第八十話『いい人』
まあ、文字通り手当をすれば怪我が治っちゃうというのも、この人の場合は当然なのかも知れないわね。何しろ、あらゆる精霊に祝福されてる人なんだから。
もっと危ない人だと思ってたけど……
キラキラさんが私のお腹から手を離すと、冷たくも暖かな不思議な感覚がすうっと薄れて行き、そこへと注ぎ込まれていた奔流の様なものが、ふと途切れてしまうのが名残惜しかった。
「ん~。どうかな?」
「ありがとうございます! もう、全然痛くない……わ」
「良かった……」
胸にすっと寂しさが。
これまで関わって来た、有象無象のオス共だったら、弱みを見せたらどこまでもつけ込んで来ようとぐいぐい来るものだけど、キラキラさんは違った……
そっと私の上に毛布をかけて。
下半身が違うって、ばれちゃうんじゃないかと、ドキッとしたんだけども。そのまますっと立ち上がって、マントに手をかけたわ。
出ていってしまう……
「少し休んでいくと良いよ。この部屋は、ボクの私室だから自由にすると良い」
「ありがとうございます。何だかすいません」
「いや、謝るのはこっちの方だよ。彼女は、ボクの曾祖父以前から仕えてくれてる人でね。どうにも過保護なんだよ。いつまでも、小さな頃のままって感じで……」
そう苦笑するキラキラさんの口元から、白い歯がキラリ。素敵……
でも、あの腹黒クソメスエルフは過保護なんてものじゃ無いわ。もしかして、キラキラさんってみんなから愛され過ぎて、周りの好意に対して鈍感なのかしら?
上目づかいで見上げる私に、キラキラさんは手を小さく振って。
「じゃ、ボクはまだ仕事があるから。シュルルさんは、ゆっくりお休みよ」
「あっ……」
「何だい?」
部屋から出ていこうという素振りのキラキラさんを、私ったら思わず呼び止めてしまった。引き留めて、ずっと一緒に居て欲しいなんて、言えない……
スッと毛布を口元まで引き上げ、熱くなる頬を隠そうと。
「あ、あの……行ってらっしゃいませ」
「ああ。行って来るよ。お休みなさい」
何だ、このやり取り~っ!! キャーッ!!
思わず顔を隠しちゃう。
血が沸騰しそうな恥ずかしさに身悶えてると、パタン。ドアが閉まる音がしたわ。
行っちゃった……
それを確かめる為に、そっと毛布の下から顔を出す。そこは、あの人が居ない部屋。それだけで、空気が冷めてしまった様。
「なんだ……良い人じゃない……」
自分に言い聞かせる様に、そっと呟いて、胸の内に生じた空白に落とし込めていった。
深く息を吸う。
「あの人の、匂い……」
もう完全にやられたな~と思いながらも、毛布をぐいと引き寄せ、口元を覆った。