第7話 悪役貴族、原作ルートに乱入する
原作主人公アルカが、穴が空くくらい俺をガン見している。
「……お知り合いですか?」
「いや、会うのは今日が初めてだけど」
シロンに答えてから、もう一度アルカを見る。
すると、アイツはもう席に座って、机の上に視線を落としていた。
(やけに驚いていたけど、なんだったんだ……?)
アルカの態度に違和感がある。
その正体について考えを巡らそうとした、その時――
「お貴族サマが、こんな底辺クラスに何の用だ? あァ?」
男子生徒が1人、ずかずかと俺の前に歩いてきた。俺より頭ひとつ背が高くて、体格もがっしりしている。短く刈り込んだ髪の、右の生え際には大きな傷跡がある。
こいつのことも、よく知っている。
ロック・グロッグ。
主人公のクラスメイトであり、一般市民でありながら士官学院への入学を果たした、けっこう優秀な男だ。いかにも不良という見た目だけど、実は戦闘系より【魔法工学】の適性が高い、エンジニア系の性能だったりする。
「用もなにも、俺はこのクラスの生徒だよ」
「はァ……? なんだそりゃ、冗談か?」
ロックは面食らった様子で、他の生徒たちの様子を見る。といっても、他も似たようなもので、「どう反応したらいいのかわからない」という感じだ。
そりゃそうだろう。貴族の子弟はどれだけ試験の成績が悪くても、最底辺の1つ上のクラスに配属される。忖度ってヤツだ。学院に来るヤツなら、みんな知っていることだ。
「冗談じゃない。〈カッパー〉クラスに配属になった、ヴィオランス・モータロンドだ。よろしくな」
俺は精一杯、にこやかな笑みを浮かべて教室を見渡した。
「ひィッ」
「うっわ……」
何人かの女子生徒が悲鳴をあげた。
泣いていい?
「て、てめェ! 初対面でガンつけてくるたぁ、いい度胸してやがるな!」
「いや別にそういうつもりは……」
「じゃあどういうつもりなんだよ!」
ロックが俺に手を伸ばす。
胸ぐらを掴もうとしたその腕は、俺の服に触れる前にピタリと止まった。
「ご主人さまに触れようとは、いい度胸ですね」
一歩前に出たシロンが、ロックの手首を掴んでいた。ロックは振りほどこうとしているが、シロンの手はまったく動かない。
それどころか、さらに力を込めるとロックの手からミシリというイヤな音が鳴った。
「ぐ、ぁっ! なに、しやがる……!」
「悲鳴をあげないのは賞賛に値しますね。では、折れてもその減らず口が続くか試してみましょう」
「やめろ、シロン!」
「お言葉ですが、ご主人さま。ここで威を示しておきませんと、図に乗らせるだけではないかと」
シロンの言葉を聞いて黙っていられなくなったのか、近くの席にいた女子生徒が立ち上がる。
「なに? ここで王様でも気取ろうってワケ? さっすが貴族さまだね!」
制服を着崩して、首回りや指に派手なアクセサリーをつけた、いわゆるギャル系の女子だ。
だけど、その次の言葉は出ない。その喉元に、刃の切っ先が当てられていたからだ。
「騒ぐなっス。別に殺ろうってワケじゃないんで」
いつの間にか机の上に移動していたエテルが、隠し持っていたナイフを女子生徒に突きつけていた。
「はぁい。奥のあなたも、動いちゃダメだよぉ。ちゃあんと見えてるからねぇ」
ハトリがのんびりした口調で、後ろの席に座っていた眼鏡の男子生徒に釘を刺す。
たぶん【魔法】を使おうとしたのだろう。アイツは遠距離の【魔法】戦が得意な性能だ。
教室の空気がぴんと張り詰めて、何が起きてもおかしくない状況になっていた。
いやいやいや、そんなの望んでないから!
「3人ともやめろ! 俺はここで普通に勉強がしたいだけだって! シロン、いいからロックの腕を放せ。折ったら大変なことになる。俺だっていろいろ困るんだ!」
「……承知しました」
シロンは渋々といった様子で、掴んでいた腕を放す。ロックは数歩下がると、右手を動かして怪我がないか確かめた。
「悪かったな。右手は大丈夫か?」
「くそっ……なんなんだよ、テメェらは……」
「クラスメイト、なんだけど」
「バカ言え。テメェらみたいなヤバい奴らとお友達になれるかよ」
ロックはそう言って、教室の端の席まで歩くと、どかっ腰を下ろした。
他の生徒たちも、俺たちから距離を取るように席を移動する。
「……ま、仕方がないよな」
俺はそう呟いて、反対の端の席に座る。
シロンたちもついてきたので、4人と4人が教室の端と端に分かれる形になった。
寂しいとか悲しいとかより、なんとなく申し訳ない気持ちになる。
このクラスは、本来なら主人公と初期キャラクター3人が所属する場所だ。
悪役のはずのヴィオランス・モータロンドは、ここでも〈異物〉でしかない。
シロンたちは悪くない。ロックが道ばたで他の貴族に同じことをしていれば、問答無用でリンチか射殺だ。あれでも俺の体面を考えてくれた方だと言える。
「勝手な真似をいたしました。お許しください、ご主人さま」
「いや、いいよ。お前たちは自分の仕事をしただけだ」
責任は俺にある。
俺にもっと社交性があれば、こんな最悪の出会いにはならなかった。
これから2年間、俺はクラスメイトから〈いないもの〉として扱われ続けるかもしれない。
(それでも3人が居てくれるからな。〈前世〉よりずっとマシだ。今度こそ学校から逃げないで頑張らなきゃな……)
俺がそんなことを思っていると、教室の扉が開いて1人の女性が入ってきた。白衣のような白いコートに、寝癖がついたままの長い髪。
火のついていないタバコをくわえた担任教師は、教室を見渡して言った。
「なに? これどういう状況?」
読んでいただいてありがとうございます!
クラスで注目されるのはスキでしたか?
私は大っ嫌いでした。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら★★★★★を押していただけると励みになります!
ブックマークもぜひお願いします!




