第19話 ファンタジック七不思議
* * *
学院にはね、7つの呪いがかかってるんだよ。
旧校舎の第2実験室もその1つでさ、雨が降る日に教室に入ると、いじめられて死んだ女子生徒の幽霊が出てきて「私の首が曲がってるの。直してくれない?」って言うんだ。
直してあげるって答えたら?
幽霊は「じゃあ、あなたの首をちょうだい」と言って首を千切ってくる。
直さないって答えたら?
幽霊は「あなたも私に意地悪するのね」と言って首を折ってくる。
実際に第2実験室では怪死した生徒がいるらしいんだよ……
* * *
「へぇ」
「反応うっすいなぁ! 話し甲斐がないよ、もう!」
とアルカがぷんすか怒る。「悪かったって」となだめつつ、俺は廊下に置かれた机を避けた。
ここは旧校舎の3階。突き当たりに第2実験室がある。俺たちから少し遅れてクラスメイトたちがついてきていた。
「だいたいさ、出会った時点で絶対死ぬんだろ? だったら幽霊と話した内容は誰が広めたんだよ?」
「そりゃあ……なんか逃げる方法があるんじゃない? 呪文を言うとか、その女子生徒が嫌いなものを見せるとか」
「だったらその方法も伝わってなきゃおかしいだろ」
〈前世〉で通っていた小学校にも似たような噂があった。たぶんこの世界でも数え切れないくらい同じような話があるんだと思う。
「だいたい、アンデッドは教会の【浄化魔法】で退治できるだろ? どこが怖いんだよ」
正体も対処方法も分からない相手ならともかく、この世界じゃ死者の怨念はモンスターと同じような扱いだ。怖がる必要なんてまったくないと思うんだけど。
首をかしげる俺に、カーラが、
「そういう問題じゃないし! もっとこう……感覚的なヤツなの! エモなの!」
と反論して、ロックやミジィルもうなずいていた。
(怪談ってエモなのか?)
つーか、この世界にもエモって言葉あるんだな、何語由来だろ……なんてことを考えているうちに〈第2実習室〉というプレートがかかった扉にたどり着いた。
ざぁっという音に振り向くと、雨が窓ガラスを叩いている。旧校舎は経費節約のため魔法灯が間引かれているから、けっこう薄暗くて不気味な雰囲気が漂っている……ように感じなくもない。
「ご主人さまはまったく平気なのですね。幽霊が怖くないのですか?」
とシロンが訊いてくる。
「怖くないっていうか、その手の話は聞き飽きたっていうか。シロンは怖くないのか?」
「大丈夫です。鍛え抜かれた肉体さえあれば怖いものなどありません」
「腹筋割れてる女子は言うことが違うなぁ」
と妙な感心を抱いたとき、
「その通り! たゆまぬ努力を重ねていれば未知に対する恐れなど微塵もありません!」
という声が廊下に響いた。
見ると、第2実習室の扉を挟んだ反対側に1人の女子生徒が立っている。
「あ、ああ、アオイ! ……さん!?」
アルカがうわずった声をあげる。その言葉のとおり、アオイが堂々とした足取りで俺たちの方に近づいてきた。
「ええ、アオイ・カエルレルムです。そういう貴方はアルカ・シエルアークさんですね?」
「あ、そう……です。僕のことを知っているんですか?」
「ええ、もちろん」
アオイはアルカの前に立つと目を細めた。その目つきは劣等生を見下す学年主席や、ちょっと顔がいい異性を眺める女子ではなく、玩具を見つけた子どものように純真で残酷な光を帯びている。そして、
「入学式と学級試験を無断欠席した、ヴィオランスと並ぶ前代未聞の問題児。でも実力は上級生に匹敵するとか。私、貴方の話を聞いてからずっと会ってみたいと思っていたんですよ」
と言って微笑んだ。アルカは、
「え、ええと、それは嬉しい……です」
と顔を赤くしてモジモジしていた。好きな女子にグイグイ来られて胸高まっているところ悪いけど、ここは口を挟ませてもらおう。
「アオイ、どうしてここに?」
「ヴィオランスが第2実習室を使うと耳にしたので、私一緒に入らせてもらおうかと思ったのです」
「……もしかして幽霊の噂を確かめたいのか?」
「ええ。中間試験前なのに噂話を恐れて施設を使えないと聞きました。学業に差し障りがある噂など、早く真相を究明して消してしまわなければ」
「さすが優等生はやることが違うな」
「内申点稼ぎです♪」
俗な動機も、アオイが堂々と言えば偉大な計画のように思えてくるから不思議だ。これがカリスマ性というやつかもしれない。
「もし本当にゴーストやらレイスやらが出たら、アオイが対応してくれるんだよな?」
「ええ、もちろん。【浄化魔法】は得意としていますから、ご安心ください」
「だってさ」
と言って後ろを振り返ると、クラスメイトたちは安心した様子だった。
そうなったら、さっさと入って噂を検証するに限る。俺は手にした鍵を扉に差し込んで回す。古い錠は何度か途中で引っかかったが、すぐに回しきることができた。
ガチャリ
扉を開けて中に入る。部屋のなかには古い木製の作業台が10卓ほど並んでいる。壁際には棚があって、実験に使う器具が収められていた。
部屋を見渡したロックが、
「ふゥん……古びちゃいるが、手入れはされてるみたいだなァ」
というと、アオイが、
「旧校舎の部屋も定期的に清掃を行っているそうです。実験や工作は問題なく行えるはずですよ」
と答えた。入学してから数ヶ月で、もう学院の運営を取り仕切る側に回りつつあるらしい。卑下するつもりはないけど、ずいぶんと差がついたと感じるのも事実だった。
みんなでしばらく実習室を見て回るが、特におかしなところはない。
ハトリが「んー」とうなる。
「アルカちゃん、さっきの話って、ここで合ってるよねぇ?」
「うん、そのはずだよ。けどまぁ、結局は噂だからね。根も葉もなかったってことじゃないかな」
「ううん、そんなことないよぉ。だってほら、カーラちゃんの後ろ~」
ハトリがすっとカーラを……いや、そのすぐ隣を指さす。
「は……?」
カーラは恐る恐る振り返り、
「きゃああああぁぁぁぁぁ!?」
と悲鳴をあげた。
無理もない。そこには、
「わ、わわ、わわたし、の、くく、くび」
やたら大きな頭をがくりと横に傾けた女子生徒が、赤黒く濁った目をカーラに向けていた。
読んでいただいてありがとうございます!
唐突なホラー展開ですが、あくまでファンタジーなのでご安心ください。
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