第28話 きれいなひと
「あたしねぇ、お姉ちゃんのこと大好きだったんだ」
ハトリは金色の瞳で、金色の花を見つめながら話す。
「お姉ちゃんね、昔からしっかりしてて、かっこよかったの。銃の撃ち方も、お父さんから教えてもらってすぐに覚えて、狩りのお手伝いをしてて、すごいなぁって思ってたの」
「じゃあ、あのツンとした感じは昔からなのか?」
と俺が訊くと、ハトリは、
「うん、そうだよぉ。兵隊さんになってたのはビックリしたけど、お姉ちゃんには会ってるのかもって思ったんだぁ」
と目を細めた。
「お姉ちゃん、ああ見えて本当は優しいんだよ。あたしがお父さんにご飯をもらえなかったときも、こっそり自分が狩りに持って行く干し肉をくれたりしてたの」
昔を懐かしむハトリの言葉には暖かみがあった。
こいつは自分を捨てた家族を恨んでない。悲しくて寂しくて辛くても、〈バケモノ〉として生まれた自分が悪い。そう本気で思ってしまうような、優しい女の子だ。
「あたし、お姉ちゃんみたいにかっこよくなりたかった。学院に入ってから、いっぱい本を読んで、昔お姉ちゃんがやってたみたいな、ちゃんとした銃の使い方を身につけたかったんだぁ。そうしたらさ――」
ハトリが口をつぐむ。
出会ったあの日のように、その両目には涙がたまっていた。
「もしも、また会えたとき……褒めてもらえるかなって。立派になったんだねって、言ってもらえるかな……って、思ってたんだけど……なぁ」
瞬きをすると、透明な滴と一緒にハトリの感情があふれはじめる。
「ぜんぜんダメだったよぉ……あたし、なにが間違ってるのかなぁ。シロンちゃんもエテルちゃんも頑張って強くなってるのに、あたしだけ置いてかれるの、やだよぉ……」
「ハトリ……」
その悲しみを、俺は本当の意味で共有できない。
そして、大丈夫だとか、なんとかなるだとか、強くなれなくても俺は一緒だとか、そういう簡単な言葉でごまかしていいことじゃない。
だから俺は、黙ってハトリの手を握った。
「うっ、うぅ……ご主人、ちゃん……」
ハトリの泣く声が風に乗って木々の間を抜けていく。
俺は手から伝わるハトリの体温を感じながら、流れていく時間に身を任せていた。
どれくらいそうしていただろうか。
気がつくとハトリは泣き腫らした目で俺をじっと見ていた。
「あのね、ご主人ちゃん」
「ん? どうした」
「あたしね、やっぱり〈バケモノ〉なんだと思うんだぁ」
「お前、そんなこと――」
言うなよ、と言いかけてやめる。きゅっと力が入ったハトリの手から、彼女が何かを決めたということが伝わってきていた。
「あたし、やっぱり人とはちょっと違う。変な子なんだと思う。ご主人ちゃんやみんなが大事にしてたから、そのことをあんまり気にしなくてよかったんだぁ」
でもね、とハトリは言葉を続ける。
「……きっと、それじゃダメなんだと思う。自分が変な子だって受け入れなきゃ、きっと強くなれない。ご主人ちゃんを守れないんだ」
「そっか……」
止めるべきなのかもしれない。甘やかして、守って、たとえ鳥かごのなかでも楽しく笑っていてくれと言うべきかもしれない。
だけど、俺がこいつの居場所を守りたいと思うのと同じくらい、きっとハトリも強く在りたいと願っている。
「俺にできること、あるか?」
「……そだね、えっとぉ……」
何かを考えこむハトリ。しばらくゴニョゴニョと何かを呟いていたが、やがて俺を上目遣いに見つつ、
「見ててほしい……かな。あたしのこと、ずっと見ててほしい。ご主人ちゃんが、あたしのこと見て、その……大事な人だなって思っててくれたら、すごく嬉しいし……」
ハトリは俺に体を寄せ、そのまま顔を近づける。
「勇気が出ると思うんだ」
柔らかいものが唇に触れた。
しばらく2人の体温が重なり、やがて離れる。
「えへへぇ……ドキドキしちゃうね」
「そ、そう、だな。うん」
恥ずかしくてハトリの顔を正面から見ていられない。
だけど、そんな俺を真っ直ぐに見て彼女はにっこり笑った。
「あたし、覚えてるよ。ご主人ちゃんが初めて会ったとき、あたしの眼をキレイだって言ってくれたこと。変だって、バケモノだって、いいんだ。そんなあたしがご主人ちゃんにとって特別で大事なら、あたしは何があっても平気だよ」
空から差し込んだ光がハトリを照らす。
その眼はたしかに人と違う、異形と言っても差し支えないものだ。
だけど、野に咲く花のように金色に光る彼女の瞳と、愛らしい顔で笑うハトリを、俺はただ素直に綺麗だと思った。
* * *
俺たちが森から戻ると、屋敷の前の広場でオルスタ隊長やシロンたちが待っていた。
「すみません、遅くなりました」
「戻ってきたならいいってことよ。ちと遅かったぶんは追加の基礎トレで勘弁してやる。……で、ハトリちゃんはやれんのかい?」
オルスタ隊長の言葉にハトリはうなずく。一度きゅっと強く握った俺の手を離して、一歩前に進み出た。
「はい。もう一度、中尉さん……お姉ちゃんと戦わせてください」
「……だそうだ。どうする、中尉」
とオルスタ隊長が後ろを向いて声をかける。中尉は相変わらずの冷たい眼差しをハトリに向けて、
「ええ、かまいません。それが私の任務ですから」
と答える。
日はいつの間にか傾いて、姉妹の姿を赤く照らしていた。
読んでいただいてありがとうございます!
ついにハトリも嫁ランクアップです。
負けヒロインがいない。書いてる方も安心できますね。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら★★★★★を押していただけると励みになります!
ブックマークもぜひお願いします!




