第8話 原作にない!?
〈カッパー〉クラスの担任教師は、ヴィステ・キルヤナインという女性だ。【魔法医療学】の専門家で、超がつく研究好き。
不名誉でしかない最底辺クラスの担任を引き受けている理由は「テキトーに放っておいて、そのぶん自分の研究に時間を使えるから」。性能は優秀だけど、性格にはかなりクセがある人だ。
「……キミら、そんなに壁際が好きなの? 気持ちは分からなくもないけどさ、アタシの首が疲れるから、もうちょっと真ん中寄ってくんない?」
ヴィステ先生に促されて、ほんの少し教室の真ん中に寄る。向こう側も同じように席を移ったけど、やっぱり誰も座らない席が鏡界線のようにできていた。
「ハァ……もういいよ。キミらに協調性があろうと無かろうと、アタシはどうでもいいしね」
そう投げやりに言って頭を掻く先生。ついでに大きなあくびをする。目の下にクマがあるところを見ると、きっと徹夜で研究していたんだろう。
「あらためて、〈カッパー〉クラスの担任のヴィステ・キルヤナインだよ。ウチのクラスは生徒の自主性を重んじるから、自習が8割。わかんないことがあったら質問しにきて。座学なら大体のことは答えられるから」
先生は指先くらいのチョークの欠片を持つと、黒板に大きく〈自主性〉と書き込む。職務怠慢の間違いじゃないか、と内心ツッコミを入れた。あと字がすげぇ汚い。
「ご主人さま。自習が8割ということは、筋トレしていても問題ないということですね?」
「そうなるな。ちなみに1年後の昇級試験に落ちると即退学だから、ちゃんと勉強もしとけよ」
「なんという邪知暴虐……!」
「いや普通の制度だろ」
帝国軍の士官はみんな脳筋だとでも思ってるのか?
……ふと気になって他の2人を見ると、シロンと同じような「なんという不条理」という表情を浮かべていた。
視線を感じて反対側に視線を向けると、アルカ以外の5人も驚きの表情を浮かべていた。
(あ、そうか。この話って1ヶ月くらい先のイベントで明かされるんだっけ……?)
「ふーん、貴族の情報筋ってヤツかな? 彼の言うとおり、このクラスの生徒は1年後の昇級試験に落ちると強制退学だ。逆に言えば、そこで結果を残せば2年目は上のクラスで授業を受けられる。頑張れー」
「いやいや、ちょっと待ってくれよ! アンタ先生なんだろ? だったら授業してくれよ!」
「そーだよ。自習8割とか、ふざけんなし!」
最前列のロックが声をあげると、隣の女生徒が同調する。でも、そんな言葉で動かされるほど、目の前の研究マニアは甘くない。
「やだよ。キミらさ、自分がなんでここに居るか分かってる? 入学初日に来なかったり、試験サボったり、どうしようもない成績とったり、自業自得なわけ。ようするに考えが甘いんだよ」
「だけどよォ……」
「アタシはこのクラスの生徒が0人でも給料変わらないし、むしろ研究時間が延びるの。質問に答えてあげるだけ感謝してほしいよ、ホント」
先生のキツい言葉で、教室が静まりかえる。
みんな、本当は分かっているんだ。自分たちが〈落ちこぼれ〉だって。でも、それぞれに事情があって、士官学院に望みをかけている。
それを識っているから、俺は黙っていられなかった。
「……さすがに、言い過ぎじゃないですか」
「ん?」
「試験を受けなかったり、成績が悪かったりしても、貴族なら大目に見られたり、なんだかんだ理由をつけて再試験になったりしてるでしょ。こいつらは平民だから、そうならなかっただけだ。上のクラスにはもっと酷い〈落ちこぼれ〉が山ほどいるじゃないですか」
俺から反論が入るとは思っていなかったんだろう。先生は「へぇ」と呟いて、タバコをくわえた唇の端をつり上げた。
「さすが入学初日に上級生を病院送りにした問題児くん。言うことが違うねぇ」
「ただの事実ですよね?」
「……たしかに、その通り。キミの言葉は正しい」
だけどね、と先生は言葉を続ける。
「それを指摘したところで現実は変わらない。キミらに事情があるからって、アタシが自分の研究を放り出して面倒を見てあげなきゃいけない理由にもならない。でしょ?」
「そうですね。ひとこと言いたかっただけです。失礼しました」
俺は素直に引き下がる。いま感情をぶつけたって意味がない。この人を動かすには、もう少し準備が要る。
「はい。じゃあ早速、今日は自習ね。屋内演習場を借りといたから、みんなで遊んで親睦でも深めてきな。アタシは奥の準備室で寝てるから、終わったらテキトーに帰っていいよ。じゃねー」
一方的に自習を言い渡し、先生はスタスタと教室から出て行った。
扉が閉まる音が教室に響き、その後は気まずい沈黙が満ちた。
どうしていいか分からず、無言でチラチラと視線を交わすクラスメイトたち。俺はしばらくその様子を観察して、席から立ち上がった。
「どうしたんだよ、貴族サマ」
「演習場に行く。時間がもったいないし、試したいこともあるし。自習なんだし、お前らは好きにしたらいいと思うよ」
「言われなくてもよォ……」
「僕は演習場に行くよ」
ロックの声を遮って、アルカの言葉が響いた。
「ヴィオランス・モータロンド。君に模擬戦の相手をしてほしい」
俺を真っ直ぐに見る緑色の瞳には、なにか決意のようなものが宿っているように感じられた。
◇ ◇ ◇
運動着に着替えた俺たちは、屋内演習場――いわゆる体育館に移動してきた。
初対面のクラスメイトが模擬戦をする。しかも片方は、なぜかやる気まんまんだ。
この妙な状況が気になったのか、結局〈カッパー〉クラスの生徒はみんな集合している。
クラスメイトたちから少し距離をとり、俺とアルカは武器を手にして向かい合っていた。
「……魔銃か。しかも2丁持ちなんだね」
「ああ。剣や杖を使ってほしければ、そうするけど」
「いや、いいよ。問題ない」
そういうアルカは短めの剣をそれぞれ両手に持っている。
(双剣か。たしかに速度重視の成長なら初期でもアリだけど……)
武器を試したいから、俺に模擬戦の相手を頼んだのか?
……いや、違う。
アルカは準備運動がてら、2本の剣を軽く振る。その動きには無駄がなくて、武器を持て余しているようには見えない。
ちらりとシロンたちに視線を送ると、あいつらもどこか緊張した様子でアルカの動きを見ていた。
「誰か【結界魔法】をお願い」
アルカの言葉で、眼鏡の女子生徒が【結界魔法】を発動する。
学級試験の時と同じように、俺とアルカは正方形の結界内に隔離された。
「じゃあ、いくよ」
「ああ。いつでも――」
俺は最後まで言葉を言い終えることができなかった。
首を狙った刃をとっさに避けるので、精一杯だったからだ。
(は……?)
〈加速〉をかけてギリギリなんとか避けられる斬撃。
模擬戦のライリア先輩より、ずっと速い!
(そんな馬鹿なことあるか!? 入学時のアルカのステータスは、俺よりずっと低いはずだ。それが学院内最強のライリア・ウェンバーより強いなんてこと、あり得るのか……!?)
混乱する思考をなんとか制御しつつ、2撃めを避け、3撃めを魔銃で受け止めた。
至近距離で押し合う形になって、俺とアルカの視線が交錯した。
そしてアルカは、俺にだけ聞こえるように言った。
「ヴィオランス・モータロンド。どういうつもりだ? 君はいったい何を企んでいる?」
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