第15話 もしも何かが違ったら
俺の視界の端でなにかがきらめいた。
それに気付くと同時に、俺は無理矢理に体をひねる。
「ぅ、おぉぉっ!?」
次の瞬間、俺の目の前を短剣の刃が掠めていった。
(っぶねぇぇ! エテルやアルカと訓練してたからギリギリ避けられたけど、当たってたら片目取られてたぞ……!)
襲撃者は俺を深追いせず、短剣を構え直す。
――女の子だ。年頃は裏手で捕縛したやつと同じくらい。まだ10代の半ばにもなってないだろう。やっぱり痩せていて、服も粗末だ。
たぶん自分で切っているだろう乱雑な前髪から、感情の読めない眼が俺を見すえている。そんな彼女は――
「んっ!?」
と声を漏らして数歩下がった。ほんのわずかな差で、経っていた場所に数本のダガーが突き刺さる。
「ウチのご主人に手ェだすとは、いけない野良猫っスねぇ」
エテルが俺と少女の間に入ってナイフを構えていた。そのまとう空気が、ちりりと冷えていく。
そして、いつものエテルからは考えられない冷えきった声で、
「死ねよ、お前」
と呟いた。
「おい、エテ――」
俺が止める間もなくエテルが少女との距離を詰める。
ナイフが弧を描いて少女の首筋を狙い、短剣で止められる。
でも、それは誘いだ。
「素直すぎ」
「ッ!?」
エテルは腕を引きつつ手のなかでナイフを反転させる。
そして短剣の内側へと切っ先を突き出し――
「が……ァッ!」
獣じみた叫びをあげ少女はエテルを蹴って距離を離す。
より正確に言うと、エテルを足がかりにして後ろへ跳んだ形だ。
しかし、それもエテルの想定内でしかない。
「馬鹿が。そりゃ詰みだ」
エテルが両手を広げる。いつの間にか、その指には数本のダガーが挟み込まれていた。
跳んで距離をとった少女は、重心が脚に乗っていて次の運動に移れない。
金属鎧でも着ていないかぎり、エテルの暗器を受けて無事では済まない。ましてや、あの小柄な少女では……
「エテルッ!」
俺が声をあげると同時に、エテルの腕が鞭のようにしなって8本のナイフを放つ。
それは少女に迫り――
「ぎィァァァッ!?」
その両手両足を貫いていた。少女は後ろに倒れ、そのまま動きを止める。
勝敗は完全に決した。
ガタリと物音がして、そちらの方を向くと、10歳にも満たない子どもたちが制圧された強盗団の大人と俺たちに、恐怖と戸惑いの眼差しを向けていた。
(戦意はなさそうだな。命令がなきゃ動けないってところか……)
わざわざ攻撃して無力化する必要もなさそうだ。エテルに目を向けると、少女の傍らに膝をついて何かを確認していた。
俺は片方の魔銃を腰に収めると、そっちに近づく。
「ぐ、ァァ、ゥゥゥ……」
少女は両目から涙を流しつつ、激痛にうめいていた。そりゃ、鋭い刃物で八カ所も貫かれれば、痛いなんてもんじゃないだろう。致命傷じゃないが、重傷には違いない。
そんな少女にかまわず、エテルは無理矢理口を開けさせて、その中に指を突っ込んでいた。
「エテル、お前……」
「……自決用の毒は仕込まれてないみたいっスね。動きは暗殺者の端くれでしたけど、筋金入りじゃないっスよ、この子は」
「……そっか」
指についた唾液を少女の服で拭き取り、エテルは立ち上がる。少女は俺たちを見上げながら、苦悶まじりの声で言った。
「ご主人サマ、命令……お前ら……殺す、絶対……!」
「……大丈夫だ。そのご主人サマは向こうで氷漬けに――」
「そうじゃないっス」
俺の言葉をエテルが遮る。
「命令されてるんスよ。それは主がどうかなんて関係ないス。たとえ死んでても次の命令を貰えるまで動き続ける。そういうもんなんス」
少女を見下ろすエテルの横顔は、どこか自嘲めいた笑みが浮かんでいた。
「アンタは運が悪かったっスね。ウチと違って……」
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