第八十六話『匂いで釣る!』
壁際の席に三つの鍋とそれぞれに借りて来たスープ皿を重ね置き、シュルルは両隣の椅子に子供たちを立たせてお玉を持たせた。残る四人はその更に横でお皿を渡す係だ。
あらあら。
さっきまではしゃぎまわっていた子たちが、緊張に頬を強張らせてるわ。可愛いものね。どんな些細な事でも、任される、って経験が悲しいかな無いのかも知れない。
その内、どやどやと人が、兵士や騎士らしき方々が入って来ると、私たちに気付いて一瞬ぎょっとした。
「あっ!?」
「おおっ!」
「ほんとだ!!」
「すっげーっ!!」
おいおい、デカハナさん。一体どういう話を団員たちにしてたの? でっかい声出すと、みんな怯えちゃうじゃないの?
そんな内心を微塵も顔に出さず、にっこりスマイルスマイル。
「お疲れ様でーす! お食事に、スープを一品如何ですか~!?」
「うっひょーっ!!!」
「俺、一番~!」
「うわわっ!?」
如何にも学の無い平民上がりの兵士たちは、我先にと真ん中に立つシュルルの前に行列を為す。
「あ、あの~。こっちでも……」
おちびちゃん、頑張ってか細い声を漏らすんだけど……
「俺、真ん中ー!」
「俺も俺も!」
「ひょ~、お名前おせーておせーて? どこ住んでるの? ねーおせーてよ~!?」
ダメだ、こいつら!
顔は笑顔で、心は般若。奮うお玉にストライキングをエンチャントしてやろうかと思ったら、すっと若い騎士らしい人がおちびちゃんの前に。
そしてにっこりと、あのデカハナさんの部下とは思えない程の、さわやかスマイルで。
「じゃ。僕はこっちでお願いしようかな?」
おっお~! 育ちがイイ!!
おちびちゃん、すっかりぽ~っとしちゃって、真っ赤になって俯いちゃうし~。いけませんね~。貴族さんは罪作りですわ~。
でも、小さいから、仕方ないかな? 夢を見ちゃうのは。
「さ。始めましょ」
そっと促し、お鍋の蓋を開けました。
ま、味も素材の分量も結構目分量なんだけど、大体塩味はこの比率でオッケーな筈!
ぴっちり物質レベルで貼り付いていた蓋は、封印が解けた事で、そこで初めて中に充満した芳香を解き放つ。
一度に、三つの鍋を解放する事で、一気にこの食堂に香りが充満するのだ!
ふ……狙い通り~っ!!
ニ十種以上のスパイスやハーブを織り交ぜたこの重厚な芳香! すきっ腹に効かない筈が無いわ!!
そして、この赤茶けた黄土色に染まったごろごろ根菜とお肉のスープ!!
肉や根菜の甘味や旨味が一切飛ぶことが無く凝縮されたこれ。見た目が悪いけど、これは絶対に美味い筈!!
とぷん。とぽぽぽぽ……
「さ、どうぞ~」
「うげ!? こ、これ喰えるの?」
「大丈夫ですよ~。美味しいですよ~。騙されたと思って、召し上がってみて下さ~い」
「へ、へえ~……」
ふ……笑顔で押し切った。勝った……
次の人へとスープをよそいながら、最初に受け取った兵士が席に着くのを目の端で追う。
そして、おそるおそると言った感じでスプーンを口に、運ぶ!
「ふおっ!?」
一瞬、弾けた様にわずかにのけぞったその兵士は、次にはがつがつとスプーンを口に運び、一気にスープを飲み下すと、慌てて列の後ろへ駆け出した。その流れは一人だけじゃない。
ふっふっふっふ……踊れ踊れぇ~!
わいわいがやがやと口々に初めて食べたであろう感想を興奮気味にわめきながら、急いで二杯目を手に入れようと、左右に分かれてなるべく列の短いところへ並ぼうとする。
ふ……狙い通りぃ~!
ちびっこたちを抱き込んで連れて来たのも正解だわ。
この怒涛の流れを、たった一尾でクリアするのは無理も良いとこ。
全ては私の掌の上……にやり。
どこからどう見ても大好評の光景に、一尾ほくそえんでいたら、ギシリ。
食堂の戸口に、あのオークキングっぽい巨漢が姿を現しました。
どう? これで金貨一枚分よ。
文句の言い様も絶対に無い筈だわ!
そう、内心ほくそえんでいたんだけれども~。
すると、あの血走った獣の様な形相を蒼く赤くに染め上げて、第一声が!
「これは、どういう事だ~っ!!?」
……え? えええっ!!? 一尾と六人で、超ショックぅ~!!