第10話 もっと強くならなきゃ【第1章 最終話】
男から視線を外して、俺はアオイへ振り向く。
「なぁ、アオイ」
「は、はい……?」
「俺、〈女神の刃〉になったばかりだからさ。どうしても自分の怒りを捨てきれないや。それでも……女神様と、天界の人たちは、許してくれるかな」
「――ええ、きっと。貴方の怒りは正しい。きっと女神様と、お母上もお許しくださいます」
「……そっか」
「べらべら喋ってんじゃねぇぞガキども!!」
顔を真っ赤にした男たちが、俺めがけて走ってくる。
――遅ぇよ。
「〈魔法増幅〉、〈精神強化〉、〈属性強化――」
【魔素】を全身に巡らせ、ありとあらゆる【付与魔法】を自分に重ねがけする。
両手を正面に向け、男たちに照準をセット。
ついでに呪文もしっかり詠唱して、火力を最大まで高めてやる。
「久遠の棺、螺旋を描く籠の鳥、贄の残火は暁の陰星を呑む――」
ここまで全力の【魔法】発動は初めてだ。
死なないよう、女神様に祈れよ。
「〈黒星墜撃〉」
男たちの頭上に漆黒の球体が生まれる。
それは超重量を保ったまま落下し、触れたものを容赦なく押しつぶした。
球体はしばらく聖堂の床を削り続けたあと、ふっと消滅する。
あとに残されたのは円形に陥没した聖堂と、重力の波で吹き飛ばされた長椅子と、俺たちだけだった。
ちなみに俺は誰も殺していない。4人とも床にめり込んで苦しそうな声をあげている。全身複雑骨折ってところだろうか。
「終わったぞ、おまえら――ぅぉっ!?」
言い終わる前に、3人に抱きつかれた。
女の子とはいえ、さすがに勢いがついた体重を支えきれず、後ろに倒れる。
「痛ってェ……」
「ご主人さま、ご主人さまぁ……」
「わぁぁぁっ! 怖かったっス~!」
「守ってくれてありがとぉぉ……ぐずっ……」
「……怖い思いさせてごめんな。もう大丈夫だから、そんなに泣くなって」
抱きつきながら泣きじゃくる3人を、軽く抱きしめる。
そんな俺たちの姿を、ステンドグラスの女神様は優しく見守ってくれていた。
◇ ◇ ◇
結論から言うと、俺の考えはちょっと甘かった。
「お前は、お前というヤツは……! な、なにを考えてっ! ぐむむむむ……」
もう父上に叱られるなんてレベルじゃない。モータロンドとカエルレルムの両家だけでなく、教会の偉い人からもたっぷり説教された。でも、シロンたち3人は教会の騎士団から事情を訊かれただけで、特におとがめなし。俺としては大勝利である。
アオイの証言もあって、大貴族を半殺しにしたことは、ほぼ罪に問われなかった。
しかし、勝手に〈女神の刃〉になったことが大問題だった。大貴族や教会の関係者が相談し、俺が〈女神の刃〉として断罪の権利を行使できるのは18歳になってから、ということに決まった。
それでも、領地や財産の相続を放棄すること、そして〈生涯にわたって伴侶を持たない〉という誓いはもう撤回できない。つまり、俺とアオイの縁談はご破算となったわけだ。
前代未聞の大事件を引き起こした俺は、父上より一足はやく屋敷に戻され、数ヶ月の自宅謹慎を命じられた。
そして今は、罰として分厚い聖典の書き写しをさせられている。
「ふんふん♪ ふふふん♪」
「るるる~、るるるっス~♪」
「らんらんらぁん♪」
シロンとエテルとハトリは3人そろって俺の部屋を掃除している。上機嫌で鼻歌まで歌いやがって。なにがそんなに嬉しいのだろうか。
「あのさ、お前ら。状況わかってる? 俺、モータロンド家を継げないんだぞ。財産ももらえないし、あと何年かしたら家も出てかなきゃいけないし……」
「私たちは解雇されるのでしょうか?」
「それはないけどさ。屋敷でそこそこいい暮らしってわけにはいかないぞ」
俺の返事を聞いて、珍しくシロンがクスリと笑った。
「ふふ、それがどうかしましたか?」
「いや、だから……」
「どんな道を歩もうと、私はご主人さまについていきます」
「ウチもウチも! イヤって言われても一緒っスからね!」
「あたし野宿には慣れてるからぁ、どんな場所でもへーきだよぉ」
「狭い家でご主人さまとずっと一緒……悪くないですね」
「田舎に家を買ってのんびり過ごすってのも……」
「森にお家を建てよ~!」
めいめい勝手な妄想をはじめるメイドたち。
(こいつらが楽しそうなら、まぁいいか)
そう思う一方で、俺は別のことを考えてもいた。
【熾天のレギオン】の本編は、あと数年で始まる。
あのゲームは、前編は士官学院での学校生活を描き、後編は帝国全土を巻き込む内乱を描く。あえてゲームの流れに乗らず、モータロンド領を継いで守りを固めよう……なんて思っていた時期もあったけど、それはもう無理だ。
(それに、もっと強くならなきゃ、あいつらが幸せに暮らせる場所を作れない……)
アオイの叔父のようなクズは、いまの帝国の大貴族にわんさかいる。あんな連中の気まぐれで動くような国じゃ、どこにいたって安心できない。
もっと〈力〉がいる。でもそれは、ただ安全な場所で努力するだけじゃ手に入らない。やっぱり士官学院に行って、〈運命〉ってやつに立ち向かわなきゃいけないんだろう――
なんて考えていたら、すぐ間近にハトリの顔があった。
「ぅわっ!? びっくりした!」
「ご主人ちゃん、どぉしたの? ぼーっとして」
「考え事だよ。いろいろとさ」
「あ~、もしかしてウチらのこと考えてたんスか?」
「それもある」
「へぇ~、なになに? 教えてくださいっス」
「あたしも気になるぅ~!」
「あなたたち、手を休めていないで掃除しなさい。ご主人さまのお話は、私がお聞きしておきます」
あーだこーだと3人がケンカを始める。
俺と家族の穏やかで賑やかな時間。
これを守るために、俺はもっと強くらなきゃ――
【第1章 幼少編・完】
【第2章 学院編】へ――
読んでいただいてありがとうございます!
次回から【第2章 学院編】に入ります。
3人のメイドと過ごす学校生活は初日から波乱だらけ……?
第2章もお楽しみに!
「面白かった!」「続きが気になる!」
と少しでも思ったら★★★★★を押していただけると励みになります!
ブックマークもぜひお願いします!




