第3話 チートなき転生
演習用の運動服に着替え、試験会場へとやってきた。軽く体を伸ばしてみるが、窮屈さはまったく感じない。いわゆるジャージに近い着心地だ。
(すげぇな。どうやって作ってるんだろ)
ゲームで遊んでいた頃は〈そういう設定だから〉と流していたことが、こうして現実になるとあらためて気になってくる。
そうこうしているうちに、シロンたちも着替えを終えて合流してきた。
「その服、とてもお似合いです。ご主人さま」
「ありがと。お前らも悪くないよ」
「ウチはちょっと大きいっスけどね。いろいろ持ち歩くにはいいんスけど」
「わたしはちょっとキツいかもぉ」
標準的な体格には余裕の運動服も、いろいろ育ったハトリが着ると、体のラインが出てしまう。男子生徒たちがチラチラとハトリに視線を送っていた。
さっきまでイロモノ扱いだったのに、現金な連中だ。散れ、散れ。
「うわ、睨まれた」
「あっち行こうぜ」
男子生徒たちは慌てて去っていく。
ジロジロ見られるのはイヤだけど、家族をヤラシイ目で見られるのはもっと気に食わない。自分の凶悪な顔つきに少しだけ感謝した。
(ていうか、大事な試験だぞ。女子を物色してる余裕なんてねぇだろ)
学級の序列とか、偉いとか偉くないとか、そういうことにはあまり興味がない。
だけど、上位学級の恩恵は欲しい。なにせ、嫡男であることを放棄した俺は、実家から最低限の援助しか得られない。
もちろん、金銭的に助けてもらえるだけで十分に恵まれていると、理解している。それでも侍従たちに楽をさせるため、もうちょっと頑張りたいところだ。
(上位学級になると、資料の貸し出し優先度や支給品の質もがっつり上がるっていうしな。勉強して強くなるために、利用できるものは何でも利用するぞ)
あらためて気合いを入れたところで、試験の開始を告げる笛が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
「重量挙げだ。この重りを――」
「軽いですね。100回ほど持ち上げるのでしょうか?」
「え、いやそれ最大重量用だぞ!?」
「垂直跳びよ。助走をつけず、その場で――」
「測定板が低すぎっスよ。これじゃ軽く跳んでも最高点越えちゃうっス」
「これ以上高くできないけど!?」
「遠距離射撃だ。遠くの的を狙って――」
「全部当てましたぁ~」
「は? 1発も当たって……って、隣の演習場の的に当ててる!?」
シロン、エテル、ハトリの3人は、それぞれ突出した身体能力を持っている。それを入学前の数年で長所を伸ばし続けてきたから、特定の分野では学院トップクラスの成績を残すだろう。
一方の俺は――
「うむ、そこそこだな。悪くないぞ」
「ども……」
そこそこだった。物心がついた頃から頑張って運動を続けてきたおかげで、人並み以上には動ける。だけど、3人のように突出した能力はない。
筋力、瞬発力、持久力、感覚の鋭敏さ……チャートにしたら綺麗な図形ができるだろう。
よく言えばバランス型。悪く言えば器用貧乏。
それがヴィオランス・モータロンドの性能だった。
(こうやって目に見える成績になると少し凹むな……)
ヴィオランス・モータロンドはゲームの序盤から中盤に登場する敵キャラクターだ。主人公をどう育成しても勝ち筋があるように、大きな弱点がない代わりに、大きな強みもない敵としてデザインされていた。
つまるところ、俺が努力で得た身体能力はゲーム的な予定調和の内側にある。
学院の他の生徒と比較したことで、仮説が確信に変わった瞬間だった。
「フゥ……」
軽く息を吐いて心を落ち着ける。この程度で折れていたら、〈あいつらが幸せに生きる場所を作る〉なんて夢は絶対に叶わない。
俺はヴィオランス・モータロンドが弱いことを知っている。
そして、この世界にある多くの可能性を知っている。
特別な才能じゃない。知識と努力が俺の武器だ。
それを証明する機会が、もうすぐやってくる――
◇ ◇ ◇
最後の試験を受けるため演習場の一角にやってくると、生徒たちがザワザワとどよめいていた。
「ウソでしょ……」
「なんで〈五聖〉がこんなところにいるんだよ」
「ほんと格好いい。絶対戦いたくないけど」
「別の試験官のところに行こうよ。あの人の相手は無理だって」
集団を迂回して奥をのぞいてみると、そこには運動服に身を包み、模擬戦用の長剣を持った女子生徒が苦笑いを浮かべていた。
体格は細めで、顔つきは凜々しい。白く長い髪を頭の後ろで結んでいる。ドレスよりもスリムな男性用の礼服が似合いそうな、まさに貴公子といった雰囲気を身にまとっていた。
最終試験は教官との模擬戦。
あの生徒も教官の1人というわけだろう。
「誰スか、あれ?」
他の試験をすべて終えたのか、3人が追いついてきた。
「ライリア・ウェンバー。2年生の成績上位者5人、人呼んで〈五聖〉の1人だ」
「へぇ~」
「そうなんだぁ」
「反応薄いな。ほら、美形だぞ、王子様系だぞ。もうちょっと何かないのか?」
ここで目をハートにされても、こう、いろいろ複雑な気持ちになるけどさ。
「整った顔立ちだとは思いますが、別にそれ以上のことは……」
「同感っスね」
「わたしも~」
「ご主人さまの方が格好いいですしね」
「それはどうも……」
身内のひいき目だよね。
と思っていたら、なぜかシロンに軽く小突かれた。いってぇ。
「でも、あの人そんなに強いんスか? とてもそうは見えないっスけど」
「細すぎますね。あの手首を見てください。握りつぶせそうです」
「人を見かけで判断するなよ。ああ見えて、剣の扱いじゃ帝国全体でも上位に入るぞ」
「そうなんだぁ~。ご主人ちゃん、詳しいねぇ」
そりゃあ、ゲームでは〈斬り込み役〉として重宝してたからな。
あまりにも強すぎて5周目あたりから〈ライリア抜き〉の縛りプレイを自分に課していたくらいだ。
序盤のヴィオランス・モータロンドが戦って、勝てる相手じゃない。
でも――
「……ここで避けてどうするよ」
彼女を超えれば大きな加点になる。
俺は足を踏み出す。そして、誰もが恐れ憧れる学院最強の一角と相対した。
強敵に対する恐怖はないけど、たくさんの生徒から視線を向けられて、つい顔が引きつってしまった。
「センパァイ、相手してもらえませんかねェ?」
どっからどう見ても、完全にケンカを売りに来たクソ生意気な新入生だった。
丁寧に挨拶したつもりだったんだけどな!
「ははは、いいね。退屈していたんだ。相手になってもらおうか」
最強のイケメン女子は、そう言って涼やかに笑った。
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