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第33話 大地の信徒たち

 声をかけてきた女性は、やや貧民寄りの一般人に見えた。衣服は色あせ、袖口はところどころ擦り切れている。胸の前で組んだ指には、日々の水仕事によるひびわれ(・・・・)があった。


「その……ええと、ですね……」


 思わぬ言葉で面食らったシロンが、指示を請うような視線を向けてくる。


「……実は俺たち、ちょっと互いの親と折り合いが悪くて、なんかどこにも居場所がなくて。そんなとき、ここの話を聞いたんです。それで、ちょっと覗いてみよう……って」

「あら、そうなのね。もちろん大歓迎よ。さぁさぁ、奥へどうぞ」


 女性はそう言って倉庫の奥に歩き出す。俺とシロンはその後を追った。


「ご主人さま、ここがどういう場所なのかご存じだったのですか?」

「いや、入ってはじめてわかったよ。政府に認可されていない宗教団体ってところだろうな。〈聖天教〉じゃなくても、認可されてれば堂々と看板くらい出すだろ」

「なるほど……では先ほどの言葉は、当てずっぽうで?

「ああ。だいたいの宗教団体は、ああいう悩みを持ったやつには甘いからな。とりあえず受け入れると思った」


 受け皿になるのか、それとも食い物にするのかは別として……だ。

 そんなことを小声で話していると、前を行く女性が振り返った。


「おふたりは学生さん?」

「ええ、まぁ……そんなところです」

「あらまぁ、うふふふ。もしかして学校でもおおっぴらにできないお付き合いなのかしら? 若いっていいわねぇ」

「お、お付き合いなど! 私とごしゅ……」

「いやぁ本当に、2人でこうして会うのも人目をはばかるものですから本当に大変ですよええ!」


 シロンの言葉をさえぎって、わざと少し大きな声を出す。

 そして彼女の肩を抱いて引き寄せると、耳元で(ささや)いた。


「ここで俺のことを〈ご主人さま〉と呼ぶな。呼び捨てだ」

「ひ、ひゃい……」


 そんな俺たちを見て、女性は怪訝な表情を浮かべる。


「すみません、この子ちょっと人見知りがはげしくて。大丈夫だと、言い聞かせていたんです」

「あら、そうなの。あなた顔はちょっと怖いけど、恋人想いのいい人ねぇ」

「こ、ここ、恋ッ……」

「あははは、そんなに直接的に言われると照れますね。なぁ?」

「そ、そうで……そう、ね」

「あらあら、初々しいわ。彼氏さんの言うとおり、ここでは外のことなんて気にしなくていいのよ。みーんな平等なんだから」


 ぎこちない俺たちの会話を、女性は「自然に会話することすら禁じられてきた恋人たちの照れ隠し」と解釈してくれたらしい。「私の若い頃はねぇ」なんて話しながら、倉庫の奥へと案内してくれた。


 迷路のような木箱の道が終わり、少し広い場所似出る。

 そこは、おそらく集会室だった。さまざまな形の木を寄せ集めた、まるで案山子(かかし)のようなオブジェが立てられている。そして、その前では司祭と思しき男が本を片手に説教をしている。


「我らを生かす恵みは、すべて大地からいただいたものです。大地こそ我らの母であり、平等に我らを祝福する真の庇護者です。そして魂が(かえ)る場所なのです……」


 俺たちを案内した女性は、そのままひざまずいて深々と頭を下げ、頭の上でひび(・・)だらけの両手を組んでいる。


「……地方の民間宗教、でしょうか」

「ああ、たぶんな。そうメチャクチャな教えってわけでもなさそうだ」


 小声で話しながら、俺は倉庫の内部を観察する。生け贄やら乱交やら、そういった類いの儀式を行っている様子はない。


(魔神崇拝じゃなさそう、だな)


 とりあえず危険はないと判断して、シロンに問いかける。


「お前が追ってきた男ってのは、このなかにいそうか?」

「…………」


 シロンは地面にひざまずく信者たちの姿をじっと眺める。シロンなら後ろからでも目的の人物を見分けることはできるはずだ。それができるようにモータロンド家で訓練を受けている。


「……いえ、いませんね」

「そうか。じゃあ次だ」


 司祭の説教は終わり、祈りへと移っている。両手を組んで目を閉じ、大地の神への祈祷(きとう)を唱えはじめたところで、俺たちはそっと集会室をあとにする。


 まだ倉庫から立ち去るつもりはない。木箱に挟まれた道を戻り、別の方向へと足を進める。


「ごしゅじ……ヴィオ、ランス」

「ん、どうした?」

「もし探している人に会えて、それがお父さんだったとして……私は、自分がどうするかわかりません」

「……安心しろ、ヤバそうなら俺が止めるよ」

「……ありがとうございます」


 そうこう話していると、俺たちの目の前に倉庫の壁が現れた。ところどころ(すす)けた赤い煉瓦が天井まで続いている。


「……行き止まりですね。引き返しましょうか」


 そう言ってシロンは(きびす)を返そうとする。


「ちょっと待て」


 俺は彼女を呼び止めた。


「戻るのは、ちゃんとここを調べてからだ」


 根拠はない。〈原作知識〉でもない。

 強いて言うなら〈前世〉で(つちか)ったカンだ。行き止まりが本当に無駄か疑うのは、探索の鉄則である。


 壁に手を当てて、視覚ではなく触覚を頼りに違和感を探っていく。ハトリやエテルなら数秒もかからないんだろうが……


「……ヴィオランス、別の(ひと)のことを考えていますね?」

「その言い方はやめてくれないか」


 そのとき、指先がなにか冷たいものに触れた。罠を警戒しつつ、慎重に探り当てていく。


(扉……引き戸か……?)


 学院の七不思議事件と同じ、投影の【魔法】による隠蔽(いんぺい)だ。

 それも、かなり高度な。


(……ただの宗教団体じゃあ、なさそうだな)


 そう心のなかで呟いたとき、


「おい、そこで何をしている」


 俺たちの後ろ……つまり唯一の退路から、男の声がかけられた。

読んでいただいてありがとうございます!

宗教団体編、これから楽しい探索パートです。


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