第44話 あなたの隣で
家に戻ってきた俺は、部屋のベッドで天井を眺めていた。
笑いながら帰っていったクラスメイトたち。アイツらが俺に気を遣ったことくらい分かっている。
(実際、最適解はさっさと戻って戦果を挙げることなんだよな……)
モータロンド領の襲撃はゲーム後半のイベントにしては難易度が低い。俺の知識があれば損害を最低限に抑えながら国境を守り切れるはずだ。
(たとえ爵位の継承権を放棄していても、実戦で活躍すれば正当な褒賞を得られる。そのまま自主退学して軍に入ってもいいし、戦果を単位代わりにして昇級を掛け合うこともできるよな)
出られる確約がない昇級テストに臨むより、よほど堅実だ。
というかこっちを選ばない理由はない。
なによりも、
(死亡イベントを回避できる……かもしれない)
その考えが中庭にいた時から、ずっと脳裏にチラついている。
ヴィオランス・モータロンドと3人の従者は昇級テストで死ぬ。
生まれた時から……いや、そのずっと前から、この運命を覆したかった。今の俺は原作のヴィオランスとまったく違う立場だし、力もずっと上だ。
魔神崇拝者に利用されたあげく、アルカたちに挑んで返り討ちに遭う状況はあり得ないと断言していい。
……でも、
(つじつま合わせのように、その場で死んでしまうことはないか?)
(そのときが来たら、事故やら流れ弾やらであっけなく死ぬんじゃないか?)
ずっと心の奥底に沈んでいた不安が、こんな時になって浮き上がってきた。そして「遠ざかれば少しでもその危険を下げられるんじゃないか」なんて考えてしまうのだった。
「……バカらしい。そんなの、どこに居たって同じことだろ」
呟いて目を閉じる。
どれだけ考えても答えが出ないなら、いっそ寝てしまった方がいいかもしれない。
そんなことを思ったとき、コンコン、と扉を叩く音が部屋に響いた。
* * *
「なぁ、これ明日でもよくないか?」
そんなことを言いながら、俺は皮をむき終わったタマネギを皿に乗せる。
台所の机の上には、まだ手つかずの野菜が山ほどあった。しばらく悩んで、またタマネギを1つ手にとる。
隣ではシロンが手際よく芋の皮を剥いている。
「ダメですよ。明日からしばらく留守にするんですから、食材が傷んでしまいます」
「待て待て、俺は領地に戻るなんて言ってないぞ」
「あら、そうでしたっけ?」
「でも迷ってるってことは、戻るかもしれないっスよね?」
キノコを手で裂きながらエテルが言う。
「だったら料理しちゃう方がいいっスよ。戻らないなら明日食べればいーんですし」
「そりゃあ……そうだけど」
壁掛けの時計に目をやると、時刻はもう日付をまたごうとしていた。たしかにいろいろと急な報せがあって晩飯を食べれていないけど、さすがに今から料理を始めるのはどうなんだろうか。
たしかにシロンの言っていることは正しいんだけど、俺に手伝いを頼む意味がよくわからない。ただ断る理由もないから、なんとなく流されて台所にいた。
と、俺の尻に柔らかいものが当たる。
「っと、ごめんハトリ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよぉ。ごめんねぇ~」
ハトリは俺と背中合わせの位置で肉を切っている。家の台所はそう広くないから、4人が一斉に作業をすると、ちょっと動いただけで肘やら肩やら尻やらがぶつかってしまう。
「なんだか懐かしいねぇ」
「ん?」
「ほら、ずーっと前に、お屋敷で一緒にご飯作ったでしょ?」
ハトリの言葉につられて、昔の思い出が記憶の底から浮かび上がってきた。あれは5年くらい前、俺たちが12歳ごろだっただろうか。
「大聖堂でやらかして、屋敷で謹慎くらってた時だっけ?」
「そうそう。ご主人ちゃんがヒマだから、みんなでお料理しよーって」
「あったっスねぇ、そんなこと」
「レシピも何も知らずに、とにかく一生懸命に作りましたよね。火加減もいい加減でお鍋を焦がしてしまいましたし」
「そういや、あのときもシロンが芋担当だったっけ? 皮剥きすぎて半分くらいの大きさになってたよな」
「あれはまだ不慣れだったからです。今はほら、どうです?」
そう言ってシロンは片手を差し出してくる。その掌の上に乗る芋はたしかに滑らかで、薄黄色の肌をさらしていた。
「ご主人、ご主人。ウチもほら、きれーに裂けたっス」
「いやキノコ裂くのに上手いも下手もないだろ」
「ええーっ。けっこうコツが要るんすよ! ご主人もやってみてくださいっス」
「わかったから押すな押すな。シロンとハトリが包丁使ってんだぞ。危ないだろ」
