第八十八話『(閑話)アカリ、九歳の視点』
あたしはアカリ。年は九つくらいかなあ?
気付いたら、この街の路地裏で暮らしてたの。
お姉ちゃんが一緒にいたけど、知らないおじちゃんに連れて行かれちゃった。あたしは、要らないって。連れてって貰えなかったの。
だから、似た様な子たちで集まってた。
風が吹き付けない場所で固まって。
雨がなるべくかからない場所で固まって。
毎日ひもじくて、時々酷く殴られたりするけど、大人の目を盗んでは食べ物を取って来るの。でも、早く食べないと誰かに盗られちゃうから、何でもすぐに飲み込むの。
お腹の中に、何かあるって幸せ。
だから、今日はとっても幸せ!
何だか知らない大きなお姉ちゃんが、簡単な手伝いをすれば食べ物やお金をくれるって言うの。
騙される事もあるけど、もうひもじくってひもじくって。
あんなに美味しい玉ねぎ? って初めて! 甘くてトロトロで、全然辛く無いの!
卵も食べた! 中が白くどろどろしてて、美味しい!! ってお口の中に広がるの!
髪や爪を切られたり、服や身体をさっぱりすーすーにされちゃった。
魔法って初めて! とってもびっくり!
知らないお姉ちゃん、魔法使いだったの!! すっごーい!!
もっと美味しい物を食べさせてくれるって言うから、重い荷物も頑張って運んだの。
知らないお姉ちゃん、何か優しい……嬉しいのに、何だか悲しいの。私、変?
手が凄く痛かったけど、スープは夢の様に美味しかった!!
頭を撫でられた。頬も。ぎゅっとされた。
嬉しくて、私もぎゅっとしたの。
大きなお姉ちゃんって不思議。でも、嬉しい。何かぽかぽかして来るの。
お湯に入って、お野菜洗って、すっごく暖かかった。楽しかった。みんなできゃっきゃ騒いだ。怒られなかった。ぶたれない。一緒に笑った。楽しい。楽しい。
ナイフなんて、初めて触った。
お野菜切るの。何で切るか判らないけど、切り方教えてくれる。優しく教えてくれる。
なんか嬉しいの。ほわほわするの。みんなも楽しそう。
美味しかったスープも、お野菜、切ってあった。固く無くて、柔らかだった。すぐ口の中で消えちゃった。だから気付かなかった。これ、同じ!?
同じなんだ!
これ、あのスープの材料だ!
終わったら、褒められて、もう何だか嬉しくて嬉しくて。
スープも美味しくて。今度はお腹いっぱいになるまで食べて。食べて……
気付いたら変な部屋に。
暗い部屋。
みんな一緒で。砂の上。暖かい砂の上に寝てたの。
知らないお婆ちゃんも寝てた。
そうしたら、もう一人の大きな青いお姉ちゃんが来て、みんなで遊んだの。
ここ、すっごく広いし、床もあったか。
すっごくすっごく楽しくて、どこまでも走っていけそうなくらい、私ぱんぱんで。何だかぱ~んって感じになっちゃった!
走っても、走っても、身体が軽いし動けなくなったりしない!
まるで羽が生えたみたい!
その内、最初の大きな赤いお姉ちゃんが帰って来て、お土産だって服をくれたの!!
私が選んだのは、ほんわりした黄色の大きなシャツ!! 膝の丈まですっぽり!
肩がちょろっと出ちゃうけど、今までのボロと比べたら!
もう、私、天井にまで飛び上がっちゃいそう! 嬉しい! 嬉しい嬉しい嬉しい!!
すっぽり被って、ふんわりあったか~い……
これで寝る時も、あんなに縮こまらなくても良いかも!
ガタガタ震えなくても済むかも!
そう喜んでたら、赤いお姉ちゃん、お鍋にも服を着せるの! 何で!?
お鍋も冷えるといけない?
これから、お客さんの所へ運ぶんだ~。私たちがお手伝いしたスープを?
一緒に行って良いの!? 青いほおっかむり、貰っちゃった! 嬉しい~っ!!
みんなで作ったお鍋を、みんなで馬車に運んで、みんなでごとごとお出かけするの~!
ぐらぐらがたがた面白~い。下から、ずんずん突き上げて来る感じが不思議。
いつも見てる筈の街が、全然違って見えるから不思議。
誰かが歌ってるの、遠くから聴いた事がある歌を、最初は思い出せなくても段々と自分も歌えるの、不思議!
もしかして、これも魔法なのかなあ?
大きな声を出しても、石が飛んで来ない。
縮こまっていなくても良い。
棒を持った怖い大人に追いかけられる事も無い。
ふわふわな夢を見てるみたい。
でも、なんか怖いとこに来ちゃった。
壁が高い。
建物が何かどんより怖い。
いつも追いかけて来る、怖い大人が気持ち悪い顔で入れてくれた。
市場と同じで、私に気付いて無いのかな?
それとも、このほっかむりのお陰かな?
なんか息苦しい。
みんなも、おっかなびっくりだよ。
それでも赤いお姉ちゃんがずんずん入って行くから、付いていくの。大丈夫。きっと大丈夫だから。
今度は大きなお部屋だ。
ここで兵隊さんにスープをあげるんだって。
あのおっかない大人たちに?
だ、大丈夫。大丈夫なんだから。怖くない。怖くない。こ、怖い……
いっぱい来ちゃった。
いっぱい居るのに、誰も気付いて無い?
ふわあああああ~……
なんて良い匂い……
蓋を開けたら、あの色んな粉とかの匂いが混ざり合ってる~……
不思議。不思議。
あたしたちの切ったお野菜が、こんなにどろどろになって、どろんこみたいなのに美味しそうな匂いがするの!?
不思議~。
くるくるまあるい大きなスプーンのお化けをお鍋の中で回すと、ごろんごろん、あたしたちの切ったお野菜が踊ってる~。
あ、あれ?
みんなお姉ちゃんの前にだけ並ぶの? どうして?
あたしもお手伝い、ちゃんと出来るのに……
ふわわ!?
あたしの前にも、大きなお兄さんが来たー!
なんだろう?
おっかない大人たちと、なんか違う不思議な感じがするの。
赤いお姉ちゃんや、青いお姉ちゃんとは違うの。
お声が優しいの。
お顔が優しいの。
違うどきどきなの。
変。
変。
お顔、見てらんなくなっちゃった……
お礼、言われちゃった。嬉しいなったら嬉しいな~。また、あのお声聴きたいの。
また来てくれないかなあ~。
と思ってたら、何かみんな凄い顔であたしの前にも並び出したの。
はわわわ。どんどん来るぅ~。
みんな凄い勢いで、あちこちで立ったまま食べ出して、すぐ並ぼうとするの~。こんなに変な色なのに~。
そうしたら、あのおっかないおっかない変な顔の大人がやって来て、おっかないおっかない声でみんなを怒鳴るの!
あたし、てっきりぶたれるかと思って、思わず赤いお姉ちゃんの後ろに隠れちゃった。