第七十四話『訪問販売員は見た。そして手を出した』
声が聞こえたと思しき半開きの古びた木のドアへと近付くと、さっきの男の声が。
「な~に食い物の匂いさせてんだ!!? そんなもの買う金があんなら、金返せやっ!!」
「いえ……私は何も~……」
あら、借金取りかしら?
その気配に、そっと間口から覗き込むと、ベッドしか無いガランとした部屋に、如何にもないかつい若者が三人。服装はその辺にいそうなチンピラ風で、腰には短めの剣をぶら下げてる。
短い袖のシャツからは、入れ墨の入った腕や首筋が覗いてるわ。
ああ、冒険者ね。
その類に人間である事は、一目で判ったわ。
迷宮探索なんかじゃ完全武装のいかつい奴らを見かけたけど、街中で始終そんな恰好してうろついてるバカはそうそういない。ましてや、ここは公都ブラックサン。
こっちに背中を向けてるって事は、奇襲のチャンスなんだけど、人間の街でそれをやっちゃあ~お仕舞いよね? さて……
三人の冒険者に囲まれた老婆は、古びたベッドの上でガタガタ震え身を縮こまらせていた。目元は赤く泣き腫らし、歯の揃わぬ口をカタカタさせて。
「ちっ、仕方ねぇな。今日は、そのばっちい毛布で勘弁してやらあ。おい」
「「おう!」」
へっへっへと薄笑いを浮かべながら、二人がベッドの老婆に掴みかかる。
「おら、離せよっ」
「やめてぇ~……やめておくれよぉ~……」
「おお~、くせえくせえ! 兄貴、こんなん借金のかたになるんすかねえ~?」
「違ぇ~ねぇ~」
「バカ野郎! ちったあ足しになんだろ! 手ぶらじゃ帰れねぇんだ!」
「「へえ~」」
あらあら。一発、良いの入ったら、お婆ちゃんぽっくり逝っちゃうんじゃ……
乱暴にぼろに近い毛布をはぎ取ろうとするんで、ちょっと危ない感じ。
そこはシュルルっと。
「ちょっと、貴方たち! 止めなさいよ!」
お婆ちゃんに掴みかかってる二人に、背後から近付き、肩関節を決めながら引きはがす。
「いてっ!? いてててて!!?」
「あぎゃあっ!? な、何しやがんでぇっ!!?」
痛みから慌てて手を離した男たちを、ちょちょいと転がすと、割って入る様に対峙した。
「酷く無いですか?」
「何だこのアマぁっ!?」
グーで来たから、チョキで返す。
シュルルっと左手の中指と人差し指で、パーティーリーダーらしき男の拳を避けながら、その鼻の穴をくい~っと。
なは~んて、スローモーなパンチなんでしょう。けらけらけら。
「ぷぎゃあ」
「あ~ら、ごめんなさい。指が滑ったわ」
尻尾の先で、ちょいと脚を払うと、そのまま床に転がして、先に転がした男たちの上に乗せた。
「あ、あにしやがんでぇーっ!!?」
「あ~ら、表まで聞こえて来るじゃな~い? 近所迷惑って言葉、あ~た知らないの~?」
「やかましいやっ!!」
叫ぶや否や飛び上がった三匹の獣、もとい冒険者たちを、今度は平手でびびびとはたく。
「あきゃあっ!?」
「にひゃあっ!?」
「うひょおっ!?」
「「「いったぁ~いっ!」」」
うっわ。こいつらすっごく仲が良いみたい。声が見事にハモったわ!
「やかましいやい! おう、あんたら近所迷惑って言葉、知らないの? 大事な事だから、お姉さん、もう一度聞いてあげるわ。近所迷惑なのよ、あんたらの存在が!」
「「「うっひぃ~っ!!」」」
ふん。こいつらは駆け出し冒険者ってトコじゃないかな?
大した戦闘力が無いから、弱い者いじめして楽しんでるってトコ? ふ……ゴミめ。
「そ、そ、そのババアは、何か月も貸した金、返さねえんだ!!」
「そ、そうだそうだ!」
「わ、悪い奴ぅ~!」
頬を押さえて涙目で言うなよ。良い若いのが。
「ふん。そうかい? じゃあ、幾らか払えば今日のところは、大人しく帰るのね?」
「そ、そりゃぁ~……」
ちゃらり。手の中に何枚もの貨幣。
「ほら。これ持って帰んな」
それを床にばら撒いた。
銀貨に銅貨。しけてるわね。金貨はなしか……
「こ、こりゃ、どうも……」
男達、慌てて拾うんだけど、それってさっき最初に投げた二人の懐から掏った財布の中身の片方分なのよね~。くくくく……
「あ、あばよ!」
「二度とくんな!」
「このビッチ!!」
「やかましいやっ!」
「「「きゃーっ!!」」」
泡食って逃げ出す男たちを眺め、ようやく昨夜のお婆ちゃんへと振り向けたわ。
「大丈夫?」
「……あっ!? ありがとうございますぅ~!」
慌ててぺこぺこし出すお婆ちゃんに、掌を向けて制止。
「ちょ~っと悪いんだけどさ~」
「へ?」
シュッシュッシュ……
「あっきゃあ~っ!?」
「ちょっと目を瞑ってた方が良いわよ~」
お婆ちゃんをくっさい毛布と一緒に丸めて小脇に抱えた私は、そのまま天窓を開けて屋上へと抜け出た。
いえね。財布掏られた事に気付いたら、あいつら来ちゃうじゃない?
ここが地下迷宮だったら、間違いなく二週間分くらいの食料になるんだけどね~。
そして透明化の魔法!
「ああああああああ……」
「大丈夫大丈夫。痛くないから痛くないから」
そんな事を言い聞かせながら、屋根の上を超高速で跳び抜け、一気にアジトの屋上へ!
「あひぃ~……あひぃ~……」
「あっあ~……」
到着と共に、何か手に暖かな液体が。
おばあちゃん、もらしちゃったわ……