「えーとぉ、指先切っちゃったら、ご主人ちゃん……舐めてくれる?」
「いや消毒して止血するって」
「むぅ~」
小さな台所で押し合いへし合い。
いつの間にか、みんな大きくなっていたんだな……なんて、ちょっと感慨深い。
気がつけば部屋にいた時はあんなに重苦しかった胸が、いつの間にか軽くなっていた。
「……あ、ご主人。やっと笑ったっスね」
「え、そうか?」
「そうっスよ。学院からずーっと元気なかったし、なんか雰囲気は重たいし、心配だったんスよ」
「こらエテル。ご主人さまもお辛いんですから、もう少し言い方に気をつけてください」
「でも事実っス。ね、ハトリ」
「そぉだね、心配だったんだよぉ。いまは大丈夫みたいだけど」
手を止めたハトリが俺の顔をのぞきこむ。
「……うん。ご主人ちゃんには、やっぱり笑っててほしいなぁ」
「そっか。気を遣わせてごめんな」
俺をこうして部屋から連れ出したのは、気分転換をさせるためだったのだろう。まったく、こんなに心配をかけるなんて主人失格だ。
そうして気がつけば、みんな手を止めて俺を見ている。
「……ご主人さま。私たち、あの頃に比べて大きくなりました。背も伸びましたし、できることも増えました。これは全部、ご主人さまが私たちに出会って、ずっと居場所を守ってきてくれたおかげです」
「……どうしたんだよ、急に」
「いい機会だからご主人に話そうって、みんなで決めたんスよ」
「話すって、何を?」
「ウチらがご主人のこと、大好きだって」
「えっ……や、ええと……」
あまりにも真っ直ぐな言葉で、さすがに頬が熱くなる。
それぞれとは、その……ちょっと距離が近づいたというか、いろいろあったわけだけど。
こうして3人から好意を向けられるのは初めてだ。たぶん。
「初めて会った時も、あの大聖堂で守ってくれた時も、ずっとずっとウチらのことを大事にしてくれて、一生懸命に頑張ってくれて……そんなご主人のこと、大好きっス」
「わたしたちね、ご主人ちゃんの言うことなら何だってきくし、ご主人ちゃんの行くところならどこだってついていくよ。それくらい大事な場所と時間を、たーくさんもらったから」
「そんな……俺はまだ……」
まだ何も乗り越えていない。
この先、どんな危険が待っているかわからない。
お前たちを守れる自信なんて無いんだ。
「ご主人ちゃん。わたしたち、ご主人ちゃんの隣なら何があっても平気なんだ。でもね、それは……」
大事な従者たちが視線を合わせる。
想いはひとつだと再確認するように。
「それは、幸せなご主人さまの隣じゃないとダメなんだよぉ」
「無理してウチらのために作ってくれた場所じゃ、楽しくもなんともないっスね」
「ご主人さまは私たちのことを一番に考えてくれます。それはとても……本当に、とても嬉しいんです。ご主人さまの一番でありたいと、いつも願っています」
けれど、とシロンが言葉を続ける。
「今のご主人さまの〈大切なもの〉は、私たちだけじゃないはずです。守りたいものや、成し遂げたいことがあるんじゃないですか?」
「ご主人、ウチらにそれを手伝わせてください。どんな無茶でも、死なない程度に頑張るっスから。ね?」
「わたしたちもね、ご主人ちゃんを守りたいんだ。ご主人ちゃんが〈大切なもの〉を全部ぜーんぶ守るの、手伝いたいんだよ」
「……お前ら……」
言葉が続かない。
小さな台所がなんだかとても暖かくて、胸の奥に固まっていた冷たいものが溶けていくように感じられた。
大事なものを選ばなきゃいけないと思っていた。
1人で頑張らなきゃいけないと思っていた。
いや、思い込んでいた。
(馬鹿だな、俺は……)
3人が安心して暮らせる場所をつくる。
その中心に自分が居るんだってことが……
いや、自分が居たいってことが分かっていなかった。
そして、その場所には俺と3人が居ればいいってわけじゃない。
そんな簡単なことも分かっていなかったんだ。
「……俺さ、もっと欲張ってもいいのかな」
「うん、もちろんだよぉ」
「すげぇ無茶なことに付き合わせてもいいのかな」
「どんとこいっスよ」
「お前らを危険なことに巻き込んでもいいのかな」
「ご安心を。そのときのために、鍛えてきましたから」
優しくて力強い言葉が胸を満たしていく。
いつしか迷いは綺麗さっぱり消えて、視界にかかっていた靄が晴れたような気分になっていた。
やりたいことは、きっと最初から決まっていた。
「……おし、全部ひっくり返す。みんな力を貸してくれ」
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