第36話 地下の戦い
俺はベルトに装着していた筒を外し、目の前に放り投げる。
それは床に落ちると同時に青白く光る壁を展開し、ほんのわずかに遅れて銃声が響く。
即席の〈結界魔法〉に阻まれた弾丸は、勢いを失って床に落ち、金属質の音を奏でた。
「なっ……!」
信者たちが息を呑む。そりゃそうだろう。【結界魔法】を〈装填〉した魔法具なんて、軍の研究者ならともかく一般人は存在すら知らないはずだ。
だが、司祭は違う。
「すぐに消える! 撃ち続けろ!」
携行タイプの小ささゆえに、〈装填〉できる【魔素】は少ない。それを一瞬で見切るなんて、それなりの修羅場をくぐっていなければ不可能だ。
あるいは、司祭という身分自体が偽装で、本人が王国のスパイなのかもしれない。
だけど、
(数秒あれば十分なんだよ!)
俺とケイと子どもは、もう曲がり角に飛び込んで遮蔽をとっている。
そして、この場で一番頼りになるシロンが、
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
もう信者たちの目の前まで迫っていた。結界の前に飛び出たシロンに銃弾が集中するが、それは彼女に触れる前に弾かれて床や壁を抉っていく。なかには跳ね返って仲間を傷つけるものすらあった。
〈個人結界〉――自分だけを守る【結界魔法】だ。
強固ではあるけど、発動まで時間がかかるうえ、〈加速〉や〈筋力強化〉など他の【付与魔法】と併用ができない。
つまり防御力は上がるけど、攻撃力も機動力も相手に劣るリスクが高い。利点よりも欠点の方が多いとされるマイナーな【魔法】だ……とされている。
信者の懐に飛び込んだシロンが、その拳を胴体にねじ込んだ。
「はっ!」
「ぐあっ!?」
その体が天井近くまで吹っ飛ぶ。
別の信者が銃を撃つが、その弾丸はやはり届かない。〈個人結界〉はまだ起動中だ。
〈個人結界〉は防御力しか上がらない。
なら、その他の要素は素の身体能力で突破すればいい。
トレーニングで皮膚を鋼に変えることはできないけれど、拳の威力を砲弾並みに引き上げることはできる。
冗談みたいな脳筋理論を努力で実現させたのが、シロンという戦士だった。
「ふざけるな……!」
司祭が銃を落とし、腰から大ぶりのナイフを取り出す。
「〈炎熱付与〉!」
ナイフが灼熱化し、赤みを帯びた。詠唱を省略したのに的確な〈付与魔法〉だ。やはり、ただ者ではない。
そして、【魔法】で強化された武器は〈個人結界〉を貫く可能性が格段にあがる。
「お、おい。助けなくていいのか!?」
ケイは慌てた様子で俺の肩を掴むが、
「大丈夫ですよ。あの程度じゃ相手になりませんから」
「あの程度って……」
シロンの胴体を狙ってナイフが突き込まれる。もう軍隊仕込みであることを隠そうともしない、次の攻撃をも視野に入れた素早い一撃だ。
だが、しかし……
「遅いですね」
シロンは素早く片脚を引いて体を反転させると、伸びきった司祭の腕に肘を打ち下ろす。そのまま内側から腕を絡めとり、
ボギッ
容赦なく腕を折った。
「ぐんうぅぅぅぅぅっ!!」
「せいっ!」
苦しげな声をあげて腕を押さえた司祭の頭を、容赦なく蹴り抜く。
彼は壁に叩きつけられ、そのままずるずると床に崩れ落ちた。
「ふぅ……制圧完了です」
「おつかれさま」
俺は角から出て辺りを見渡す。十数人の信者たちは残らず倒れ伏している。腹を押さえてうめいていたり、戦えそうなやつは1人もいない。こっちの危険は排除できたと判断していいだろう。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
後ろに声をかけると、ケイと子どもがおっかなびっくりといった様子で顔を出した。
「……すごいな、まさか1人で片付けるなんて」
「まだ上に残っていますかね?」
「いや、信者が全員こうってわけじゃないだろう。もう大丈夫だよ、きっと」
そう言ってケイは子どもの頭を撫でる。
「あとは俺の仲間に任せよう。君もちゃんとした場所に連れて行ってあげるからな」
そんな彼に俺は、
「じゃあ、次はアンタですね」
と魔銃を向けた。
読んでいただいてありがとうございます!
メイドいちのパワーファイター・シロン。
小突かれるだけでも結構痛そうです。
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