第5話 バケモノと呼ばれた少女 ~ハトリとの出会い②~
俺のメイドになる(はずの)少女、ハトリ・キジノメ。
だが彼女はいま、長銃の銃口を俺の顎に押し当てていた。
「くっ――加速!」
強引に瞬発力を引き上げ、身体をねじる。一瞬前まで頭があった位置を銃弾が貫いていた。
「あはっ! うふふふふっ! 死んでぇっ!」
「なにを――っ」
体勢を崩して地面に転がった俺を、ハトリは容赦なく蹴りつける。
そのまま馬乗りになって、俺の首を絞め始めた。
「貴様ァァッ! ご主人さまから離れろっ!」
「よせ、くる……な……!」
「しかし!」
「いい、から……」
俺はハトリの手首を掴み、力尽くで首から離しにかかる。
どうやって銃の反動を受け止めていたのだろう? そう不思議に思うほど、彼女の手は細く、力は弱かった。
「どうして……俺を殺そうとする? なにか、気に障ることを……したか?」
「うふふ、違うよぉ。あたしを殺しにくるひとは、みんな殺すんだぁ」
「俺はお前を殺しにきたんじゃ……ない……!」
ハトリの指が首から完全に離れる。上から体重をかけてくる彼女を力で押し戻しつつ、俺は彼女に語りかける。
「お前、なんでここにいる? 独りなのか?」
「うふふ、そうだよぉ。お父さんとお母さんは、あたしを置いて行っちゃったぁ」
「なんで、そんなことを……」
「あはははっ、バケモノだからよぉ! あたしの眼が気持ち悪いから! 家族のみんなと違うから! バケモノなんだってぇ!」
そう言ってハトリは俺に顔を近づけてくる。垂れ下がった前髪の向こうには――たしかに異形の眼があった。
白目にあたる部分は黒く、大きな金色の瞳には黒い瞳孔がはっきりとその存在を主張している。まるで人と猛禽類猛禽類を掛け合わせたような眼だった。
そう、これがハトリ・キジノメの固有体質。ゲームに登場する17歳の彼女は、この眼を隠すようにいつも伏し目がちだった。
「……自分の親から、バケモノだって言われたのか?」
「そうだよぉ! 好きになってほしくてたくさん笑ったら、気持ち悪いって! 上手に銃を使えたら、バケモノの証拠だって! たくさん獲物を殺せるのは、それが本能だからだって!」
ぽたりと、俺の頬に滴が落ちる。
異形の目から、俺たちと同じ透明な涙があふれていた。それは吐き出すような彼女の言葉と一緒に、次々と俺に降ってくる。
「お母さん、お父さんになんどもぶたれてた! バケモノと交尾したんだろうって! じゃなきゃ、あたしが生まれるのはおかしいって! お母さんは、あたしをここに連れてきて……まちがいだったって……あたしを生んだのは、まちがい……だったって……ぅ、ぅぅぅぅ」
ハトリの手から力が抜ける。彼女の言葉を聞いたシロンとエテルは、静かに俺たちを見守っていた。
「あ、あたし、バケモノだからっ、こっ、ころさなくちゃっ! わらって、ころさなくちゃ! いけない、からぁ! ぅぅぅっ、あぁぁぁぁん!」
「お前は、そうしたいのか?」
「わかんないっ、わかんないの! もう、なにしたらいいのか、わかんない!」
「……だったらさ……」
俺は身体を起こしてハトリの目を正面から見つめる。
「俺と一緒に行こう」
「……ぇ?」
「説明は難しいんだけどさ、俺はお前を探してた。会いたかったんだよ。俺の従者になってくれ、ハトリ」
「ぅっ、ぅぅ……でもあたし、バケモノで、気持ち悪くて……」
「そんなことないって。たしかにお前の眼は俺たちと違うけど、それだけだよ。お前はバケモノなんかじゃなくて、俺たちと同じ人間だ」
「ぁ、ぁぅ……」
「それにさ」
せっかく出会えたんだから、包み隠さず言うしかない。
俺はゲームでハトリの眼を知った時から思っていたことを口にした。
「ハトリの眼、俺は好きだよ。綺麗だし、かっこいい」
「ぴぇっ……!?」
なにを隠そう〈前世〉の俺は異形特徴が大好きだったのだ。ハトリの眼はゲームでも屈指の名デザインだと思う。
……とは言えないので、簡略化した。
ちゃんと伝わっただろうか?
「ぁ、ぁぁ、ぁの……えぇとぉ……ぁ、ぁぁ……あ、ありがとぉ……」
ハトリはなぜか俯いて前髪で顔を隠すと、俺の上からどいてしまった。
とりあえず敵意はなくなったらしい。うん、よかった。
「安心してくれ」と言おうとしてシロンとエテルの方を向くと、2人はなぜか蔑みと諦めが混じったような視線を俺に向けていた。
「……ご主人、そういうところあるっスよね」
「ほんと、お優しいことで……ハァ、これで3人ですか……」
「な、なんか怒ってる……?」
「「べつに(っス)」」
なんだか怖いので、それ以上は追求するのをやめた。
それに、ハトリとの出会いも大事だが、俺たちの本来の目的は別にある。
「なぁ、ハトリはこの森のこと、詳しいのか?」
「う、うん。だいたいのことは知ってるよぉ」
「だったらさ、金色の花がついている草のこと知らないか? 金日草っていうんだけど……」
「知ってるよぉ。向こうの方にたくさん生えてるんだぁ」
「本当か!? 俺たち、それを取りに来たんだよ!」
思わぬ幸運だ。まさか、こんなにすんなり金日草が手に入るなんて。
「ハトリ、そこに案内してくれないか?」
「そ、それは……いいけどぉ……」
「なにか問題があるのか? もしかしてあの熊がまだいるとか……」
だったらいったん諦めるしかない。家に戻って父上に話して……信じてもらえるだろうか。しかしそんな俺の心配を、ハトリは首を横に振って否定する。
そして、おずおずと言葉を続けた。
「ち、ちがうの……あ、あのね……草を見つけたら、あたしを置いていったり……しない?」
……そうか。怖くなるのも当然だよな。
俺はハトリの手を取ると、誓いを立てるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「お前は今日から俺の侍従で、俺が主人だ。侍従は、主人といつも一緒なんだ。だから、置いていったりしない。お前も、ちゃんと家までついてきてくれよ」
「…………っ!」
俺の手を、きゅっとハトリが握り返す。
「うん! ご主人ちゃん、ずっとついていくよぉ!」
ハトリが笑う。
それは、ごく普通の女の子が浮かべる、とても素敵な笑顔だった。
◇ ◇ ◇
家に帰った俺は、また父上にしこたま怒られた。
金日草を山ほど持ち帰ったのはいいが、うっかり森林熊の爪や牙を持って帰ったのがよくなかったらしい。褒めてもらえると思ったんだけどなぁ……
ちなみにシロンとエテルも一緒に説教コースだった。ほんとゴメン。
ハトリを新しい従者にする話は、意外とすんなり承諾してもらえた。母上は彼女の話を聞くと、俺と同じように目をまっすぐに見つめて「今日から、私たちがあなたの家族よ」言って、ハトリが泣き止むまで抱きしめていた。
こうして、俺は3人の従者と出会うことができた。
そして数年後――大切な人を失ったのだった。
ついにそろった3人のメイド。
主人公の口説き力が高すぎる。
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