第35話 教団の正体
痩せこけた……というほどではないけど、首も肩周りも肉付きが薄くて、骨張った印象の子どもだった。少年か少女かも、ちょっと見ただけでは分からない。
身にまとっている布は繊維が荒く、大きな袋に手と頭を通す穴を開けたような、簡素にもほどがあるものだった。
「君は……?」
落ちくぼんだ目がぎょろりと動いて、せわしなく俺たちの間を行き来する。そして、口を開き、
「ぁ……あ、ぅ……」
という声のような呻きのような、掠れた音を出した。
言葉が話せないというより、〈話す〉という行為を忘れているような、そんな印象を受ける動きだった。
「……失礼しますね」
シロンが子どもの前で膝をつき、その頬や首や腹などに触れる。その手つきは優しく、子どもは暴れもせずシロンに身を委ねている。
いや、もしかしたら〈抵抗〉という選択肢が思い浮かばないのかもしれない。
「……栄養は不足していますね。それから、ひどい打撲と擦り傷の痕があります」
「そうか……なぁ、君はいつからここにいるんだ?」
俺もシロンの隣に膝をついて子どもと目線を合わせる。子どもは「ぁ……ぅ……」と言って首を横に振る。
それまで黙っていたケイが声を出した。
「少なくとも、時間の感覚が狂うくらいの時間はここに居るってことだな。だいたい1週間くらいってところだろう」
「その根拠は?」
「ここの連中の〈取引〉の頻度だよ」
「〈取引〉?」
俺が聞き返すと、ケイは腕を組んで再び口を閉ざす。話すべきか、黙っているべきか、悩んでいるのだろう。だが、
「……この教団はな、表向きは貧民の救済と心の拠り所とやらを掲げちゃいるが、実態は人身売買をおもな生業とする犯罪組織さ。しかも背後にはお隣さんが関わっている」
「隣というと……王国ですか」
王国とは、帝国の南と隣接している大国だ。帝国の建国以来、なんども戦争を繰り広げてきた間柄である。
いまは和平を結んでいるけど、犯罪組織を通じて情報を探ったり、なにかしらの妨害工作を仕込んだりするのは、大国同士では当たり前のことなんだろう。
ということは……
「この子はスパイ……?」
「いや。この様子をみるに、まだ〈教育〉前なんだろう。いちど徹底的に人格を壊して、その後で必要な技術を教え込む。ひどい話さ」
(……そうか、もしかしたら……)
数ヶ月前、エテルと一緒に強盗の拠点に踏み込んだときのことを思い出す。あのときに出会った子どもの暗殺者たちは、この件と関係があるのかもしれない。
「それで、ケイさんはどうしてそこまで事情に詳しいのですか?」
シロンの問いかけに、ケイは困ったように頭をかきながら、
「まぁ……俺と仲間たちは、こういう連中を追っていてね。その一環で子どもたちを保護してもいるのさ」
と答えた。
「……昔、俺は大きな失敗をしてね。大事な……友人の娘と離ればなれになっちまった。同じミスは繰り返したくないのさ。まぁ、その子は立派に大きくなって元気にやっているみたいだけどな」
「……そうですか」
ケイはちらりとシロンを見る。その眼差しには複雑な感情が含まれているように思えた。
「とりあえず、他の子も見つけて、ここから出よう。あとのことは軍に任せればいい」
「そうですね。なぁ、君。ほかにも――」
俺がそう話しかけたとき、
「困るな、そんなことをされては」
地下道に低い声が響き渡る。それまで控えめだった魔法灯が、一気にその光量を増した。
「ウッ、ゥゥゥッ!?」
久方ぶりの明るさに目がくらんだのだろうか。顔を覆って悲鳴をあげる子どもを、背中にかばいつつ俺は声の方に目を向ける。
そこに立っていたのは、上の階で祈祷をしていた司祭だった。
「当教団は来る者を拒まないが、それは邪心のなければの話だ」
「じゃあ説法でもして、改心させちゃくれないか?」
「聞く耳を持たん者に言葉など意味を持たんさ。そういう輩は《これ》に限る」
司祭の腕が持ち上がる。長い袖で隠れていた手には拳銃が握られていた。
「ああ、暴力は万国共通の言語ってやつか」
「千の言葉を尽くすよりも手っ取り早いからな」
「一応聞くけど、その地道な努力をやってみる気は?」
「盗人猛々しいとは、お前のようなやつのことを言うのだろうな」
「あー、そう。そっくりそのまま返すよ」
交渉は決裂した。とはいっても、最初から話し合いで解決しようなんてつもりはない。それは向こうも同じだろう。
言葉を交わしている間に、俺たちは周りの障害物を把握して、向こうは信者たちが通路いっぱいに展開している。
「やれるか、シロン」
「無論です」
地下室に銃声が鳴り響いた。
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