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第八十九話『団長、色々と泣かす』


「これは、どういう事だ~っ!!?」


 食堂をつんざくおっさんの叫び。あ、まだ全然若いんだからね!


「「「「「「「「「「「ひえええええ」」」」」」」」」」」


 ガチャン、カラカラカラ……


 幾つもの皿やスプーンが床を転がり、数人が床にへたりこんだ。


 人間離れした団長の人間離れした怒声に、びびった団員が数名腰を抜かしたのだ。



 一瞬でし~んと静まり返った騎士団の食堂。注目は、戸口に立つ団長のオークキング風の男、アルゴンス・ドン・ボーア子爵に集まった。

 こじゃれた上着に、普段はぼさぼさの髪を整えた、妙な洒落っ気が伺える。


 スパイシーな香り漂う中へ一歩踏み入れたアルゴンスは、目を血走らせ、ぎろり一同を見渡し、くわわっと開きかけたその口を硬直させた。

 野郎どもがずらり列を作ったその先に、青いほっかむりをした赤いワンピースドレスの女が驚いて佇んでいるのに目を止めたのだ。否、止まってしまった。


「あ……いや、その……」

「ふぇ……」


 吐き出しかけた罵声を慌てて引っ込め、気まずさのあまり口ごもるアルゴンスは、そこで彼女の周りにやたらちっこいのが集まってる事にようやく気付く。


 怯え、縮こまったその子らの顔が、真っ赤になってくしゃりと。


「「「「「「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」」」」」」


 キンキン声で泣き出してしまった。


 何しろ大の大人が腰を抜かす程の怒声だ。普通の人間のそれじゃない。

 シュルルのまとう、軽い認識阻害のフィールド等突き崩して、ちびっこたちの幼いハートを思いっきり殴打したのだ。


「あらあら、まあまあ」


 一人が泣き出すと、一斉にそれは伝染するもの。

 ひっしとしがみついて泣きじゃくる子供たちをあやしながら、シュルルは一体何事だろうと少し非難する気持ちでデカハナさんを睨みつけた。


 流石に気まずいアルゴンス。


「あ~、そのなんだ~……」

「お静かに願います」


 取り繕おうにも、ぴしゃりと言い返されてしまう。

 二の句も継げない。


 がっくりうなだれるアルゴンスを、団員たちはクスクス笑うが、ギロリと睨み返されて慌ててそっぽを向いた。


「お前らなあ~!!」

「お静かに」

「お前らなあ……」


 またもシュルルが、今度はにっこりと一言。アルゴンスは思いっきり声のトーンを落し、不機嫌そうに睨むのだが、流石に迫力不足だ。

 しくしくとすすり泣くか細い声にも力が抜ける想い。


「ぷっ……」


 くすくす……


 さざ波の様に笑いが広がる中、アルゴンスは感情のたかぶりを押さえようと、二度三度深呼吸を。それから、落ち着いた口調で憮然とテーブルを指差した。


「お前らなあ~、スープばっかり喰って、魚や野菜に手ぇ出してねぇだろ? 当番が用意した物は、ありがたく喰え」

「いや、まあ」

「なあ……」


 誰もが口ごもって、互いの顔を見合わせる。

 そうは言われるものの、兵士たちにとって美味いが正義。大正義だ。一人一杯だけとか変な制限が無かったら、もう一杯。もう一杯と求める事に何の迷いがあるだろう。


「団長! 団長も喰えば良いんだ! 判るって!」


 それに応えて、アルゴンスは胸を張ってフンと鼻で笑う。


「誰が頼んだと思ってる? 良いから草も喰え。パンもあるぞ」

「団長~、このパンも何とかなりませんかねえ? ボソボソ酸っぱ固すぎますぜ~」

「ならスープに漬けて喰え。お前ら全員でがつがつスープだけ喰ってたら、俺の喰う分が無くなるじゃねぇか?」

「へへへ。こればっかりは早い者勝ちでさあ」


 その言葉を合図に、兵士たちが皿を両手で抱える様に持ち、ばたばたと再び列を為す。




 あちゃー。これは失敗しちゃったかなあ~?

