第38話 魔神崇拝者
弾かれたような勢いで、シロンが地下道を疾走する。
〈個人結界〉は使わず、代わりに〈加速〉でスピードを底上げしていた。
(あの一瞬で【暗黒魔法】のヤバさに気付いたか。さすがだな)
ゲーム的に言うと、【暗黒魔法】は通常の【魔法】とは違う防御力を参照する。そして【暗黒魔法】への防御力を上げる方法は、アオイが使う【神聖魔法】しかない。
つまり下手に防ごうとするより、当たらないよう工夫するのが正しい対抗策。
スピードを上げたシロンは、たぶん直感でそれを選び取っている。
「チッ……」
男は掌をシロンに向けようとするが、彼女はステップを踏んで進行方向を変え、その狙いを定めさせない。対魔法士戦は、強化合宿でシロンが重点的に鍛えていた分野だ。
ほんの数秒でシロンは男の側面に踏み込んでいた。
「はぁぁっ!」
低い姿勢からシロンの拳が突き出される。狙いは男の脇腹。斜め下から抉られれば一撃で行動不能は間違いない。だが、
「……っ! ぁ、ゥゥゥッ!?」
「くっ……」
男が子どもを振り回すようにしてシロンを遠ざける。
保護するとか言っておいて、扱いは完全に盾代わりだ。子どもは男の腕を放そうともがいているが、やせ衰えた体でそんなことは難しい。
「〈腐壊槍〉ッ!」
数歩下がったシロンに、さっきよりも攻撃範囲の広い【魔法】が放たれる。それを横転して避け、シロンは男を睨みつけた。
「先ほど、私に〈父親そっくり〉と言いましたね。あれはどういう意味ですか?」
「ん……? ああ、そんなことを言ったっけ」
「貴方は……貴方は、父の何なんですか!?」
怒りの滲んだ大声が、地下道に響く。
その問いにどれだけの想いが込められているのか。俺はシロンを支えてやりたい衝動を押し殺しながら、【魔素】の操作に専念する。
「父がいなくなったことと、貴方は関係がある――」
「〈腐壊弾〉」
言葉を遮って男が【魔法】を放つ。
ステップを踏んで回避したシロンに、男はつまらなさそうに言い放った。
「俺が殺したんだよ、君の父親をね」
シロンの動きが止まる。
俺ですら思考を中断して【魔素】の流れが乱れるところだった。
いま、目の前の男はなんと言った。
シロンの父親を、殺したって?
「ああ勘違いしないでくれよ。殺すつもりはなかったんだ。俺はアイツを友達だと思ってたし、結婚して子どもが生まれた時はちゃんと祝いに行ったんだ。その後も何度か遊びに行ったしな。だから君は俺のことを覚えていたんだろう」
「でも……殺した、と……」
「ああ、殺したよ。だってさ」
ハァ、と溜息を吐いて男が続ける。
「アイツ、子どもができたら神に捧げるって言ったのに、急に嫌だって言い出すんだからな。仕方ないよ」
「……え、あ……? 捧げる、とは……?」
「いやさっきその話してたじゃないか。俺たちは神に子どもを捧げて恩寵を得るんだって」
「……なら、お父さんは……」
「そう、俺たちは友達で、同じ神を信仰する仲間だった。俺のことを魔神崇拝者だの何だの好き勝手に言ってくれるが、君の父親なんてもっと熱心な信徒だったんだぞ?」
シロンがよろめき、石壁に手をつく。
その顔からは力がぬけている。あらゆる感情がせめぎあって、その結果なにも表情に出てこないような、疲れ切った様子にも見えた。
「お父さんは、私を……でも、できなくて、殺されて……? じゃあお母さんは、本当のことを言ってたんですか? 私がいなければ……」
それはシロンが実の母から投げかけられた言葉。
幼い頃の彼女の心を抉って、きっと十年以上も破片が突き刺さったままの凶器を、男がニヤついた顔で押し込もうとする。
(……やめろ)
「そうだね、君さえいなければ」
(そんな言葉を……)
「みんな平和だったかもね」
(こいつに聞かせるな……!)
怒りで頭が真っ白になる。
極限まで高まった敵意が、
憤怒で研がれた激情が、
【魔素】に在るべき形を与えていく。
「君さえ生まれてこなけれ――」
「黙れよ、テメェ」
ザンッ
という音が地下道に響いた。
肩口を切り裂かれた男が、真っ赤に染まった腕を見て悲鳴をあげる。
「ぁがっ!? あ!? あぁぁぁぁぁっ!?」
解放された子どもがシロンに駆け寄り、その背中に隠れて服の裾をぎゅっと握りしめた。
小さな掌に助けを求められ、シロンの目に力が戻る。
「ご主人さま……?」
「その子、任せていいか」
本来なら仇討ちはシロンに任せるべきなんだろう。だけど、それは無理な話だ。
だって俺は今、人生2回分で一番腹が立っているから。
「俺の家族を虐めて、タダで済むと思うなよ」
そう言って、宙に浮かぶ銀色の剣に命令を下した。
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