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第七十二話『おやすみ~』


 カラン……カラカラカラ……


 乾いた音を発て、銅のスプーンが床を打った。


 ごろり。店の調理場の床に、小さな影が幾つも転がり、次いで小さな手から空の皿が転げ落ちた。


 シュッシュッシュ……


 短く吐く様なヘビ語が、小さく鈴を鳴らす様に響く。愉悦を帯びたそれは、すっくと立つ二尾のラミアたちの口から漏れ出ていた。


 シュルル、シュッシュ……


 シューシュ……


 ミカヅキとシュルルはそう言葉を交わしながら、竈の揺れる炎に赤く浮かび上がる。作業場の明かりを消したのだ。

 ずずずと音も静かに床に転がった六つの小さな影に近付いていき、やおらそれぞれにその一つを抱き上げ、フッと笑みを漏らした。あまりに呑気であどけない寝顔なので。


 腕の中で、軽くゆらゆらと揺らしながら。


「あらあら。お腹が膨れたので、みんな寝てしまったみたい……」


 当の本人たちに判る様にか、人の言葉に切り替えたシュルル。ミカヅキもそれに倣った。


「如何様にするつもりで御座るか?」

「さあ、どうしましょう?」

「いやさ、どうしましょうでは無いで御座るよ。いささかまずかろうて」

「ぷっ。本当、どうしましょうね?」



 あんまりミカヅキが変な顔をしているものだから、思わず吹き出してしまったわ。

 この建物の中に居る間は、余程の事が無い限り、幻覚が破られるなんて事は無い筈。

 それにしても困ったわね。まさか、このまま放り出す訳にもいかないじゃない?


「ここじゃ可哀そうだから、私たちの寝床に……」

「ぬう~……仕方ないで御座るなあ~……」


 一尾が一人を両手で抱え、そっと二階へ。

 二階三階は、姉妹全員が越して来ても良い様に、空き部屋がいっぱいあるんだけど、何も無い固い床に直接寝かせる訳にもいかないから……


 取り合えず、自分の寝床。

 砂がこんもりと盛られたすり鉢状の寝床へ。


 そこへ、頭を外に。周りの淵に頭を乗せる感じで。せっせと二尾で運びました。

 床は中をお湯が流れてて、ぽかぽかあったか。良い夢見れるんじゃないかしら?


 三度往復して、放射状にひょろっとした足を向けあって寝転がすと、ようやく一段落ね。

 ぱっぱと手に付いた砂を払い落し、おっかなびっくりに最後の子供を寝かしつけてるミカヅキに声をかけたわ。ちょっと、お願いしなくちゃ。


「ミカちゃん。悪いんだけど、またお留守番お願い出来るかな?」

「え? 良いで御座るが……その前に」

「ん? 何?」

「実はで御座るな……」


 ぽつぽつと留守の間にあった出来事を聞かされたわ。

 騎士団の人が二人来て、中を見ようとしたのでちょっと色々あって追い出したと……


「なあ~んだ、そんな事?」

「いや、そんな事って……最初の依頼が……」


 あんまり気重そうに話すものだから、一体何があったんだろうと逆にどぎまぎしちゃった。あははは。


「良いの良いの。今回の事で、どうなっても構わないわ。あのデカハナさんでしょ? 縁が無い方が助かるってものよ。うふふ……それにしてもねぇ~」

「な、何で御座るか!?」

「顔、真っ赤」

「ななっ!? そ、それがし、赤くなってなんぞおらぬで御座るよ!」

「いや、顔真っ赤だから」

「な~っ!」


 あんぐり口を開くミカヅキから、階段へと逃げた。


「あはははは!」

「こら~っ!!」

「何? 何? もしかしてどっちか良い男だった?」

「な、訳無いで御座るよーっ!!」


 文字通り、上へ下へと縦横無尽に建物中を這い回った。



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