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第32話 とある男

「え、ええと、あの……ちょっと……」


 泳ぎ出しそうな眼球を根性で制御しつつ、俺は必死で言い訳を探す。資材の仕入れ、道に迷った、自分探し……どれも無理がありすぎる。


「……すみません」


 時間にして約1秒。脳内会議の結論は〈全面降伏〉だった。俺は(いさぎよ)く頭を下げる。


「実はシロンがどこに出かけてるのか気になって……後ろ、つけてた。ごめん」

「出かけてくると言ったはずですが?」

「それはそうなんだけど、なんかいつもと違う格好をして出てくから、どうしても気になって」

「私の個人的な時間をのぞき見しようと?」

「うう……それは、その……」


 弁解の言葉を絞り出そうとして、あることに気付いた。

 シロンからはまるで怒りの気配を感じない。それどころか、言葉にはどこか楽しそうな響きがある。

 思い切って頭を上げてみると、


「あら、もうおしまいですか?」


 わずかに微笑むシロンの姿があった。


「おまえ……俺をからかって楽しんでるな!?」

「おや、そう見えますか」

「見えるどころかバレバレだよ。何年一緒にいると思ってんだ」


 俺の言葉に、こんどこそシロンは我慢がしきれずクスクスと笑い出す。こいつが声に出して笑うなんて、年に数回あるかどうかだ。


「ふふふっ、そうでしたね。ごめんなさい、しおらしいご主人さまが思ったより可愛くて、つい意地悪をしたくなりました」

「おまえなぁ……」

「それで、ご主人さまは私が男性と逢い引きでもしていると思っていたのですか?」

「あいっ……」


 ずばり問われて声がうわずる。素直に認めるのはなんだか少し悔しいが、尾行していたのは事実なのでウソをつくわけにもいかなかった。


「……その可能性も、まぁ考慮してだな……」

「どうしても気になってしまったと?」

「…………悪かったな」


 シロンから視線を逸らす。頬が熱くなっているのが自分でもよくわかっていた。


「ふふっ、わかりました。その素直さに免じて、尾行の件は不問としましょう」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「いえいえ、どうかお気になさらず。それよりも、ですね」


 コホン、と咳払いをしてシロンが普段の冷静な表情に戻る。


「私が出かけていた理由は、ある人の行方を捜していたからです」

「知り合いか?」

「……おそらくは」


 シロンが少しうつむいて言葉を続ける。


「幼いころ……モータロンドのお屋敷でご主人さまと出会う前、まだ私のお母さまが生きていらした頃に、会ったような気がするんです」


 シロンの言葉に俺もつい考えこむ。彼女が屋敷に来たのは3歳の頃。人の姿形をはっきりと覚えているなんて、あり得るのだろうか。

 逆に言うと、それだけ幼くても覚えているのなら、


「……父親、なのか?」

「わかりません」


 シロンはかぶりを振る。彼女の父親はそれこそ物心がつく前に家に帰らなくなっていたという。それが原因で母親は心を病み、幼いシロンを残して自ら命を絶った。


「それでも確かめたい。そう思ってしまうんです」


 確かめてどうするというのだろう。仮に父親だったとして、恨みをぶつけるのか? 母親の仇でもとるつもりなのか? 俺にはわからない。

 もどかしくて、少しだけ寂しい。ずっと昔から一緒にいるのに、いまシロンが抱えている気持ちが何なのか理解できない。だから……だろうか、


「……だったら確かめよう。俺も協力するよ」


 気がつけばそう口にしていた。


「ご主人さまのお手を(わずら)わせるわけには……」

「ここまで来てるんだから同じだって。人手は多い方がいいだろ?」

「それはそうですが……」


 シロンはちらりと俺の背後を見遣る。振り向くと、その視線の先には、さっき気になった倉庫があった。相変わらず、ときおり人が中に入っている。


「あそこがどうかしたのか?」

「私が追っている男性はあの倉庫に入っていったのです。ですから、私も今日あそこに入ってみようと考えていました」

「……そうか、じゃあ行ってみよう」


 そう言って建物へと歩き出す。シロンは慌てて駆け寄ると俺の隣に並んだ。そして小声で、


「もし危険な場所でしたら、ご主人さまを近づけるわけにはいきません」

「だったら尚更、シロンを1人で行かせられないだろ」

「……もぅ。ずるいです、その言い方」


 シロンが小さく息を吐いたところで、ちょうど倉庫の前についた。扉には見張りもいなければ、鍵らしきものもついていない。


「ご主人さま、扉は私が開きます」

「たのんだ」


 念のため小型の魔銃を持ってきている。それをいつでも抜けるように意識しつつ、俺はシロンが引いた扉の内側に身を滑り込ませた。


「…………」


 見た目通り古い倉庫だが、造りはしっかりしている。木箱が積み上げられていて奥まで見通すことはできないが、そこかしこに人の気配があった。ひそひそと何を話す声もするが、物騒な空気ではない。

 俺に続いてシロンが建物の中に入ったところで、積み上げられた木箱の陰から人影が現れた。


「あら、見ない顔ね」


 中年の女が、にこやかに微笑んで言う。


「もしかして入信の方?」


読んでいただいてありがとうございます!

シロンが追う男と宗教団体(?)の関係やいかに。


「面白かった!」

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