第九十話『ここにいますよ』
あははははは……
騎士団の皆さんの涙ぐましいやり取りに、シュルルは内心笑うしか無い。実に乾いた笑いを。
お呼びで無かったかしら~……
そんな事を考えながら、デカハナさんとその仲間たちの喧々諤々な攻防をまったり眺めてしまうのだけど、流石にお貴族様で騎士団の団長という権力には誰も逆らえそうに無く、何だか酷く可哀そうにも思えて来ちゃって……
何しろ、デカハナさんはお貴族様だから、多分良い物を食べてて体付きもかなりがっしりしている方。
片や兵士の皆さんは、どちらかというと、顔色も悪くひょろひょろした感じの人が多い。
う~ん……
「ええ~い! どこまでもぐちぐちと! やっぱお前ら、その辺の草でも食ってろ!!」
「「「「「「「「「「ひいいい~……」」」」」」」」」」」
「そんな殺生な!?」
「勘弁して下さい! ここの給金だけじゃ、家族を養っていけないんでさあ!」
「かかあも働いて、ガキはばあさんに預けて、俺はここのメシでやっとこなんですからぁ~!」
おいおい、デカハナさんや。そんなにみんなの給金少ないの?
あたし、まだこの街に来たばかりで、金銭感覚がマッチしてないからちょっと何言ってるのか判らないなあ~。
何しろ、金貨二万枚払って弟子入りした後の二年間、塔の中で過ごしてるとお金使わなかったし……
あの金貨だって、遺跡の中で見つけた、いわばあぶく銭だし。
店出すって報告しに行ったら、師匠、条件付きだけど無利子無担保でお金貸してくれたし。待てよ? 借りたお金って、元々あたしが払ったお金じゃ?
金。
金。
金。
どうしよう。みんなの魂の叫びを聴いていると、何だか目頭が熱く……
荒野で狩猟してれば、獲物をさばいて生ハム作って、毛皮なめして、旅の行商人のおっちゃんに売れば、簡単に小銭が手に入って、それで必要な物は大概買えたし。
どうして何万人も一緒に暮らしてて、みんな生きてくのが大変なの?
大きな街の方が、田舎の村より生活が良いんじゃ無かったの……? だから群れるんじゃ……
「団長!! か、勘弁してくれぇ!!」
「俺たちゃ、何もそこまで!」
「駄目だな。俺は許さねぇぜ。いや、許せねぇ」
も~。くっくっくとデカハナさん。悪い笑みだわ~。
あんまりにもそのお顔に馴染む定番なセリフをぽんぽん口にするものだから、ちょっと私も苦笑気味。
でも、このまんまだとみんな不幸になりそうだから……うん!
「あの~、ちょっと宜しいでしょうか?」
私、そっと手を挙げてみる。
デカハナさん、私が横に居る事、忘れて熱くなってたみた~い。
「あっと!? 済まない。酷い話を聞かせちまって……」
「いえ。良いんです。ただ部外者の私が言うのもなんですが、私の話も聴いていただけませんでしょうか?」
あくまで物腰柔らかく。柔らか~く。笑顔笑顔。形だけでも笑顔で。
まあまあ。額に汗を滲ませちゃって。顔真っ赤。
「ん~……シュルルさん。悪いが、あんたの料理は、こいつらにゃ豚に真珠だ」
「あら? 真珠は食べられませんわ。それに……」
「それに?」
「先程から、団長さんのお話を伺っておりますと、緊急時に備えて粗食に耐える訓練をなさって来たと聞こえたのですが、間違ってはおりませんか?」
いやあ、人間って身分に拘る人が多いから、言葉遣いも余所行きになるわ。自分でも、デカハナさんにこんな言葉遣いなんて、何だかこそばゆい。腫れ物に触るみたいに、言葉は慎重に、慎重に……
そんなこっちの気持ちを全く気にも留める様子も無い。
「ああ、そうだ。だのにこいつらと来たら、やれ食が進まん、やれ胃もたれがするだの、残してばかりおるわ。ならば、その辺の雑草でも喰わせておけばいい! 俺はもう知らん!」
「そう、それです!」
「何!?」
さあああ、乗るか反るか!
私は身振り手振りを交えて、なるべく変に刺激しない様に~。
「団長さんは、緊急時に困難に耐えられる様に、と厳しく兵士の皆さんに働きかけていますよね? ですが、ご覧下さい。皆さんの、身体や顔色を」
「ん?」
「体格は優れていますか? 肌の艶は? 健康そうですか?」
「いや、そう言われてもなあ……こんなものじゃないのか?」
そう言って腕を組むデカハナさんの二の腕の太さや、太ももや肩幅、背丈からして明かに差異がある。
「ご自分や他の騎士の方と比べて下さい。明かに違いますよね?」
「ん……まあ、そうだが……」
「身体を作っているのは、日々の鍛錬と食事だと私は思うんです。兵士の皆さんは、日々の食事が満足に出来ているのでしょうか? 質の悪いパンが身体に良いと思いますか? 病気の小麦で焼いたパンを食べると、食べた人も病気になったという話もありますよ? 古い食材を出していませんか? 残り物を後で食べると、痛んでるとお腹を壊したりしますよ? 丈夫な身体を作るのも、病弱な身体を作るのも、日々の食事が大きく関わっていると思うんです」
「う……うう……な、何が言いたいんだ?」
しまた~。デカハナさん、言い負かすつもりは無かったのに~。
やだ、凄く難しい顔しちゃって……元が酷いのにますます……げふん。
「こほん。あのですね。毎日、ちゃんと身体に良い物を食べて無いと、いざという時に身体がついていかないですよ。という事が言いたいんです。もしもの時に、お腹が悪くて、足腰が萎えてたら、何も出来ないじゃありませんか?」
まあ、荒野でも食べれない者から死んでいくからね。鳥も育ちの悪い雛を間引くし。先ずは食べて、身体を作るのがどこでも同じだと思うの。
「お、俺が悪いって言うのか?」
「そうは言いませんよ」
そうそう。相手を否定しちゃいけないわ。肯定しつつ、更にプラスする提案を。
にっこり笑顔で、ごま……こほん。
かくんと、小首を傾げてみせて、と……
「でも、もう少しだけ兵士の皆さんの身体作りに気を配って差し上げられれば、もっと良い働きが出来る様になるかも知れませんとお勧めしたいんです。折角、素敵な畑をお持ちで、新鮮なお野菜が目の前にあるんですから、存外に簡単な事だと思いますよ?」
「簡単な事だと?」
よし! 乗って来たかなぁ~?
まあ、そんな心の中でのガッツポーズは押し包んでぇ~。しれっと行きましょう!
「皆さんでは無理ですね。専門外ですから。ですから、ここは専門家を頼っては如何でしょう?」
「専門家? いやいやいや。そんな者を雇う余裕は無いな」
「簡単な事と申し上げましたよ? むしろ、無駄が省けてお得かも? 一度、相談してみませんか?」
「いや~、専門家と言っても、そんな奴、俺は今まで聞いた事も無いんだが」
そこで、更ににっこり。私の胸をポンと叩いて見せる。
「ここに居ますよ」
と……