第20話 ファンタジック除霊
「で、でで、でた……」
カーラがその場にぺたんと座り込む。ミジィルが「カーラちゃん!」と叫んで抱きしめるが、それ以上は動けそうもない。
「くび、なおして、くび、わわ、わたしの、くび」
女子生徒が一歩前に出ると、その首がぐらぐら揺れる。俺が、
(ああ、そうか。きっと骨がどこかで外れていて、皮や肉だけで胴体とつながっているんだろうな)
と場違いな感想を抱いていると、アオイが前に出て女子生徒に両手をかざす。
「天の光よ我らを遍く照らし、澱む翳を浄めたまえ。〈赦光浄化〉!」
【浄化魔法】のまばゆい光に照らされた亡霊は、その実体を失って消え去る――
「なっ……?」
アオイが発した驚きの声が、クラスメイトたちの希望を打ち砕く。
変わらずそこに立っていた女子生徒が、にやぁっと口を開いて笑みを浮かべた。黄ばんで数本抜け落ちた歯の隙間から、「うるぅるるぅぅ」と意味の分からない声が漏れている。
「ひ、ぃ……」
とカーラが悲鳴を漏らしたとき、窓の外から激しい光が差し込み、
ドンッ!
と轟音が教室の窓ガラスを震わせる。
雷だ。
ほんの一瞬だけ全員の注意が窓の外に向き、また視線を戻したとき、
「……いない……?」
女子生徒の姿はなかった。教室を見渡して、クラスメイトたちがひと息つく。だけどそれは、安心よりも戸惑いの色が濃い。互いの顔を見合わせてみるが、誰も口を開かなかった。部屋には雨と風の音だけが響く。
ただ俺だけが床に膝をついて、女子生徒が立っていた場所を調べ始めていた。
「ご、ご主人さまは何をしているのですか?」
落ち着きを取り戻したシロンが近寄ってきて、俺と同じように膝をつく。俺は床を触ったり、低い位置から机を見たりしつつ、
「仕掛けを探してるんだよ」
と答えた。それを聞いて、黙っていたやつらも集まってくる。
「仕掛け、とは……?」
「さっきのヤツが、どうやって出てきたのかってこと。お前らも何か変なものを見つけたら教えてくれ」
「いやいやいや! 何言ってんの!?」
カーラが大声をあげる。
「アオの【浄化魔法】が効かなかったんだよ!? 絶対フツーじゃないって! 早く出ようよ、ここ!」
「アオ?」
「アオイのこと!」
さりげなく学年主席にアダ名をつけているが、その声は必死だ。間近でアレを見たのだから、たしかにショックは大きいだろう。
「……アオイ、【浄化魔法】が効かないアンデッドなんているのか?」
「いない、とは言い切れません。私の実力がまだまだ不足していたのか、よほど想いが強いのか……」
顎に手を当てて考えるアオイに、アルカが、
「アオイ……さんの実力不足ってことはないと思う。さっきの【浄化魔法】は高位聖職者と同じ威力だよ。あれで消えないなら、この校舎を丸ごと封鎖して儀式でも行わなきゃ対処できない」
とフォローした。そして「ありがとうございます」と言われて顔を赤くしている。はたから見て分かりやすすぎるぞ、主人公くん。でも言ってることは正しい。
「俺も同じ意見だ。アオイに消せない強さの怨念だったとして、急に消える理由がわからないだろ? 噂話みたいに俺たちを全員殺してもおかしくないのにさ」
「えっとぉ、本当はいい幽霊とか~?」
「その可能性は否定できないけど、やっぱり何も訴えてこないのが気になる。ハトリ、お前から見て、この教室に気になるものはないか?」
「ん、ちょっと待ってねぇ」
ハトリは自分に【付与魔法】を使って視覚を強化する。本人いわく「熱いところとか、冷たいところとか、ぐるぐるざぱぁんってしてるとこがよく見えるんだよぉ」ということらしい。つまりは、温度の高低や【魔素】が極端に濃い場所なんかを視覚で感知できるということだ。
