第八十三話『Fランク冒険者』
冒険者ギルドでは、その構成員をランク分けしている。
それは戦力評価であり、任務の達成率評価でもある。
Fランクは、まだまだ駆け出しの若者たち。だが、悪徳の支配するブラックサンで生き延びて来た者たちには、例え最低ランクとは言え、その心構えは出来上がっている。この街が仕上げたのだ。己の欲得を最優先させる、その生き方を。
今日も冒険者ギルドは閑散としていた。
もう昼日中だ。朝の依頼証の貼り出しにあぶれた者が、他に行く所が無くだらだらとした時間を過ごす。たまり場の澱んだ空気を醸している。
そんな中、ちょっとした嬌声が沸き起こった。
「へえ~。緊急依頼っすか。ラッキー」
「俺たち『黒いさざ波』にお任せあれだぜ。どーんと任せときな! へへへ……」
「お? こいつ知ってるぜ! 白髪頭だ! 気持ち悪い奴さ」
「なら、話は早いね。ちょいと捻ってやろうじゃないさ」
「ちょろ~い」
「六人も要らなくね? 手取り、少なくなるじゃん」
「イキリ屋様からのご依頼です。失敗したら大変ですよ。緊急依頼って事をお忘れなく」
そっと涼し気に忠告するギルドの若い女職員に、椅子にもたれかけて丸テーブルに脚を投げ出していた若者たちは小さく肩をすくめてみせる。
ちょろい仕事だ。
失敗する訳が無い。
「殺してはダメですよ。イキリ屋様は、その男にお尋ねになりたい事がおありだそうですから。最低限、口が利ける状態で、出来るだけ早くイキリ屋様へお連れする事が大事です」
「ちぇっ、信用ねーなー!」
「そりゃぁ~、リーダーが悪い」
「え? 俺?」
「リーダー、ちゃらんぽらん。集合時間守らないし」
「ばっか野郎。それはだなあ~」
「はいはい。バカ言って無いで、行くわよ!」
「仕切ってんじゃねーっつーの!」
ぞろぞろと勝手気ままに歩き出す六人。
それを見送るギルド職員は、やれやれと肩を反らす。
「あんなのしか居ないのか?」
「あっ……リー様。申し訳ございません。この時間になりますと、手の空いた者しか……」
不意に背後から声を掛けられ、ギルド職員は恐縮してしまう。
イキリ屋の大番頭、リーは柱の影から一部始終を眺めていたのだ。
そんな彼女を、冷徹な目でじっと睨むリー。だが、ほうとため息に似た声を漏らす。
「仕方ない。朗報を待つ」
「はっ! 毎度ありがとうございます!」
ギルド職員が深々と一礼するのを尻目に、リーはすたすたと奥へと。裏口に停めてある馬車の方へと立ち去った。
その姿が、見えなくなるまで頭を下げ続けたギルド職員は、作り笑顔を貼り付かせたままに向き直り、細く歪めた瞳でしばしその影を追う。
「ちっ、相変わらず陰気臭い……おお~、薄ら寒い薄ら寒い……」
そう呟きながら、パタパタとカウンターの向こうへと戻って行った。
『黒いさざ波』は六人メンバー。
前衛の戦士三人に、シーフが一人。魔術師に僧侶と言った、バランスの取れた編成だ。
男三人、女三人。六人とも、それぞれにこのブラックサンの泥水を啜って生きて来た生粋のブラックサンっ子。路地の裏の裏まで知り尽くした面々だ。
あんな目立つ奴を見つけて連れて来るだけの簡単なお仕事。
まるでボーナスみたいなラッキー依頼! それが六人の認識だった。
マーカライト商会の場所は割れている。表通りに面しているが小さな事務所兼住居。表と裏、前衛後衛二人ずつに別れて貼り付いて、リーダーで戦士のニックと、シーフのギイが踏み込む。
「行くぞ」
「へいへい」
ドアは鍵がかかっていたが、ギイには鍵も無いのと同様だった。中に入ると……
「居ないぞ」
「ちぃ。まだ出たままか」
「荒らされてる……」
見れば床には何か太い物が這いずり回った様な奇妙な文様が残され、ベッドがぺしゃんこに潰れていた。何か争った様な跡がある。
「こいつは、先客が居たかな?」