 目の前でデカハナさん、みんなからそんな事されたら体面無くしちゃうじゃない。


「は~い。怖くない。怖くないわよ~」


 ぐすぐす……


 シュルルはそんな事を考えながら、子供たちの頭や背中を優しくさすってあげる。と同時に、心の表層意識に沸き立った荒々しい波をなだめていく。外界からの恐怖等は、深層心理に呼応しない限りは、穏やかあ波の干渉で緩やかにする事が出来る。


 ま、ぶっちゃけ、一番最初にデカハナさんにスープを一杯持っていくべきでした。それをしなかったのは、子供たちを放置する訳にはいかなかったからなんだけど~。


 はあ~……よし、いける!


 徐に、使って無いスープ皿に一杯二皿。その赤みを帯びた土気色のスープをとぽぽと注ぎ、その片方を手にすうっと前へ出ると、落ち着きを取り戻した子供らは、その場でシュルルの背をただ漠然と眺めるに留まった。


 目指すはデカハナさん。


 シュルルは兵士たちと対峙する豚鼻の怪人に横から近付く。


「団長さん?」

「お? おう」

「この度は、御利用戴きありがとうございました」

「あ、ああ。兵も喜んでいる。ご苦労だった」


 恭しく一礼すると、アルゴンスも労いの言葉をかける。いわゆる社交辞令だ。

 そこで、シュルルは手のスープ皿を差し出し、にっこりと微笑みかけた。


「今回はお試しという事でしたので、どうぞ召し上がってみて下さいませ。もし宜しければ、以降の御利用もご検討戴ければ幸いですわ」

「あ……ああ。戴こう」


 その場の一同は、今回限りのお試しという話に、一瞬ぎょっとした。

 今、日頃の食事の不満を漏らしてしまった、当の騎士団長に次からの裁量権があるという事だ。自分たちの態度に腹を立てて、団長が嫌だと言えばまた元のメシマズの日々が……


「あ、あの~団長様! 如何でしょう!?」

「おいしいっすよね!?」

「いやあ~、幸せだなあ~」

「まだ喰ってねえよ!」


 急に皆が口々におもねるのを、アルゴンスは煩わし気に一括し、先程から男たちの体臭に負けず劣らず香っているスープの香りに鼻を大きく鳴らしてみせた。

 みんなの注目が集まる中、ふうっと息を漏らして鼻を離すと、次にはその皿の縁を口へと運ぶ。そして、皿から唇が離れた。


「ほう……」

「如何でした?」

「美味い! 何て複雑で芳醇な味と香りなんだ!」


 シュルルの問いにアルゴンスは驚きに目を見張って応え、兵たちもほお~っと胸を撫で下ろした。が、次にはその醜いオークキング顔がぐしゃりと更に醜さを増した。


「だが、高い! こいつらに毎日食わせるにゃ、ちいと出し過ぎてしまったな! がっはっはっはっは!!」


 そう高笑いと共に、兵士一人一人の顔をぎろりとねめつけて、更に残りを一気に流し込んで、高らかにげっぷを吐いた。がっかりする兵士たちをあざ笑う様に。


「え~!? 今日だけなんすか~っ!?」

「美味いって言ったじゃないっすかぁ~っ!!」

「毎日が無理だったら二日! いや、三日にいっぺんくらい!」


 慌ててあれこれ言い出す兵士を、またもアルゴンスは一括する。


「バカ野郎!! どっかと戦争になった日にゃ、パンも喰えねぇ水もねぇなんて事に耐えなきゃなんねぇんだぞ!!? どっかのアホ貴族でもねぇお前らが、良いもん喰っててやってられっかってんだ!! 毎日その辺の草でも喰わせてやろうか!!?」

「「「「「「「「「「「うげ~……」」」」」」」」」」


 大の大人たちが一斉に泣き言を漏らし出し、食堂は更に騒然となってしまった。



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