これは生まれつき持つ特別な〈眼〉があってこその、かなり反則級の合わせ技だ。なにせ、暗闇だろうと【魔法】で姿を隠していようと、ハトリの眼からは逃げられないんだから。
「……あ、なんか変なところがあるよ。そこの机の裏とぉ、上の~、ほら、あそこ!」
「ん? どの辺り?」
「ほら、あれあれ! ……ちがう~、もっとこっち! ……もぉ、ご主人ちゃん人差し指立てて! 教えたげるからぁ~」
ハトリが後ろから俺の手を掴んで、異常があるところを指させようとする。
背中に柔らかい感触があたり、耳に温かい息がかかり、思わず俺の体温が上がる。
(おおおお!? 落ち着け、別にどうってことないだろ。ハトリは家族だぞ? これくらい普通だろ……)
「ご主人ちゃん、どしたの? 顔赤いよぉ?」
「問題ない。ぜんぜんない。これっぽっちもない」
「ふふっ、そぉ~?」
なぜか楽しそうなハトリから、指してもらった天井の一部分に注意を向ける。そこには――
「……なんだあれ。魔法陣か?」
円とその内側に複雑な模様が描かれていた。
* * *
「幻影を映し出す装置だなァ、こりゃ」
実習室の隣にある準備室から、ロックが小さな箱を持って出てきた。
俺がハトリに【魔素】の流れを視させて、その経路の1つが別の部屋から実習室に流れていることを突き止めた。
そこでロックに準備室を調べてもらったわけだ。
「はぁ~? 幻影!?」
「それにしては迫力があったけど……声も出てたし、足音もあったよね?」
カーラとミジィルは言っていてさっきの光景を思い出したのか、ひっついてブルリと震えた。
それに対してロックは恐怖心がすっかり消えたのか、箱を弄りながら感心した声をあげる。
「声も音も仕掛けだよ。特定の条件で起動するように仕組みが作ってあるんだな、大したもんだぜ。ヴィオランス、前に音と光を一緒に出す【魔法具】が欲しいって言ってただろ? アレのいい参考になるぜェ、こいつは」
「マジか。そりゃ助かるな」
「ちィっと小型化は頑張らなきゃいけないが、そこは何とかなるだろ。任せとけ」
「さすがロックだな。頼りになるぜ」
「いやいやいや! なに2人で盛り上がってんの!?」
カーラが俺たちのやりとりを遮る。
「じゃあ、なに? あーしら誰かにビビらされたってこと!?」
「そうなるな。タチの悪い亡霊じゃなくてよかっただろ?」
「はぁ~~~~っ!?」
とカーラの声に怒りが混じる。
「ふっざけんな! どこのどいつがやってんの!? ぜってー許さないし!」
「そ、そうだね。私たち以外にも怖い思いをした人がいるなら、許せないよね……!」
とミジィルも小さく拳を握ってうなずく。腰を抜かした女子2人は、ついさっきまで感じていた恐怖が怒りに反転したらしい。その様子を見たアオイは、
「人為的な事件なら罰を与えなければいけませんね。他の場所も見て回ってみましょう。犯人の手がかりがあるかもしれません」
とやる気まんまんだった。
いや、それはいいんだけど――
「俺らの目的は試験べん……」
「ぜってー捕まえる! そんでもって泣かす!」
「やろう!」
「この装置のこと、いろいろ聞きてェしな」
「私たちはご主人さまについていきます」
とすっかり盛り上がっているクラスメイトたち。
(どっちみち勉強には集中できないか……)
俺も諦めて、この幽霊騒ぎの犯人を捜すことにした。
それに、こうやってクラスメイトと一緒に盛り上がるの、ちょっと〈前世〉から憧れていたんだよね。
読んでいただいてありがとうございます!
学校で心霊体験とかちょっと憧れますね。
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