「おいおい、聞いちゃいねーぞ!」
「しっ……」
ギイは慎重に周囲を見渡し、そこらじゅう蹴り飛ばそうとするニックをおし留めた。
「先客が先客なら、トラップが仕掛けられてるかも知れねぇ。そおっと出ようぜ」
「でもよお。タンスの中とか、何かあるかも知れねぇだろ!?」
「バカ。そーいうのが危ねぇんだよ! ほらっ!」
「でもよお~」
「急ぎなんだぜ!」
「んんん~……仕方ねぇなあ~!」
しぶしぶ店を出たニックを待っていたのは、魔術師のリナ。
「昨夜から帰って無いってさ。何でも、夜中にでっかい音がして、そそくさと女連れで出かけたっきり帰ってないらしい。どっかしけこんでんだろってさ」
「んだよ! 早く教えろって! バカ!」
「バカじゃねーっつーの! 近所のおばんに聞いたらぺらぺら喋ってくれただけよ!」
「はいはい。裏に回ったジョーイたち呼んで来いよ。こうなったら聞き込みだ」
「あんたが行けっつーの」
「何だと!?」
「はいはいはい。そこまでそこまで」
腰の獲物に手を掛けた二人をおし留め、ギイは自ら裏手へと。
それから聞き込みを開始すると、呆気なく見つける事が出来た。それっぽいデートスポットを重点的に回ったら、居た。
ちょろちょろ水の流れる噴水の広場に行けば、手をつないで脚をプラプラさせてる間抜け面がすぐに見つかった。
「へへへ……ちょろいな」
「いただきだぜ」
「おう。反対側にも回り込めや」
「わかったわ」
「女、どうする?」
「売り飛ばせばいーんじゃないの?」
「おっかねー」
「知らないの? 女はこわあい生き物なのよ?」
兵士の巡回が立ち去ったのを見計らい、六人はそっと包囲の輪を縮めていく。
そして、リーダーらしくニックが声をかけるのだ。
「よお、お二人さん。ちょっと良いかい?」
「はい? 何でしょう?」
サッと警戒の色を浮かべる白髪頭を嘲笑する様に、ニックは悠々と語りかけた。
「どーも。冒険者ギルドから来ました。ハルシオンだな?」
「逃げろ!」
「おお~っと逃がさないぜ」
パッと立ち上がったハルシオンが、手を引いて駆け出そうとするその先に、剣を抜いたジョーイが舌なめずりをして、両手を広げて立ちふさがる。
「無駄さぁ~」
「イキリ屋さんが、お前から話を聞きたいそうだ!」
「くっ」
「なぁに~、この人たち~?」
「「「「「「へっへっへっへっへ……」」」」」」
「こ、こ、この人だけは見逃してくれ!」
「だあ~め。女は娼館って決まってるさね」
「「ね~」」
身をもってジャスミンを庇おうとするハルシオンの姿を、女たちはあざ笑った。綺麗な服を着て、恵まれた家庭に守られて育った様なお育ちの良い娘には、地獄を見て貰うのが冒険者の流儀なのだ。ここは港町ブラックサン。ちょいと船に放り込めば、誰の目にも留まる事も無く売り飛ばせる。そんなルートを熟知していた。
「ねえ~、ハルく~ん。こいつらやっつけちゃって良いの~?」
「危ないよ!」
「へ~きへ~き」
「お?」
「何だ?」
「やだ、こわ~い」
へらへらと笑う冒険者『黒いさざ波』の六人は、逆にハルシオンを守る様に前へ出たジャスミンの、のほほ~んとした笑顔を笑った。が、次の瞬間、それは凍り付く。
ブンとその姿がぶれたと思った瞬間、六人の目の前にジャスミンが居た。
「「「「「「や~」」」」」」
「「「「「「ぼげえ!!?」」」」」」
ゲンコ十閃。視界一杯に広がる拳の雨。顎が砕ける鈍い音を聞いた。
正確には、分身したのでは無い。
一瞬の早業で、一人一発ずつ殴り飛ばしたのだ。ただ、六つの幻影が同時期に現れ、ジャスミンはその影を縫う様に滑っただけだった。
「ふう……行こ~、ハルく~ん」
「あ、ああ……」
噴水前に、のたうち回る六人を残し、人々が驚きに集まる中、悠々と一人と一尾はこの広場を後にした。
Fランク冒険者パーティー『黒いさざ波』依頼失敗。