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第九十五話『Eランク冒険者』


 血脂と砂にまみれた黒い床板が、赤錆の浮いた金属のプレートで補強されたブーツの下でじゃりと軋みを漏らす。

 アルコール臭と煙草の煙が澱む中、たまにドアが開かれ海風が吹き込むと、壁に張り出された依頼書の羊皮紙が、まるで死者の囁きの様にかさこそと乾いた音を発て踊った。


「おいおい、そいつぁ~何の冗談だい?」


 そこは冒険者ギルドの一階。

 受付カウンターのある広い待合スペースには、それぞれの任務を終えた冒険者たちがぱらぱらと戻りつつあった。


 数日にも及ぶ任務を終え、報告に立ち寄った者たち。血と汗と暴力の香りをぷんぷんと匂わせ、獣の如き残忍さと天使の如き朗らかさを併せ持つ自由の使徒。

 普段なら、そのまま各自解散と言った所を、わざわざ呼び止められていた。


「本当の事です。Fランク冒険者『黒いさざ波』が急ぎ仕事に失敗し、返り討ちに逢いました。全員が重体。口もきけない有り様です」

「やれやれ。これだから新人は」

「へましやがって。でも、重体って事は生きてんだろ? どこと揉めた?」

「そこで俺たちを?」


 冒険者ギルドの受付嬢は、その若さに似合わぬ冷笑を浮かべ、静かに頷いてみせた。容姿の美しい娘であるが、心は金と暴力の支配するこの世界にどっぷりと浸かっている。

 何ら躊躇する事無く、まるで昼食の注文でも確認するかの様に、二枚の羊皮紙を提示した。


「ターゲットは『マーカライト商会のハルシオン』とその女。男の方をイキリ屋さまがお望みです。生きて、口が利ける状態でお連れして下さい。女の方は……」


 フッと笑みを漏らす。


「ご注意下さい。見ていた者たちの証言では、この女が一人で六人を倒したそうです。それも、素手で。何らかの武術を用いたものと推測致します。全員、顎を砕かれています」


 ヒュ~。


 おどけた様な口笛。


「マジかよ? こんなかわいこちゃんが?」

「見えねぇな。で?」

「殺すか、分断して男の子だけかっさらうか?」

「じゃ、あたしらはハルシオン君かな~?」

「おいおい。こ~いうの趣味?」

「へっへっへ……俺は男の方だ」


 無数の手が、二人の似姿絵を奪い合う様に点々と移って行く。


「で? これか?」


 その場には十三人の若い冒険者たちが居並んでいた。男も居れば、女も居る。

 皆、ギラついた光を瞳に宿す。


「『ブラックバレット』『黒の雷』『ダークフォレスト』。これはギルドからの指名依頼です。三つのパーティーは、合同で任務に当たって下さい。手段は……」


 そこで受付嬢は、両の掌を皆に見せる様に、両腕を左右に広げて見せた。


「ご随意に願います」

「協力してって事?」

「おいおい大丈夫か、お前ら~?」

「ふっざけんな! そっちの方が心配だぜ!」

「あ~ん。もう、最初から喧嘩しな~い」

「やさは割れてんのか?」


 がやがやと盛り上がる空気の中、当然の質問に受付嬢は静かに頷いて。


「ハルシオンのマーカライト商会はもぬけの空です。そこで一度争ったみたいですね。戦闘は中央の噴水広場で行われました。衆目の最中です。でも、勝負は一瞬だったそうです。騒ぎになったのは、六人が急にのたうち回ったからで、その際、二人が走って逃げて行くのが目撃されています。女の身元ですが、あまり見ない顔、だそうです。乞食ギルドからの情報では、最近ベーカー街に住み着いた女が子供を引き連れて買い出しに市場を訪れたとか。その容姿が似姿絵と酷似しているそうです」


 淡々と説明をしながら、受付嬢は一枚の地図をテーブルに広げる。


「ベーカー街A201。廃墟だった場所です。ハルシオンが新しいギルドの設立場所として届け出た場所と一致しています」

「へえ~。その新しいギルドって奴が?」


 『ブラックバレット』のリーダー、戦士のファルが口の端を吊り上げて笑う。凄みのある笑いだ。Eランクとは言え、素人では縮みあがる程度の凄みが既にある。それだけの事をして来た男のもの。

 だが、受付嬢は微塵も動じずに、平然とぽつり。


「肉食健康推進ギルド」

「ぶっ!?」

「な、何だそりゃ!?」

「こいつあ傑作だ! 泣く子も黙る肉屋ギルドのイキリ屋さんに、真っ向から喧嘩売ってやがる!!」

「売るのが商売なんだろ?」

「へへへ……違いねぇやな」


 ワンと盛り上がる冒険者たち。皆、腹を抱えて大笑いに笑う。

 その笑いも徐々に収まり……


「こいつあ~戦争だな」

「また廃墟にしてやりゃあ~、い~んじゃね?」

「あそこの連中は懲りないねぇ~」

「ん~にゃ。今じゃ借りて来た猫みたいに、大人しいもんだぜ」


 銘々が好き勝手に話す中、一人がすっと右手を軽く上げ、一同を制する様な仕草を見せた。


 『ダークフォレスト』のリーダー。精霊使いのエルフ、シャルリー。


 流れる様な豊かな銀の髪を腰まで下ろし、トネリコの節くれだった杖を左肩に抱え、柔和な笑みを湛えているが、その薄っすらとした唇は冷たい響きをもたらした。


「まあ、あれですね。わざわざ『悪十会』に反抗する様なおバカさんには、このブラックサンから早々にご退場願うという事で、皆さん、宜しいですね?」

「「「「「「「「「「「「おうっ!!!」」」」」」」」」」」」


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