第43話 解散
校舎から正門に続く煉瓦造りの道。暗闇を魔法灯が点々と照らしている。
「……なぁ」
「ん?」
「……いや、ごめん。まとまらねぇ」
「……うん」
頭のなかで固まったように思われた考えは、口を開くと輪郭を失って消えてしまう。俺の〈原作知識〉にも、アルカのループ経験にもない事態だ。小さな戸惑いと焦りが、頭の中で渦を巻いて思考を乱していた。
「あ……」
アルカが声をあげる。いつの間にか下に向いていた視線を上げると、いくつかの人影が正門の明かりで浮かび上がっていた。
「よォ」
「お前ら……」
ロック、カーラ、ミジィル、そしてエテルとハトリが俺たちを待っていた。先に帰れと言ったのに。
「アオんとこ行ったんでしょ? どーだった?」
「……動いてくれるってさ」
「でも確実じゃない、と?」
「ああ。そんな感じだ」
みんなの表情に落胆の色が浮かぶ。ぜんぶ上手くいくことはないとしても、もう少し希望のある報告を聞きたかったんだろう。
「……悪い」
「なんでヴィオランスが謝ってンだ」
「そーそー。ヴィを責めるつもりはないよ。ゴメン」
「とりあえず明日は自習?」
「それはいつものことっしょ」
「うーん、登校できるのかな。自宅待機かもしれない……」
「んじゃ誰かん家で勉強会する?」
「いいねェ。俺ン家は狭いからダメな」
「ウチも。やっぱヴィん家じゃない? 広そうだし。シロたちが毎日掃除してるから綺麗そうだし」
「言っとくけど掃除なら俺も毎日手伝ってるからな?」
みんなにつられて、つい軽口が滑り出る。頭のなかで渦巻いていた重苦しい悩みが、ほんの少し薄れたような気がした。
「エテル、ハトリ、明日みんな家に遊びに来てもいいか?」
「もちろんっス。歓迎っスよ!」
「あ、でも一応シロンちゃんの許可をとった方がいいかも~」
「それもそうだな……って、シロンはどうした? 先に帰ったか?」
「うん。先に買い物しておくって」
「……ま、俺から頼めば大丈夫だろ。明日は……」
と言いかけたとき。視界の端に、学院に続く大通りを全力疾走してくるメイドの姿が映った。
「あれ、シロンだ」
「ほんとだぁ。忘れ物かなぁ?」
「にしちゃ様子が変っスね」
そんなことを話しているうちに、シロンが俺たちのもとに到着する。彼女にしては珍しく、ペースを考えずに全力で走ってきたのだろう。荒い呼吸を整えながら、俺に何かを差し出した。
「手紙……父上から?」
「は……はい……使者から、簡単に……用件を、うかがいました」
シロンの表情が険しいのは、激しい運動のせいばかりではなかった。
「至急、辺境伯領に戻れという……旦那様からのご命令です」
* * *
『隣国との境で軍事行動の兆候がある。
辺境伯領に戻り、辺境伯領軍に加われ』
送られてきた手紙には、おおよそこんなことが書いてあった。
〈モータロンド領襲撃〉。
本来ならゲーム後半で発生するサブイベントだ。
「よりによって、こんな時に……」
つい手紙を握り潰しそうになって、寸前で思いとどまる。あらゆることが悪い方向に転がり始めているように感じた。
(……いや、本当に偶然なんだろうか。先生の死が明らかになってクラスが身動きとれなくなった日に、隣りの国の軍が動くなんてこと、あるのか……?)
中庭のベンチの背もたれに体重を預けて空をあおぐ。明るい帝都では、一番明るい星すら簡単には見つけられなかった。
「……マジで帰って来いって言われてンのか?」
「ああ。マジのマジだ」
俺はベンチの隣に立っているロックに手紙を渡した。それを横からカーラとミジィルがのぞき込む。アルカも少し離れたところに立っていて、結局〈カッパー〉クラスの生徒全員が学院の中庭に残っていた。
「ヴィの実家、そんなにヤバいの?」
「いや、それならもっと大騒ぎになってるはずだ。たぶん長男も軍議に参加させて、あわよくば戦果をあげさせて経歴に箔をつけてやろうって親心だろうさ」
「ふぅーん」
「ま、俺たちが帰っても帰らなくても、戦力的に大した差はないからさ。俺はこっちに……」
「いや、帰った方がよくない?」
俺の言葉を遮ってカーラが言った。
「……は?」
「だってさ、もし実家に帰ってワンチャンすごいことしたら、ヴィの将来なんとかなるってことでしょ? そしたらシロもエテもハトも安心できるじゃん」
「まァ、確かにな。実戦たたき上げの士官もいるって話だし。それこそ教導隊に入ンなら、学位よりも実戦経験の方が大事そうだよなァ」
「いやそうかもしれないけど。辺境伯領に戻ったら、いつ帰ってこられるかわからないんだぞ? 昇級テストまでそんなに時間ないし。つーか、みんな揃って昇級テスト受ける方法を考えなきゃいけねーだろ!?」
なんで俺を帰らせたがるんだ。
もう諦めたのか。
それとも、俺がいると何か不都合があるのか。
いろんな疑問が頭を巡るなか、とにかく浮かんだ言葉を投げかける。
だけどクラスメイトたちは気にする様子もないどころか、顔を見合わせると正門に向かって歩き始めていた。
「おいお前ら、まだ話終わってないだろ!」
「いいンだよ。俺らは俺らで何とかするって。お前らは実家に帰れよ」
「そうそう。何でもヴィに頼りっきりじゃかっこ悪いし」
「何とかするって……」
それ以上の言葉が浮かばず立ち尽くす俺に、アルカが振り向いて笑いかける。
「ヴィオランス。気持ちは嬉しいけどさ、友達には大事なものを優先してもらいたいんだ。たとえば、家族とかさ」
「…………」
アルカの視線は俺ではなくて、後ろに控える3人に向いている。まだ1年も経っていない付き合いなのに、コイツは俺の大切なものが何なのかよく分かっていた。
「それじゃ、またね。ヴィオランス」
去って行くクラスメイトたちの姿が正門の明かりに照らされて、影のなかに消えていく。俺はその様子を見ていることしかできなかった。
読んでいただいてありがとうございます!
このまま〈カッパー〉クラスと別れてしまうのか?
ヴィオランスの決断は次の話で……!
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