表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/143

第八十二話『冒険者はやって来る』


「新しいギルドね……」

「別に良いんじゃない?」

「でしょう?」


 揉み手もみもみ、ジェフが差し出した書類に承認印が押されていく。


「では。これは私が上に……」

「ああ、頼んだよ。我々は」

「今から、これの確認をしませんとね」


 賄賂のワインを手に手に撫で上げ、恰幅の良い上級役人たちはにこやかに目を細める。


「それは大切ですね。では~……失礼致しますぅ~……」

「「はっはっは……」」


 チリンチリ~ン。


 ガチャリ。


 小さな鈴が鳴らされると、隣室から控えていた衛士が静かに入って来る。


「君。グラスと何かつまみを。あ、そうだ。あと使いを頼まれてくれないかね?」

「は……何で御座いましょうか、閣下」

「うむ」

「そうだね。それは必要な事だ」


 目配せを交わし、一人がさらさらとメモを書き記した。


「これを、イキリ屋に」

「はっ」

「急げよ」

「ははっ」


 衛士が退室すると、一人がほうっとため息を。


「卿は気が利きますな」

「まぁ、これくらいはしてやらんとな」

「あそこは、きちんと付け届をして来ますからな」

「ふ……美味い肉を定期的にな」

「「はっはっはっは」」


 そんな会話が交わされる扉の向こう、衛士は小走りに立ち去って行った。




 その僅かな後。


 一枚の小さな羊皮紙は、プルプルと震える大柄な男の、脂ぎった手の中にあった。その振動に、豊か過ぎる腹の贅肉もプルプルと揺れる。揺れる、揺れる、床もきしむ。


「どういう事だ!?」


 怒気を孕んだ低い声が鋭く発せられると、傍らに居た貧相な男がひいっと短い悲鳴を挙げた。


 そこは、また別の一室。

 豪奢な調度品に包まれた贅を凝らした空間に、その巨漢の男は丸々と膨らんだ己の肉体を鎮座させていた。


「つ、つ、使いの方は何も……」

「肉食健康推進ギルドだと!? ふざけた名前を。わしは何も聞いてはおらんぞっ!!」

「ギルド長。お静まりを」

「う、うむ……」


 また別の男が一人。ギルド長と呼ばれたイキリ屋の傍らに静かにたたずんでいた。

 浅黒い肌の、ひょろりとした雰囲気の男。トゥーベ・イキリ屋はその男を、怒りを滲ませながらも押さえ込み、歯ぎしりをする様に呼び掛ける。


「リーよ。何か報告はあったか?」

「いえ。何も。先ずは、その手配をした者から詳しい話を聞きましょう。マーカライト商会のハルシオン。店舗の場所も判っております」

「よし。わしの前に、引き摺り出せ」

「手段は?」

「どんな手を使っても良いから、連れて来い!」

「では、冒険者ギルド、傭兵ギルド、海賊ギルド、盗賊ギルド、どの辺りを使いましょうか?」

「ふん。好きにすれば良い……ああ、殺してしまうかも知れんな。冒険者ギルドなら、多少口が聞ける状態で連れて来るだろう。冒険者ギルドにせい!」

「判りました。私の裁量で?」

「任せる!」

「ははぁ~……」


 大番頭のリーは、冷徹な表情を崩さずに、始終静かであった。一言一句、主人の意思を違えぬ様、巌の様に長年研ぎ澄まされて来たであろう鉄面皮で、事務的に全てをこなしていく。

 この手のギルドを使うのは、逃亡を避ける為。素直に呼び出しに応じる様な人間は、このブラックサンでは珍しい部類に入る。

 無論、命の危険を回避する為の、弱者の知恵なのだが、それは先刻承知の事。


 さささっと、先程から怯えの色を隠せないでいる下男が揉み手でリーに近付くと。上目遣いで、いやらしい笑みを浮かべた。


「だ、誰か使いの者を?」

「いや、これは私が直接依頼を出しに行く」


 下男を手で制するが、その男を一瞥もせずにリーは退室し、下男は慌ててその後に続いた。

 後には、鼻息も荒く、脂汗をだらだらと垂らすギルド長が一人、思い出した様にテーブルの上にあったグラスをひっつかむと、血の様に赤いワインをぐびりと呑み下した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