第八十二話『冒険者はやって来る』
「新しいギルドね……」
「別に良いんじゃない?」
「でしょう?」
揉み手もみもみ、ジェフが差し出した書類に承認印が押されていく。
「では。これは私が上に……」
「ああ、頼んだよ。我々は」
「今から、これの確認をしませんとね」
賄賂のワインを手に手に撫で上げ、恰幅の良い上級役人たちはにこやかに目を細める。
「それは大切ですね。では~……失礼致しますぅ~……」
「「はっはっは……」」
チリンチリ~ン。
ガチャリ。
小さな鈴が鳴らされると、隣室から控えていた衛士が静かに入って来る。
「君。グラスと何かつまみを。あ、そうだ。あと使いを頼まれてくれないかね?」
「は……何で御座いましょうか、閣下」
「うむ」
「そうだね。それは必要な事だ」
目配せを交わし、一人がさらさらとメモを書き記した。
「これを、イキリ屋に」
「はっ」
「急げよ」
「ははっ」
衛士が退室すると、一人がほうっとため息を。
「卿は気が利きますな」
「まぁ、これくらいはしてやらんとな」
「あそこは、きちんと付け届をして来ますからな」
「ふ……美味い肉を定期的にな」
「「はっはっはっは」」
そんな会話が交わされる扉の向こう、衛士は小走りに立ち去って行った。
その僅かな後。
一枚の小さな羊皮紙は、プルプルと震える大柄な男の、脂ぎった手の中にあった。その振動に、豊か過ぎる腹の贅肉もプルプルと揺れる。揺れる、揺れる、床もきしむ。
「どういう事だ!?」
怒気を孕んだ低い声が鋭く発せられると、傍らに居た貧相な男がひいっと短い悲鳴を挙げた。
そこは、また別の一室。
豪奢な調度品に包まれた贅を凝らした空間に、その巨漢の男は丸々と膨らんだ己の肉体を鎮座させていた。
「つ、つ、使いの方は何も……」
「肉食健康推進ギルドだと!? ふざけた名前を。わしは何も聞いてはおらんぞっ!!」
「ギルド長。お静まりを」
「う、うむ……」
また別の男が一人。ギルド長と呼ばれたイキリ屋の傍らに静かにたたずんでいた。
浅黒い肌の、ひょろりとした雰囲気の男。トゥーベ・イキリ屋はその男を、怒りを滲ませながらも押さえ込み、歯ぎしりをする様に呼び掛ける。
「リーよ。何か報告はあったか?」
「いえ。何も。先ずは、その手配をした者から詳しい話を聞きましょう。マーカライト商会のハルシオン。店舗の場所も判っております」
「よし。わしの前に、引き摺り出せ」
「手段は?」
「どんな手を使っても良いから、連れて来い!」
「では、冒険者ギルド、傭兵ギルド、海賊ギルド、盗賊ギルド、どの辺りを使いましょうか?」
「ふん。好きにすれば良い……ああ、殺してしまうかも知れんな。冒険者ギルドなら、多少口が聞ける状態で連れて来るだろう。冒険者ギルドにせい!」
「判りました。私の裁量で?」
「任せる!」
「ははぁ~……」
大番頭のリーは、冷徹な表情を崩さずに、始終静かであった。一言一句、主人の意思を違えぬ様、巌の様に長年研ぎ澄まされて来たであろう鉄面皮で、事務的に全てをこなしていく。
この手のギルドを使うのは、逃亡を避ける為。素直に呼び出しに応じる様な人間は、このブラックサンでは珍しい部類に入る。
無論、命の危険を回避する為の、弱者の知恵なのだが、それは先刻承知の事。
さささっと、先程から怯えの色を隠せないでいる下男が揉み手でリーに近付くと。上目遣いで、いやらしい笑みを浮かべた。
「だ、誰か使いの者を?」
「いや、これは私が直接依頼を出しに行く」
下男を手で制するが、その男を一瞥もせずにリーは退室し、下男は慌ててその後に続いた。
後には、鼻息も荒く、脂汗をだらだらと垂らすギルド長が一人、思い出した様にテーブルの上にあったグラスをひっつかむと、血の様に赤いワインをぐびりと呑み下した。