第九十二話『壁ズドーン!!』
本当はちびっこたちから目を離したくは無いんだけど、朝方診に行き損ねたおっちゃんの様子をチェックしないとね?
そんな訳で、一尾食堂を後にした訳なのですが……
「あ、あの~……」
「気にすんな」
やだ、デカハナさんが付いて来ちゃった。
人の三倍くらいの速さで走れるんだけど、後ろにいられちゃそうは出来ないじゃない!
あのおっちゃんの分のスープを、両手で支え持つ私。
その後ろをずんずんデカハナさんが付いて来る。
そのまま、囚人たちの独房がずらり並ぶ所へと差し掛かった時に。人気が無いのを狙いすましたかの様に!
「あ~、なんだその~」
ヤバイヤバイヤバイ! 立ち止まったらヤバイ気がする~!
シュルル~ん!
「あ、こら! 待てっ!」
「いえ、スープが冷めちゃいますから~」
捉まったらヤバイ。特に、あの手が。
ぶっちぎるのは簡単だけど、簡単な筈なんだけど~!
何!? 何!? ひっ、引き寄せ……引き寄せられてない、これ!?
下半身の裏を滑る石畳が、すらりんすらすらと妙な感触に!
一所懸命前へ進もうとしてるんだけど、何か地面が、床が、ち、地の精霊が~!
私をデカハナさんの元へ引き寄せている!?
ノームさん、ノームさん。お願い聞いて~!
<ダメ~!!>
そ、そんなぁ~!?
背後から肉薄する黒い影!
ぶわわっと風が頭の横を!
ズドーン!!
か、壁際に~っ!!?
「待てと言うとるにっ!!」
「だから、急いでますからぁ~!」
私、廊下の壁に押し付けられる様に、追い込まれてるんですが!?
ひいいいっ!? デカハナさんの腕、石壁にめり込んでるじゃない!?
こ、殺す気ですか!?
「待てと言うに~……」
「わた、私、美味しくないです~!!」
くっさ!
鼻っ面が拳一個分くらいでぶーはーぶーはー言ってる!!
真っ赤な顔で、オークキング面が鬼の形相って、死んじゃいますよっ!!? 心臓、止まっちゃいますよっ!!? いくらラミアが人間の三倍心臓強くっても、即死するレベルですよっ!!?
ぐわらぐわら。岩壁の破片が肩にこぼれ落ちて、恐怖のレベルを押し上げるの。
「誰が喰うか!!」
「お、落ち着きましょう! 暴力はいけないわ! 話せば判る! 話せば判る筈ですぅ~!!」
「だから、待てと言うに~っ!!」
ぶーはーぶーはー。
ひーぃひーぃ。
ど、どうしてこうなった~!!?
「こっ、こっ、こっ、こっ!」
「こんばんは?」
何、デカハナさん、にわとりみたいに。
「ちがーう! こっ、この後、お茶でも如何ですかーーーーーーっ!!?」
「ふへ?」
ずる……ずるずるずる……
あまりの事に、力が抜けたわ~。お尻がぺたんと床に着いちゃった。ちべたい。
いや、無理無理無理無理無理無理~!! でも、ストレートに断ると後が怖い!!
「あ、あの……」
「はい!」
うわ~、デカハナさん、瞳が妙にギラギラしてる!
「この後、子供たちを連れ帰らなきゃいけませんし、すぐにお婆ちゃんの世話が……」
「なんと!? うむ! それは大変だな!? では、明日! 明日はどうだ!?」
明日……え~いえんに~こなければい~のに~……
ふう~っと、心が因果地平に旅立った瞬間でした。