ」
「ふふっ……それでこそ。私たちも全力でお相手しましょう」
手を離して、お互いに背を向ける。
観客席からまばらな拍手があがった。
* * *
「演習場を実戦試験用に整えます。生徒は待機場から出ないよう注意してください」
教師の声が響き渡ると、地響きと共に目の前の地面が隆起した。いくつもの小山が分かれ、さらに細かく形を変えていく。
やがて、真っ平らだった演習場は大小の建物が並ぶ市街地へと変貌した。
「試合の形式は制圧戦、一本勝負。先に相手の拠点を制圧した側の勝利とする」
(……ここまでは想定通りか)
勝利条件は俺の知識と変わらない。
だけど、
「アルカ、この地形に見覚えは?」
「……ない。たぶん、生成するたびに街の構造が変わるんだと思う。ヴィオランスは?」
「俺もだ。さすがにそう上手くはいかないな」
アルカの周回経験も、俺の〈原作知識〉も、この戦いではアテにならない。今まで培ってきた実力だけでアオイに勝つ必要がある。
「なら事前の作戦通りにやるだけ。だよね?」
「ああ、その通りだ」
二丁の魔銃をホルスターから引き抜いて、静かに深く息を吐く。
完全に有利な状況で戦えるなんて、最初から考えていない。
細く険しい勝ち筋を丁寧に辿るだけだ。
「両クラス、臨戦態勢をとれ」
皆がそれぞれの武器を構える。
「試験開始用意……3……2……」
見すえるのは一点。
「1……」
不規則に並ぶ建物の向こうにある、相手の陣地だ。
「はじめ!」
「〈加速〉!」
身体強化の【魔法】をかけて走り出す。
左に双剣を手にしたアルカ、右に斧槍を持ったシロンが併走している。それを確認して、俺は襟につけた小型の魔法具に話しかけた。
「ハトリ、案内を頼む」
『了解~。突き当たりを右に行って、2つめの角を左。その前の建物は中を抜けちゃった方がいいかも。その先はしばらく真っ直ぐだよぉ』
「わかった。相手の動きは?」
「【魔素】がユラユラしてて、ここからだと見えないよぉ。アオイちゃんの妨害かも~」
「……そうか。仕方がないな。なにか見えたら教えてくれ。一カ所に留まらないように注意しろよ」
「はぁい♪」
ロックと一緒に開発した小型無線機は、まだ数台しかない小型品だ。特別な眼で戦場を観察したハトリから即座に情報を受け取れるのは、〈アダマス〉に対する明確なアドバンテージの1つだろう。
俺、アルカ、シロン。機動力と攻撃力のある3人を主軸に、敵主力との対峙を避けて本陣を叩く。それが俺たちの行動方針だ。
「俺たちは予定通りに本陣を狙う。ついてきてくれ」
ハトリの指示に従って、迷路のように入り組んだ路地を駆ける。
突き当たりを右。しばらく進んで左。
正面の大きな建物は玄関の扉がない。
そのまま飛び込み、土でできた机や椅子を飛び越えていく。
裏口……を探している暇はない。
「シロン、やってくれ!」
「かしこまりました」
〈加速〉を解除して立ち止まり、両手の魔銃に攻撃用の【魔法】を〈装填〉する。隣を駆け抜けたシロンが斧槍を振りかぶり……
「たぁぁぁぁっ!」
一撃で壁を吹き飛ばした。
立ちこめる土煙のなかに飛び込んで、再び〈加速〉をかけ……
「っ!? 避けろ!」
右に跳んで、勢いのまま地面を転がる。
一瞬前にいた場所を、何条もの炎の矢が貫いていた。
「さすがヴィオランス。思い切りのいい作戦ですね」
強い風が吹いて土煙が晴れる。
「そう来ると思っていました」
そこにはアオイと〈アダマス〉の生徒たちが並んでいた。
読んでいただいてありがとうございます!
vs〈アダマス〉戦開始
やべー原作ヒロインと真っ向勝負です
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