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第八十五話『第四騎士団再び』


「いやあ~、時間無くなっちゃって。お婆ちゃんのベッド、持って来れ無かったわ~。あはははは……」


 カラカラと笑いながら最後の鍋を幌馬車の荷台に乗せるシュルルは、傍らで呆れた顔のミカヅキにてへぺろ~と誤魔化してみた。

 何しろ、何しろ、ちょっと気持ち良かったので長居してしまったのだ。

 慌てて飛び出した向かいの古着屋でしこたま古着を買い込んで帰って来た、というのが事の真相だが、それをつまびらかに説明する気は毛頭無かった。


「じゃあ、お留守番、お願いね」

「仕方ないで御座るな……ま、これを試してみるでござるよ」


 そう言って、腕にはめた金の腕輪を軽く振って見せたミカヅキ。何しろ、どの範囲までが幻覚の境界なのか良く判らないから、おいそれと表に顔を出すのもはばかれていたのだ。これでようやく息が楽になるというもの。

 そうでなければ、あの失礼な垂れ目ケツ顎男の頬をもうニ三発貼り倒しておきたかった訳で。


「じゃ、みんな乗って乗ってぇ~」

「「「「「「は~い」」」」」」


 大きな大人様のシャツを頭からすっぽり被った子供たちは、全員ひらひらのワンピースをまとったかの様。長すぎる袖は短く折り込み、細い腕を覗かせていた。


 わらわらと続いて荷台に乗り込んだ子供たちを確かめると、シュルルは馬に軽く鞭を入れた。


「「「「「「わ~!」」」」」」


 ガラガラと動き出した馬車に、子供たちは大いに盛り上がる。

 そんな様に目を細め、シュルルはちらり後ろを振り向いた。


「何? 馬車乗るの、初めてぇ~?」

「「「「「うん!」」」」」

「俺、一度は乗って見たかったんだ!」

「あら、それは良かったわね? ふざけて転んで、転げ落ちない様にしなさいよ~」

「ちぇっ、判ってら~い」

「「「「「あははははは」」」」」


 にぎにぎしくも裏木戸から抜け出ると、見送るミカヅキに皆で手を振りながら、荷馬車は一路、第四騎士団の駐屯地へと進んで行った。


 子供たちにとって、目線の高さが変わるだけで、世界が全く別のものに見えて来る不思議。ほんの数年分、先取した訳だ。

 御者台に座るシュルルの背中越しに、鈴なりになって覗いている子供たち。後ろ側で去り行く光景に目を輝かせる子供たち。きゃっきゃとにぎやかに進む中、飛び出しそうになる子を手で制しながらガタガタと。


「ねえねえ、君たち。こういう歌は知ってる?」


 シュルルが最初のフレーズを幾つか歌うと、辛うじてヒットするものがある。

 荒野に野営地を開いていると、ふらふら引き寄せられて来る豪胆な行商人たちが、酒を煽りながら歌っていたもの。海の唄。恋の唄。街を湛える唄。英雄の唄。冒険の……


 馬車は多少音がずれた合唱を撒き散らしながら、駐屯地の裏手へ回り込み、そこから敷地内へと入って行った。


「「「「「「わあ~!」」」」」」


 駐屯地の敷地に入るや、子供たちは驚きに目をぱちくり。

 何しろ、高い塀と門の向こうを普段は窺い知る事も無いのだ。

 そこは一面の畑だった。

 青々とした野菜が、低木が、風にその葉を揺らす様が整然と並んでいるのだ。


 うん、知ってた。


 シュルルは深夜に忍び込んだり、そこから色々と引っこ抜いて新鮮な野菜を調理したりもしたので、そこがこのごみごみとした都市における異質な空間である事を知っていた。


 石の壁の向こうが、いきなり農村っぽい風景なんだから、この港町に住む人々にとって目新しいものかも知れない。


「さ、着いたわよ~! みんな、降ろすの手伝って~!」

「「「「「「は~い」」」」」」


 馬車をその裏口近くに停めると、中から顔を出した兵士にも手伝わせ、寸胴鍋を三つ、施設の中の食堂へと運び込む。

 服を幾重にも着せられた、赤銅色の寸胴鍋。それを運び込むと、調理場には既に今日の調理当番である兵士がだらだらと昼食の準備を進めていた。


 堅焼きのパンを適当な大きさに雑然と切っては積み上げた、大きな木の皿に無造作に積み上げ、それを各テーブルに配膳していく。

 次いで、適当に千切った葉物を、軽く水をくぐらせては塩をたっぷり掛けたサラダを。

 焼き場では炭火で焼いた魚がもうもうと黒い煙を上げていた。


 そこからの胡散臭げな眼差しに愛想笑いを。食堂の片隅にシュルルたちは陣取った。


「さあ。私たちも準備をしましょう! 誰か、スープ皿を借りて来てくれる? 君たちは……足場かなあ~? ま、椅子で良いかしら?」

「よっしゃぁ~!」

「あ、俺、これぇ~!」

「あたしたちは……」

「いこ!」

「まってぇ~……」

「……」


 テーブルの上に大きな寸胴鍋を置くと、ちびっこ達の身長では鍋の中を覗き込む事も出来ないのだ。

 ワッと蜘蛛の子を散らす様に動き出す子供たちに、シュルルは目を細めつつ、寸胴鍋の封印を解いていった。


 そして、もうすぐお昼時が始まるのです!



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